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79.暗雲と予感
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万が一ダメだったとして、その時こそ吸収してあげるからさ~、と冗談めかして続けると、ようやくクスッと笑ってくれた。
「ふしぎですね、あなたが言うとどんな突拍子もない夢物語でも実現できそうな気になってしまいます……ハーツイーズの本当の強みは、あなたが頂点に居ることなのかもしれませんね」
「?」
どういう意味だろうと考えていると、こちらの手を取ってきたので起き上がるのを助けてあげる。同じ目線になった彼女の目はもう迷ってはいなかった。
「わかりました、わたしのようなちっぽけな人魚がどこまでできるか分かりませんが、やってみます!」
ワッと歓声が巻き起こる。こちらを握りしめる手はやっぱり少しだけ震えていたけど、私は何も言わずに力強く握り返した。
***
夢のような人魚街での滞在はあっという間に過ぎ、その日の午後にはルカと共にハーツイーズ領内へと帰還を果たした。来た道をたどりながら真上を少し過ぎた太陽を堪能する。海の底も悪くなかったけど、やっぱり私はおひさまの下の生き物なのだ。
「これでよかったのですか?」
ルカが後ろから問いかけてくる。おみやげにと貰った一抱えもある謎の卵に頬ずりしていた私は、その言葉でようやく振り向いた。
「結局、同盟という形に落ち着きましたが、仕事を頼むのならやはり抱き込んでおいた方がよかったのでは? それだけの理由があれば吸収してもおつりが来たでしょうに」
「ん~まぁ、そう言われるとそうなんだけど、やっぱりできる事なら自分の足で歩いて欲しいじゃない?」
「彼らに足ありませんけどね」
「そういうツッコミはいいから」
それにしても何ておっきい卵なんだろう。ゆでたまご、スクランブルエッグ、どう調理して貰おうかなぁ。野菜も悪くないけど動物性たんぱくは必要だよね、うん。穀物系もちょっとずつ増産してきたし、ニワトリを増やしてもいいかも。潰せば肉になるわけだし。
「嬉しいのは分かりますが、つまづいて割るお約束だけはやめてくださいね」
「巨大プリンとか、茶碗蒸しとか」
「聞いてます?」
横に並んだルカが卵の表面を触りながら分析をする。見聞の広い彼でも心当たりのないサイズらしく興味を引かれるらしい。
「長い間漂流していたようですから、たとえ有精卵だとしても孵ることは無さそうですね」
「卵かけご飯とか、オムレツとか」
「聞いてます?」
さぁ、そろそろ村の外れの畑が見えてくるぞと言うところで、珍しくルカより先に私が気づいた。隣を歩く連れに問いかける。
「なんか変じゃない?」
「変?」
「何で誰も居ないの?」
この時間、この辺りの畑は作業を行っているはずだ。収穫されるのを待っている真っ赤に熟れたトヌトたちが寂しく待ちぼうけをくらっている。何かあったのかと人影を探そうとしたとき、微かに地面が振動し始めた。こっ、この揺れは!
――キュオオオオオッッ
「ぎゃあああ!」
「おや、わーむ」
鼻先スレスレでボコッ!と飛び出してきた巨大ミミズに持っていた卵を取り落としそうになる。これは! これだけは死守!!
頭だけを地面から生やしたワームベームは、パニックになっているようでびったんびったんとのたうち回っている。卵を抱えたまま座り込んだ私は、暴れる心臓を抑えながら怒鳴りつけた。
「何すんのよわーむ君っ、ダイナミックビックリ箱にもほどがあるわ!」
「どうしました、何かあったのですか」
冷静に問いかけるルカの声に、わーむ君はクイックイッと村の方を指し示している。そちらを見やった私たちは息を呑んだ。村の入り口からメインストリートにかけて、住人たちが折り重なるようにして倒れていたのだ。慌ててそちらに向かうと、風に運ばれてきた悪臭が鼻をついた。うっぐ、なにこれ、吐きそ……。
「主様しっかり、今調整します」
ルカが軽く指を振ると、上空から下りて来た風が私たちを中心に外側に向かって吹き始めた。それだけでだいぶ悪臭は軽減される。私は早速近くに倒れていた一人の女性を助け起こした。
「敵襲でもあったの? ケガは!?」
見たところ血は流れていないようだ。だけど青い顔でぐったりとしている様はどう見ても普通じゃない。うっすらと目を開けた彼女は震える手で城を指し示した。
「まお……さま、彼を、あの人を」
あの人? と、心当たりを探っていると、少し離れたところに倒れていたヒゲ面のコボルトおじさんが搾りだすようにこう続けた。
「あのカエルを……ぐぅぅっ」
「ちょ、ちょっと」
そのまま彼はバタリと地面に突っ伏してしまう。カエルって、まさかドク先生が何かしたの!?
「急ぎましょう」
うめきながら転がる村人たちの間を駆け抜けて、私たちはお城へのゆるやかな坂道を駆け上がる。
――毒薬の研究を……させて貰いたい
最悪の想定が頭を過ぎる。考えたくはないけど、もしそうだったらよく調べずに独断で彼を採用した私の責任だ!
泣きそうになりながらお城の正門を力いっぱい押し開ける。ホールに飛び込んでも誰も出迎えてくれず、ひっそりとした午後の空気に包まれる。ラスプたちはどこ? 手首ちゃん!
