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7-偽りの聖女
73.少女、溺れる。
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「本当に本当にお前は余計なことをしてくれたなぁぁあ!!」
「いひゃいいひゃい! うやぁぁ!!」
暗く冷たい牢の中で、ニチカはブチ切れたオズワルドに両頬を掴まれて引き伸ばされていた。だがいきなりバチンと離され反動で後ろに積まれていた藁に倒れ込む。腕を組んだ師匠は考えもしなかった事を言った。
「お前が捕まっても、俺が無事なら後から助けに来られただろうが」
「はっ!」
「単細胞め……」
はぁっ、とため息をついた彼は牢のあちこちを調べ始めた。地に膝を着きながら壁を触ると気を取り直したように言う。
「とにかく脱出しないことには話にならん」
「出られるの?」
「任せろ、脱獄には慣れてる」
「何回入れられたのよ!」
ニチカは鋭くツッコミを入れ、改めて中を見回した。牢屋と言うよりは、元々あった納屋を改造して作った建物のようだ。切り出した石を積んで作った壁に、むき出しの固い土の地面。唯一ある窓には外側からしっかりと鉄格子が取り付けられ、傾き始めた夕日が曇り空の向こうでぼんやりと光っている。立ち上がった少女は自分も手伝えないかとあちこちを探り出した。
「それにしてもあの子、どうして私の真似なんかしてたんだろう」
思わず口をついて出た疑問に、師匠が背を向けたまま答えた。
「それだけ精霊の巫女の知名度と重要性が出てきたと言うことだろう。悪用しようと騙る者が出てきてもおかしくない」
「あのコンサートも?」
「それは知らん」
アイドル活動をして信者を集める事になんの意味があるのだろう。うむむ……と考えていた少女は頭を抱え叫んだ。
「あああどうしよう、このままじゃ私が偽者だよ。魔導球も取られちゃったし」
「いっそ、このまま偽者に使命を託したらどうだ」
あんな杖くれてやれと軽く言われ、少女はぐぁっと顔を上げた。
「冗談じゃないっ、使命を果たさなきゃ元の世界に帰れないじゃない!」
「帰らなくてもいいんじゃないか」
「ダメダメダメ、世界のピンチなのよ。それに一度始めたことは最後までキチンとやり遂げ――え?」
はた、と気がついたニチカは視線を上げる。黒い背中は相変わらず黙々と石壁を調べていて、こちらを見ようともしない。
(それって、帰るなって事?)
どんな顔をして言ったのか、今のはどういう意味なのか。ドクン、ドクンと心臓が暴れ出し、この静かな部屋では聞こえてしまうのではないかと心配になる。
「あ、あのっ」
意を決して聞こうとした時、オズワルドが手をかけていた石がぐらりと動いた。
「おっ」
後ろでカクッとこけた少女などお構いもせず、師匠は本腰を入れてその石を動かし始めた。
「思った通りだ。これだけずさんに積み重ねただけの壁なんて、どこかに力の掛かってないヤツが一つはあるもんだ」
「…………もうっ」
ニチカは小さくつぶやいて、その箇所を後ろから覗き込む。石は不安定にグラグラしていて少し力を入れれば引き抜けそうだ。そこを基点にすればなんとか人が通れるくらいの穴は開くだろう。
ジェンガみたい、と場違いな事を考えていた少女をよそに、オズワルドは顎に手をやり思案する。
「見回りは三十分置きに来ている様だからしばらくは来ないか。もう少し余裕が欲しいな……」
「逃げ出してバレるまでの?」
「あぁ、ここで足止めしたい、興味を惹かれるような何かを用意できれば――」
そこで言葉を止めた男は、ニチカをじっと見た。その視線に嫌な予感しかしない少女はじりじりと後ずさりを始める。
「な、なに? また私に何かさせようっての?」
「……」
それには答えず、オズワルドは薄く笑った。ぞくっと悪寒にも似た何かが背筋を走り抜ける。牽制するようにニチカは声を張り上げた。
「ひぃ! くっ、来るなぁ!」
「まぁそう言うな、今日の『薬』はまだだったろ?」
「キャンディがまだ残ってるから良……うわっ」
石壁にトンッと背中がつき逃げ場を失う。乗り出すように壁に片腕をついたオズワルドは、ご丁寧に彼女の足の間に膝を差し込んで逃げられなくする。
