仮面少女LIZU

月影 光(つきかげひかる)

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第6話:星降る森と記憶の棺

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霧が晴れた先にあったのは、夜のまま時が止まったような森だった。

木々の葉は青白く光り、地面には無数の小さな星屑が舞い落ちているかのようだった。空から降るのは雪ではない。淡く輝く粒子が、まるで記憶のかけらのように、静かに舞っていた。

「ここは……星の森」

誰が呼んだかも知らないその名を、リズは自然と口にしていた。

隣を歩く黒猫の仮面の少年――カイと名乗った彼は、静かに頷いた。

「かつて、ここには“記憶の棺”があったと言われている。失われた記憶や、名前、夢……忘れられたすべてが、ここに眠っている」

彼の声は風に溶けるように柔らかく、どこか哀しげだった。

リズの足首の輪が、かすかに月光を反射する。
そして彼女の手の中には、あの銀の鍵が今も握られていた。

その鍵が導く場所を、二人はずっと探していた。

やがて、森の奥にぽっかりと空いた空間が現れた。
そこには、ひとつの棺があった。

木でも石でもなく、まるで星の光を編んで作られたかのような透明な棺。
近づくと、鍵が微かに温もりを帯び、リズの手の中で脈を打った。

「開けるつもりか?」

カイが問う。

リズは答えない。けれど、手は自然と棺の前に伸びていた。

鍵穴はなかった。
だが、鍵は棺に触れた瞬間、静かに溶けるように吸い込まれていった。

――かちり。

音もなく、棺が開いた。

中にいたのは、リズによく似た少女だった。
けれど、その目は閉じたまま。表情は安らかで、微笑みさえ浮かべている。

そして――その胸元には、リズが握っていたのと同じ銀の鍵があった。

「……これは……?」

言葉が出ないまま、リズはそっとその鍵に触れた。
すると、彼女の脳裏に、流れ込むように映像が広がった。

――月夜に祈る少女。
――塔の上で鈴を鳴らす影。
――“リズ”と呼ばれる誰かの声。
――泣きながら仮面を外す自分自身。
――名前を忘れた、誰かのための約束。

「この子は、わたし……?」

カイは静かに目を伏せた。

「いや――“かつての君”だ」

棺の中の少女は、まるで時の波に取り残されたかのように静かだった。

「この棺は、記憶の墓標。君がここに辿り着いた時点で、過去は解かれ、新たな物語が始まる」

リズは震える指で、棺の中の少女の額にそっと手を当てた。

「ありがとう」

それは、別れの言葉だったのか。
それとも、自分自身に向けた許しだったのか。

棺が再び閉じると同時に、森に星が降り始めた。

それは祝福のようでもあり、哀悼のようでもあった。

「行こう」

カイが手を差し伸べる。
リズは頷き、彼の手を取った。

もう何も言葉はいらなかった。

二人の影が、星降る森を抜けていく。
背後では、棺の上にひとつだけ星が降り積もり、静かに輝きを放っていた。

そして、風がふたりの名を、まだ知らぬ未来へと運んでいった。

➤ 第7話:風の階と祈りの城 へつづく
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