「ふしぎですね、あなたが言うとどんな突拍子もない夢物語でも実現できそうな気になってしまいます……ハーツイーズの本当の強みは、あなたが頂点に居ることなのかもしれませんね」
「?」
どういう意味だろうと考えていると、こちらの手を取ってきたので起き上がるのを助けてあげる。同じ目線になった彼女の目はもう迷ってはいなかった。
「わかりました、わたしのようなちっぽけな人魚がどこまでできるか分かりませんが、やってみます!」
ワッと歓声が巻き起こる。こちらを握りしめる手はやっぱり少しだけ震えていたけど、私は何も言わずに力強く握り返した。
***
夢のような人魚街での滞在はあっという間に過ぎ、その日の午後にはルカと共にハーツイーズ領内へと帰還を果たした。来た道をたどりながら真上を少し過ぎた太陽を堪能する。海の底も悪くなかったけど、やっぱり私はおひさまの下の生き物なのだ。
「これでよかったのですか?」
ルカが後ろから問いかけてくる。おみやげにと貰った一抱えもある謎の卵に頬ずりしていた私は、その言葉でようやく振り向いた。
「結局、同盟という形に落ち着きましたが、仕事を頼むのならやはり抱き込んでおいた方がよかったのでは? それだけの理由があれば吸収してもおつりが来たでしょうに」
「ん~まぁ、そう言われるとそうなんだけど、やっぱりできる事なら自分の足で歩いて欲しいじゃない?」
「彼らに足ありませんけどね」
「そういうツッコミはいいから」
それにしても何ておっきい卵なんだろう。ゆでたまご、スクランブルエッグ、どう調理して貰おうかなぁ。野菜も悪くないけど動物性たんぱくは必要だよね、うん。穀物系もちょっとずつ増産してきたし、ニワトリを増やしてもいいかも。潰せば肉になるわけだし。
「嬉しいのは分かりますが、つまづいて割るお約束だけはやめてくださいね」
「巨大プリンとか、茶碗蒸しとか」
「聞いてます?」
横に並んだルカが卵の表面を触りながら分析をする。見聞の広い彼でも心当たりのないサイズらしく興味を引かれるらしい。
「長い間漂流していたようですから、たとえ有精卵だとしても孵ることは無さそうですね」
「卵かけご飯とか、オムレツとか」
「聞いてます?」
さぁ、そろそろ村の外れの畑が見えてくるぞと言うところで、珍しくルカより先に私が気づいた。隣を歩く連れに問いかける。
「なんか変じゃない?」
「変?」
「何で誰も居ないの?」
この時間、この辺りの畑は作業を行っているはずだ。収穫されるのを待っている真っ赤に熟れたトヌトたちが寂しく待ちぼうけをくらっている。何かあったのかと人影を探そうとしたとき、微かに地面が振動し始めた。こっ、この揺れは!
――キュオオオオオッッ
「ぎゃあああ!」
「おや、わーむ」
鼻先スレスレでボコッ!と飛び出してきた巨大ミミズに持っていた卵を取り落としそうになる。これは! これだけは死守!!
頭だけを地面から生やしたワームベームは、パニックになっているようでびったんびったんとのたうち回っている。卵を抱えたまま座り込んだ私は、暴れる心臓を抑えながら怒鳴りつけた。
「何すんのよわーむ君っ、ダイナミックビックリ箱にもほどがあるわ!」
「どうしました、何かあったのですか」
冷静に問いかけるルカの声に、わーむ君はクイックイッと村の方を指し示している。そちらを見やった私たちは息を呑んだ。村の入り口からメインストリートにかけて、住人たちが折り重なるようにして倒れていたのだ。慌ててそちらに向かうと、風に運ばれてきた悪臭が鼻をついた。うっぐ、なにこれ、吐きそ……。
「主様しっかり、今調整します」
ルカが軽く指を振ると、上空から下りて来た風が私たちを中心に外側に向かって吹き始めた。それだけでだいぶ悪臭は軽減される。私は早速近くに倒れていた一人の女性を助け起こした。
「敵襲でもあったの? ケガは!?」
見たところ血は流れていないようだ。だけど青い顔でぐったりとしている様はどう見ても普通じゃない。うっすらと目を開けた彼女は震える手で城を指し示した。
「まお……さま、彼を、あの人を」
あの人? と、心当たりを探っていると、少し離れたところに倒れていたヒゲ面のコボルトおじさんが搾りだすようにこう続けた。
「あのカエルを……ぐぅぅっ」
「ちょ、ちょっと」
そのまま彼はバタリと地面に突っ伏してしまう。カエルって、まさかドク先生が何かしたの!?
「急ぎましょう」
うめきながら転がる村人たちの間を駆け抜けて、私たちはお城へのゆるやかな坂道を駆け上がる。
――毒薬の研究を……させて貰いたい
最悪の想定が頭を過ぎる。考えたくはないけど、もしそうだったらよく調べずに独断で彼を採用した私の責任だ!
泣きそうになりながらお城の正門を力いっぱい押し開ける。ホールに飛び込んでも誰も出迎えてくれず、ひっそりとした午後の空気に包まれる。ラスプたちはどこ? 手首ちゃん!
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