「あ……」
青い瞳が鈍い夕陽を反射して不思議な色合いを作る。目を奪われた少女をまっすぐに覗き込み、男はこれ以上ないほど甘い声を吹き込んでやった。
「せいぜい良い声で鳴けよ」
黄昏時が陰影をくっきりと浮かび上がらせる。オズワルドの言葉にニチカはこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。男は軽く笑って手を伸ばす。柔らかい少女の頬に手をやればビクッと反応し身を竦ませた。滑らかな感触を楽しみながら首筋をたどり、頭の後ろに添える。たったそれだけの動作なのに彼女の頬は朱に染まり、きつく瞑った瞼はかすかに震えていた。
「ひぅっ……」
軽くそこに口づけしてやれば、かみ殺したような悲鳴が漏れる。口を抑えようとする手をからめ取り壁に押し付けた男は優しく言ってやる。
「我慢しなくてもいい」
だがニチカはイヤイヤをするように頭を振った。それを見たオズワルドは考える。
どうもこの少女は快楽に対して強情というか、恥ずかしいものという捉え方をしているようだ。それが少女本来の気質なのか、元いたニホンとやらの教えなのかはわからない。ただ触れた回数は両の手では数えられなくなってきたと言うのに毎度毎度抵抗される。
(本当は感じているくせに)
最初は抵抗するくせに、最後にはトロトロの表情になってすがりついてくる。多少加虐性のある男にとって、この頑なな態度を籠絡するのがある種の快感になっているのも否めなかった。散々じらすように唇で触れた後、額を突き合わせるほどの距離で問いかける。
「そういえば先ほど、何か聞きたそうだったな?」
ハッと目をあけた少女は、それでも視線を合わせようとせず地面を見ている。その頭を優しく引き寄せ、耳に低くかすれた声を滑り込ませた。
「さっきのは、もちろんそのままの意味だ。元の世界なんか戻らなくていい。ずっと俺のそばに居ろ」
「!」
一瞬抵抗が緩んだ隙をねらい、首筋に顔をうずめる。少女特有の甘い香りが鼻をくすぐり、このまま喰らい付きたくなる衝動を抑える。まだだ、まだ足りない。彼女の腹部に服の上から軽く触れ、男は言った。
「腹の種は俺がなんとかしてやる。いつまでも俺の隣で能天気に笑っていればいい」
「能天気って、どういう意味よぉ……」
ずるずると壁伝いに落ちていくニチカの体を、包囲するように覆いかぶさる。
「だ、め、だよ、こんなことしてる場合じゃ、ないのに」
弱々しく響く言葉とはうらはらに、少女の手に力が入っていないのは明らかだった。桜色の唇を思う存分むさぼり、弱いところを重点的に攻め立てる。
降ろしたてのまっさらなシャツを汚していくような感覚が、たまらなく気持ちよかった。この少女の光はまぶしすぎる。自分のような穢れた人間が触れるには同じように汚すしかない。繰り返す口づけにより、少し酸素の足りない頭で男はぼんやりと思う。
(溺れてしまえ、そのまま俺の元まで落ちて……)
浅く、深く、長く、短くを繰り返しているうちに、少しずつ慣れてきたのかニチカも返すようになってきた。すでに理性など蕩(とろ)けうわずった声が牢に響く。二人をつないでいた銀糸がふつ、と切れた。
「ほんと、に?」
「ん?」
上着の裾から手を差し込もうとした時、ニチカが顔を上げた。男は動きを止め何のことかと視線で問い返す。息を上げた少女は身を震わせながら問いかけた。
「精霊の巫女じゃなくて、私を必要としてくれるの?」
すがるような眼差しが、なぜか今までのどんな表情よりも煽情的に映った。欲に染め上げられた頬、口の端からあふれた透明な液がつぅっと顎を伝い、白く柔らかそうな胸元にぽたりと落ちる。
「オズワルド……」
それまで余裕を保っていたはずの男は、急激に湧きあがった欲情にぐらりとした。だがそれでは本来の目的とは違うと自分を叱責する。心の中で頭を振ったオズワルドは、己の懐に手を突っ込み鳥の形をした何かを取り出した。
「あたりまえだろ、『俺はお前が欲しいんだ』」
言い終えると同時にカチリとスイッチを切る。目を見開いた少女を遠ざけるように肩を押しやると、甘い香りが少しだけ遠のきホッとした。一方、急に解放された少女は目を丸くして問いかける。
