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第5話:忘却の塔と契りの鈴
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霧が晴れた夜明け前、街の外れにそびえる塔が、月光に浮かび上がった。
それは「忘却の塔」と呼ばれているらしい。
ナラ婆の話によれば、かつて神託を記した書が収められ、今では誰も近づかぬ遺跡となっているという。
リズは、その塔の前に立っていた。
隣には、黒猫の仮面をつけた少年。
名を持たぬ彼と、言葉は交わさずとも、奇妙な安堵があった。
「行こう」と言ったのはリズの心か、それとも塔の声か。
錆びた門を押し開け、ふたりは中へと足を踏み入れる。
塔内は静寂に包まれていた。空気は冷たく、光の筋さえ届かない。
それでも、どこか懐かしい――そんな感覚に満ちていた。
螺旋階段を上るたび、古い壁画が次々に現れる。
仮面の巫女たち。鍵を抱く少女。
そして、塔の最上階へと続く“鈴の門”。
そこには、ひとつの鐘が吊られていた。
小さく、銀の鈴のような音が、風もないのに響いている。
「この音……」
リズがつぶやいた瞬間、足首の輪が鈍く光り、懐の鍵が熱を帯びる。
少年が静かに手を伸ばした。
その指先が鈴に触れると、不意に空間が歪んだ。
塔の中に、過去の声が流れ込む。
――“約束するわ。たとえ記憶が消えても、必ず戻ってくるから”
――“この鈴の音が、ふたりを繋ぐ”
誰の声だったのか、思い出せない。
けれど、胸の奥が締めつけられるほどに懐かしかった。
「ここに……来たことがある」
リズはそう呟いた。
記憶は戻らない。
けれど、身体が、心が、この場所を知っていた。
この塔で、何かを誓ったこと。
大切な誰かと、“何か”を交わしたこと。
少年はリズの手を取り、再び鈴へと触れさせた。
その瞬間、鈴が高らかに鳴り響き、塔の天井に刻まれていた文様が淡く光り始める。
『鍵を継ぎし者、名なき契りを交わし、記憶の封を解かん』
まるで神託のような響きだった。
その光は、少年の仮面にも流れ込む。
紫水晶と琥珀の瞳が、しばし柔らかく輝いた。
塔の最上階にある祭壇に、ふたつ目の“輪”があった。
それは少年の足首に嵌められるように、銀の装飾が整えられていた。
リズが鍵をかざすと、輪が静かに開き、少年の足にぴたりと収まる。
カチリ。
音がした。
まるで、ふたりの間に、目に見えぬ鎖が結ばれたかのように。
ふと、塔の外に風が吹いた。
それは、街の明かりが消える合図だった。
眠らぬ街が、はじめて“夜”を迎えた。
リズと少年は、塔の最上階から、かつてない闇を見下ろしていた。
その中に、遠く次なる道標が浮かび上がる――
星の落ちた森。
誰もが記憶を失うという、“忘れの森”。
その奥に、次の扉が待っている気がした。
「行こう」
今度は、ふたりの声が重なった。
鈴が微かに揺れ、静かに旅の続きを告げていた。
➤ 第6話:星降る森と記憶の棺 へつづく
それは「忘却の塔」と呼ばれているらしい。
ナラ婆の話によれば、かつて神託を記した書が収められ、今では誰も近づかぬ遺跡となっているという。
リズは、その塔の前に立っていた。
隣には、黒猫の仮面をつけた少年。
名を持たぬ彼と、言葉は交わさずとも、奇妙な安堵があった。
「行こう」と言ったのはリズの心か、それとも塔の声か。
錆びた門を押し開け、ふたりは中へと足を踏み入れる。
塔内は静寂に包まれていた。空気は冷たく、光の筋さえ届かない。
それでも、どこか懐かしい――そんな感覚に満ちていた。
螺旋階段を上るたび、古い壁画が次々に現れる。
仮面の巫女たち。鍵を抱く少女。
そして、塔の最上階へと続く“鈴の門”。
そこには、ひとつの鐘が吊られていた。
小さく、銀の鈴のような音が、風もないのに響いている。
「この音……」
リズがつぶやいた瞬間、足首の輪が鈍く光り、懐の鍵が熱を帯びる。
少年が静かに手を伸ばした。
その指先が鈴に触れると、不意に空間が歪んだ。
塔の中に、過去の声が流れ込む。
――“約束するわ。たとえ記憶が消えても、必ず戻ってくるから”
――“この鈴の音が、ふたりを繋ぐ”
誰の声だったのか、思い出せない。
けれど、胸の奥が締めつけられるほどに懐かしかった。
「ここに……来たことがある」
リズはそう呟いた。
記憶は戻らない。
けれど、身体が、心が、この場所を知っていた。
この塔で、何かを誓ったこと。
大切な誰かと、“何か”を交わしたこと。
少年はリズの手を取り、再び鈴へと触れさせた。
その瞬間、鈴が高らかに鳴り響き、塔の天井に刻まれていた文様が淡く光り始める。
『鍵を継ぎし者、名なき契りを交わし、記憶の封を解かん』
まるで神託のような響きだった。
その光は、少年の仮面にも流れ込む。
紫水晶と琥珀の瞳が、しばし柔らかく輝いた。
塔の最上階にある祭壇に、ふたつ目の“輪”があった。
それは少年の足首に嵌められるように、銀の装飾が整えられていた。
リズが鍵をかざすと、輪が静かに開き、少年の足にぴたりと収まる。
カチリ。
音がした。
まるで、ふたりの間に、目に見えぬ鎖が結ばれたかのように。
ふと、塔の外に風が吹いた。
それは、街の明かりが消える合図だった。
眠らぬ街が、はじめて“夜”を迎えた。
リズと少年は、塔の最上階から、かつてない闇を見下ろしていた。
その中に、遠く次なる道標が浮かび上がる――
星の落ちた森。
誰もが記憶を失うという、“忘れの森”。
その奥に、次の扉が待っている気がした。
「行こう」
今度は、ふたりの声が重なった。
鈴が微かに揺れ、静かに旅の続きを告げていた。
➤ 第6話:星降る森と記憶の棺 へつづく
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