【完結】王都のカジノから

みけの

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最終話

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「わたくしが何をしたと言うの……? 悪いのはアイツじゃない……」

リシェンヌの目から光が消えた。魂が抜けたような無表情で天を見つめる。

 まぁそうなるか。宿敵に莫大な借金しちゃったんだもんね。
現実逃避もしたくなるよね。

 前公爵死亡後、女公爵としてリシェンヌが後を継いだけど、それからの行政は散々だったそうだ。

 周囲は、あの公爵の娘がどうして? って驚いていたけど、わたしはまあ、そうなるよな~って思うだけで驚いていない。

 だってジョーに全部面倒な事を押し付けてきて、これからもずーーっと、そうするつもりでいた彼女が有能である筈はない。優秀と言われた成績も、教師達からの偽造だったんだから。実際はどうなのか? 知らない方が幸せかも知れない。

 でもリシェンヌもリシェンヌだ。何もしていないのに何故、優秀な成績でいられるのかと……一度でも疑問に思わなかったのか?

 そんな疑問は、当人のうわごとで判明した。

「わたくしはリシェンヌ公爵令嬢、なんだもの……わたくしは常に正しいのよ。わたくしは何をしても許されるの。……なのに……」

 うわごとは更に続く。
 
「悪いのはアイツよ……少し歴史の話で間違った位で『そこはこうじゃないでしょうか?』なんて言うから……。わたくしに恥をかかせたから、だからあの日、あいつが気に入っている帽子を取り上げて、川に投げて……」

「「「!!」」」

 え? 今……あのリリーア嬢の事件の事を言っている?

 「マ、マリオン?」

 ギョッとしたカインが止めようとするけど、いつの間にか来ていた騎士達に捕縛されて動けない。

 夫の現状にも気づかず、いや興味がないのかリシェンヌは目を向ける事もしない。辺境伯夫妻も硬い表情で静観している。

 あの事件の真相を、加害者が“自白”しているのだから。

「なのに帽子に手が届く前に、流れに足を取られて転んだわ。
怪我でもしたのかしゃがんだままで。『足が挟まったの! 動けない』って何故か手を伸ばしてきたけど、助けてもらえるなんて思ったのかしら? 

ふふっ、愚かね……。

何も見ていないわたくしは皆に『帰るわよ』って声をかけてその場を去ったわ? それだけよ、殺してなんかいない……」

「マリオン!」

「ふ、ふふっリリーアに運がなかっただけよ。父が言ってくれたように、このわたくしに対して底意地の悪い事をするから罰が当たったのよ。ざまぁなっ!?」

 バシャッ! と周囲に水滴が散った。と思ったらリシェンヌが全身水浸しになっている。側に大きい花瓶を抱えた辺境伯夫人がいた。

「正気に戻ったようね……?」

 突然水をかけられたリシェンヌは、気持ち悪そうにしていた後ハッと我に返ったように辺りをキョロキョロ見回す。

 その後、サーっと、音が聞こえるように顔を青くした。動揺していた事で言ってはいけない事を言ってしまった事に気付いたらしい。

 そして……頭上で見下ろす辺境伯夫人の、冷ややかなまなざしに気付き、ブルっと体を震わせた。

「あなたはずっと、そう思っていたのね? リリーアが、わたくし達の娘があなたに見殺しにされたことを」

「み、見殺し!? 悪い言い方しないで下さい! 辺境伯夫人ともあろう方がそのようでは問題が……」

「マリオン! どうか黙っていてくれ!!」

「何よカイン迄!」

ぎゃあぎゃあと、目の前で繰り広げられる争い。そこでポツンと立ったままでいる自分。

……うん、わたしはもう必要ないですね?