「な、にそれ」
ニッと笑い振り返ったオズワルドは、淫欲にまみれた男から、したたかな魔女へと一瞬で変貌していた。
「いひゃいいひゃい! うやぁぁ!!」
暗く冷たい牢の中で、ニチカはブチ切れたオズワルドに両頬を掴まれて引き伸ばされていた。だがいきなりバチンと離され反動で後ろに積まれていた藁に倒れ込む。腕を組んだ師匠は考えもしなかった事を言った。
「お前が捕まっても、俺が無事なら後から助けに来られただろうが」
「はっ!」
「単細胞め……」
はぁっ、とため息をついた彼は牢のあちこちを調べ始めた。地に膝を着きながら壁を触ると気を取り直したように言う。
「とにかく脱出しないことには話にならん」
「出られるの?」
「任せろ、脱獄には慣れてる」
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ニチカは鋭くツッコミを入れ、改めて中を見回した。牢屋と言うよりは、元々あった納屋を改造して作った建物のようだ。切り出した石を積んで作った壁に、むき出しの固い土の地面。唯一ある窓には外側からしっかりと鉄格子が取り付けられ、傾き始めた夕日が曇り空の向こうでぼんやりと光っている。立ち上がった少女は自分も手伝えないかとあちこちを探り出した。
「それにしてもあの子、どうして私の真似なんかしてたんだろう」
思わず口をついて出た疑問に、師匠が背を向けたまま答えた。
「それだけ精霊の巫女の知名度と重要性が出てきたと言うことだろう。悪用しようと騙る者が出てきてもおかしくない」
「あのコンサートも?」
「それは知らん」
アイドル活動をして信者を集める事になんの意味があるのだろう。うむむ……と考えていた少女は頭を抱え叫んだ。
「あああどうしよう、このままじゃ私が偽者だよ。魔導球も取られちゃったし」
「いっそ、このまま偽者に使命を託したらどうだ」
あんな杖くれてやれと軽く言われ、少女はぐぁっと顔を上げた。
「冗談じゃないっ、使命を果たさなきゃ元の世界に帰れないじゃない!」
「帰らなくてもいいんじゃないか」
「ダメダメダメ、世界のピンチなのよ。それに一度始めたことは最後までキチンとやり遂げ――え?」
はた、と気がついたニチカは視線を上げる。黒い背中は相変わらず黙々と石壁を調べていて、こちらを見ようともしない。
(それって、帰るなって事?)
どんな顔をして言ったのか、今のはどういう意味なのか。ドクン、ドクンと心臓が暴れ出し、この静かな部屋では聞こえてしまうのではないかと心配になる。
「あ、あのっ」
意を決して聞こうとした時、オズワルドが手をかけていた石がぐらりと動いた。
「おっ」
後ろでカクッとこけた少女などお構いもせず、師匠は本腰を入れてその石を動かし始めた。
「思った通りだ。これだけずさんに積み重ねただけの壁なんて、どこかに力の掛かってないヤツが一つはあるもんだ」
「…………もうっ」
ニチカは小さくつぶやいて、その箇所を後ろから覗き込む。石は不安定にグラグラしていて少し力を入れれば引き抜けそうだ。そこを基点にすればなんとか人が通れるくらいの穴は開くだろう。
ジェンガみたい、と場違いな事を考えていた少女をよそに、オズワルドは顎に手をやり思案する。
「見回りは三十分置きに来ている様だからしばらくは来ないか。もう少し余裕が欲しいな……」
「逃げ出してバレるまでの?」
「あぁ、ここで足止めしたい、興味を惹かれるような何かを用意できれば――」
そこで言葉を止めた男は、ニチカをじっと見た。その視線に嫌な予感しかしない少女はじりじりと後ずさりを始める。
「な、なに? また私に何かさせようっての?」
「……」
それには答えず、オズワルドは薄く笑った。ぞくっと悪寒にも似た何かが背筋を走り抜ける。牽制するようにニチカは声を張り上げた。
「ひぃ! くっ、来るなぁ!」
「まぁそう言うな、今日の『薬』はまだだったろ?」
「キャンディがまだ残ってるから良……うわっ」
石壁にトンッと背中がつき逃げ場を失う。乗り出すように壁に片腕をついたオズワルドは、ご丁寧に彼女の足の間に膝を差し込んで逃げられなくする。
「あ……」
青い瞳が鈍い夕陽を反射して不思議な色合いを作る。目を奪われた少女をまっすぐに覗き込み、男はこれ以上ないほど甘い声を吹き込んでやった。
