叶わぬ約束

伊簑木サイ

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10 和解

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「鎖帷子は脱いだら? 俺は部屋の外にいるから」
「……そうね」

 私は急いで衣装箱の中をあさって、男物を模したズボンとブラウスと上着を取り出した。とりあえずベッドの上に、脱いだサーコートと鎖帷子を伸ばして置いて、その下の鎧用の下着は、考えた挙句に見えないように箱に放り込んだ。手早く衣服を身に着けると、いかに鎖帷子やサーコートが重かったか身に染みた。せいせいした気分になった。

「どうぞ!」

 彼を呼びこむと、食べようか、とエスコートされて、テーブルに向かい合わせに座った。
 足が触れあってしまいそうな小さなテーブルで、彼との距離も近い。こんな近くで彼を見返す勇気が出なくて、すぐに手を組んで、目をつぶって、食前の祈りを捧げることにした。

「主よ、御恵みに感謝いたします。この賜物が我が体と心の良き糧となるよう祝し給え」

 私が祈りを口にしはじめれば、彼も重なるように合わせて唱え、共に十字を切った。
 目を開けると、先にどうぞ、と中央に置かれたポットを指し示された。あなたこそ先に、と言うべきところなのに、あ、とも、う、とも、とにかく声が喉の奥から出てこなくて、しかたなく無言でコクコクと頷き、突っ込まれているレードルを手に取った。
 緊張に手が震える。カチャカチャとポットに当たり、左手で持っている皿もふらふら揺れていた。……駄目。こぼさずによそえる気がしない。

『話があるって言っただろ?』

 またふいに兄さんの声が聞こえて、私はレードルを手放し、がたん、と音を立てて皿をテーブルに戻した。
 ああ、そうだ、昨日、料理長のラモンは何て言った? 『グレッグ様が、これを丘の上の木の下まで届けてくれって、おっしゃってました』と、あのバスケットを私に渡した。
 そして届けに行ったら、兄さんは、話があるから一緒に食事をしよう、と誘ったのだ。……もしかしたらあの時、エルバートのことを話そうとしていたのではないだろうか。
 そう考えると、時々、兄さんが彼のことを口にしていたのを思い出した。侯爵の許に行くたびに、エルバートの噂を聞いたんだが、と。
 私はそのたびに、あんな人のこと興味ないわ、と不機嫌に切り捨てていた。彼の名なんて、耳にするのも嫌だわ、と。
 ……ああ、私はなんてことをしてしまったんだろう。兄さんの最後の願いさえはねのけて、耳を貸そうとしなかった。
 そう。私は、本当に、彼の言う通り、人の話に耳を貸さない人間だった……。
 己の情けなさに涙がこみあげてきて、私は深くその場で頭を下げて、涙を隠した。涙を見せるなんてできない。彼は泣きながら謝る女性の謝罪を、受け入れないような人じゃない。どんなに許せないと思っていたって、それを曲げてしまうに違いないから。

「ごめんなさい。あなたを疑ってごめんなさい」

 顔は上げられなかった。しばらくの沈黙の後、躊躇いがちな声が返ってくる。

「……もう、俺のこと、嫌ってない?」
「嫌ってなんかないわ! はじめから、嫌ってなんかない」
「いや、無理しなくていいんだ。婚約者があんな失態を犯して、嫌になる気持ちもわからなくもないし」
「あなたを嫌ってたわけじゃないの! ……ただ、信じたくないのに、お父様はあなたを追放してしまったから。だったら、本当なのかなって。あの人の肌に触れて、情熱的なことを囁いたのかって、すごく、すごく嫌で、考えたくないのに、そうしてる姿が頭の中を駆け巡って、ずっと、あなたの名前も聞きたくなくて。……忘れて、いたくて。
……兄さんもきっと、話そうとしてくれていたのに。……わ、私、最後に、兄さんが話したいことがあるって言ったのに、まさかそんなことだと思わなかったから、嫌だって、断っちゃったの。その直後に兄さんは倒れて、死んでしまったの……っ!!」

 ばたばたと涙が膝の上に落ちた。こらえても、こらえても、次から次にあふれてくる。

「アイリーン、君のせいじゃない。あれは俺が間抜けで油断していたせいだし、グレッグが死んだのも、神の思し召しだ!」

 エルバートが席を立ってやってきて、私の肩を抱いてくれた。
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