「ええっと……わたし、もう良いですか?」

恐る恐るわたしが訊くと、辺境伯はん? と眉を上げる。

「もう行ってしまうのか? これから我々はこの女公爵とその夫を締め上げるのだが見ていかんか?」

「いやあ……」

 見てっても良いんだけどさー。絶対夢に見ると思うんだよね。

そりゃあ確かに、リシェンヌだかマリオンだかのこの女に、わたしは地獄を見せたかった。わたしやジョーが受けていた痛みを、この女に返してやりたかった。それは変わらない。

でもそれ以上に大事な事がある。それは………。

「ジョーがご飯作って待ってくれてるんです」

ちょっと照れくさい気持ちで、答えた。

 前世の記憶があるジョーは、王子なのに料理に抵抗が無い。ただし包丁が苦手。どれだけ指に傷を作った事か……。

 でも、何が入っているか分からないパンとかスープばかりだったわたしには優しい安心出来る料理なんだ。
卵の殻や水臭い味程度、ほんの愛嬌。誰と食べるかが重要だ。

 わたしの言葉に、辺境伯夫人の凍てつくようだった視線がフッと和らいだ。

「それは確かにコレらよりも大事ね? 早くお帰りなさい」

「恐縮です。では御前失礼いたします。お借りしたドレスは別室に置かせて頂きます。そして……」

 と、そこで言葉を切り、深々と頭を下げる。

「この度は誠にありがとうございました」

 お2人のおかげで、ジョーとわたしの仕返しにもなったから感謝しかない。

 部屋を出て向かいの控室に入ろうとした時、何かけたたましい悲鳴が聞こえた気がするけど、もう気にしない。

 「ルリエお帰り。残業お疲れ様」

わたし達が借りている小さいアパートの一室。

 扉を開けると、隅にある小さいキッチンから良い匂いが漂ってきた。今日は成功したな、と思いながら背中に声をかける。

「ただいまジョー、良い匂いね」

「大家の御夫人、いやおばさんにレシピ聞いたんだ♪」

「へえ、あのおばさんがねぇ……」

 王子様の正装ではない、古着のシャツとズボンの上にエプロン姿のジョーが、料理を運んでくる。湯気の立つ料理は全部で三つだ。やっと近頃になってパンとスープ以外に一品増えたのが嬉しい。それらを並べながら、ジョーが訊いてきた。

「何かご機嫌だね。良い事でもあった?」

 ジョーと向かい合って座りながらさて、アレを良い事にしても良いのかなと首を傾げた。

 宿敵達の破滅に溜飲は下がったが、それでも不幸話だ。あまり良い事ではない。何より食事の話題には向いていない。

 ただ、こうやって誰かが待ってくれる家で晴れやかに笑える事。それを喜ぶのは良いかも知れない。

「うん、良い事があったよ」

 その後―――

「リシェンヌ公爵家、破産したんだって?」

 仕事の帰りに、工員さん達のそんな話が聞こえてきた。

「あんなに羽振りが良かったのに、どんなへまをしてそこまで落ちたんだ?」

「前の公爵が急死して、代替わりしてからは落ちる一方だったそうだ。それと関係しているのかは分からないが、当主が夫婦揃って行方知れずとも聞いたぞ」

「金持って夜逃げしたんだろうな……」

 夜逃げならまだ、幸せかもね。

 あの夜から帰っていないのかな? すごい悲鳴上げてたっけ。

あくまで同じ人間として、若干気の毒に思わなくもない。でも彼女はそれだけの事をしたんだ。

「まぁ、わたしにはもう関係ないからね」

 わたしはジョーとの生活の方が大事だもん。貴族でも何でもないんだし。

 なんて思っていると、工場長がにやにやしながらわたしに言った。

「ルリエ、旦那が迎えに来ているぞ」

その隣にジョーが、少し照れくさそうにして立っている。

「旦那じゃないですよ! 相棒です。いつもゴメンねジョー」

「そうですよ、相棒です。夜は物騒だからね、迎え位当たり前だろう? では失礼します」

「おう、明日もよろしくな」

 工場長と、いつの間にいたのか工員さん達までからかうようにヒュー、ヒューなんて言っている。

 本当にジョーは相棒なのに。現に一緒に暮らしていても、わたし達の間にそんな甘い空気はない。家族か兄妹みたいな感じだ。

 嬉しいから……困る。

 この関係が続くかどうかは分からない。けど最初の思いは変わらないだろう。

 絶対に幸せになるんだ……2人で。
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