「せいぜい良い声で鳴けよ」
黄昏時が陰影をくっきりと浮かび上がらせる。オズワルドの言葉にニチカはこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。男は軽く笑って手を伸ばす。柔らかい少女の頬に手をやればビクッと反応し身を竦ませた。滑らかな感触を楽しみながら首筋をたどり、頭の後ろに添える。たったそれだけの動作なのに彼女の頬は朱に染まり、きつく瞑った瞼はかすかに震えていた。
「ひぅっ……」
軽くそこに口づけしてやれば、かみ殺したような悲鳴が漏れる。口を抑えようとする手をからめ取り壁に押し付けた男は優しく言ってやる。
「我慢しなくてもいい」
だがニチカはイヤイヤをするように頭を振った。それを見たオズワルドは考える。
どうもこの少女は快楽に対して強情というか、恥ずかしいものという捉え方をしているようだ。それが少女本来の気質なのか、元いたニホンとやらの教えなのかはわからない。ただ触れた回数は両の手では数えられなくなってきたと言うのに毎度毎度抵抗される。
(本当は感じているくせに)
最初は抵抗するくせに、最後にはトロトロの表情になってすがりついてくる。多少加虐性のある男にとって、この頑なな態度を籠絡するのがある種の快感になっているのも否めなかった。散々じらすように唇で触れた後、額を突き合わせるほどの距離で問いかける。
「そういえば先ほど、何か聞きたそうだったな?」
ハッと目をあけた少女は、それでも視線を合わせようとせず地面を見ている。その頭を優しく引き寄せ、耳に低くかすれた声を滑り込ませた。
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「!」
一瞬抵抗が緩んだ隙をねらい、首筋に顔をうずめる。少女特有の甘い香りが鼻をくすぐり、このまま喰らい付きたくなる衝動を抑える。まだだ、まだ足りない。彼女の腹部に服の上から軽く触れ、男は言った。
「腹の種は俺がなんとかしてやる。いつまでも俺の隣で能天気に笑っていればいい」
「能天気って、どういう意味よぉ……」
ずるずると壁伝いに落ちていくニチカの体を、包囲するように覆いかぶさる。
「だ、め、だよ、こんなことしてる場合じゃ、ないのに」
弱々しく響く言葉とはうらはらに、少女の手に力が入っていないのは明らかだった。桜色の唇を思う存分むさぼり、弱いところを重点的に攻め立てる。
降ろしたてのまっさらなシャツを汚していくような感覚が、たまらなく気持ちよかった。この少女の光はまぶしすぎる。自分のような穢れた人間が触れるには同じように汚すしかない。繰り返す口づけにより、少し酸素の足りない頭で男はぼんやりと思う。
(溺れてしまえ、そのまま俺の元まで落ちて……)
浅く、深く、長く、短くを繰り返しているうちに、少しずつ慣れてきたのかニチカも返すようになってきた。すでに理性など蕩(とろ)けうわずった声が牢に響く。二人をつないでいた銀糸がふつ、と切れた。
「ほんと、に?」
「ん?」
上着の裾から手を差し込もうとした時、ニチカが顔を上げた。男は動きを止め何のことかと視線で問い返す。息を上げた少女は身を震わせながら問いかけた。
「精霊の巫女じゃなくて、私を必要としてくれるの?」
すがるような眼差しが、なぜか今までのどんな表情よりも煽情的に映った。欲に染め上げられた頬、口の端からあふれた透明な液がつぅっと顎を伝い、白く柔らかそうな胸元にぽたりと落ちる。
「オズワルド……」
それまで余裕を保っていたはずの男は、急激に湧きあがった欲情にぐらりとした。だがそれでは本来の目的とは違うと自分を叱責する。心の中で頭を振ったオズワルドは、己の懐に手を突っ込み鳥の形をした何かを取り出した。
「あたりまえだろ、『俺はお前が欲しいんだ』」
言い終えると同時にカチリとスイッチを切る。目を見開いた少女を遠ざけるように肩を押しやると、甘い香りが少しだけ遠のきホッとした。一方、急に解放された少女は目を丸くして問いかける。
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