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情感が足りません~初恋は実らない~
しおりを挟む「アイカさん、歌のご指導、お願い出来ますか?」
稽古場の隅で。
他の皆さんが懸命に稽古しているのを、隅の方でポツンと座って見ていたアイカさんに声をかけてみる。
あれから数日経ち。俺はどうにか一座の臨時歌い手として受け容れてもらえていた。最近では俺が出て来ると、『よっ、レオ! 今日も頑張れよ』なんて声をかけてくださる人もいる。その事自体は素直に嬉しい。
……でもきっとお客様達は、アイカさんの歌が聴きたいんだろうなと思う。舞台が終わってから訊かれるから。
“アイカちゃんは大丈夫か?”
“アイカ、もう喉は治ったの?”
“ああでも別に、お前の声がいやじゃないんだ! むしろすごく耳障りが良くて。こんなにいい思いをしたのは始めてだ!……でもなぁ……”
分かる。俺の歌がどうとかって問題じゃない。いつも慣れ親しんだ人の声だからこそ意味があるんだ。
だから……きっとお客様は、俺ではなくアイカさんの歌を望んでいる。
聞き終えた後、注意点を黒板に書いてもらう。アイカさんは自国語なら読み書き出来るらしい。
紙は貴重なので使うのは小型の黒板だ。土魔法で作られた、表面を指先でなぞるだけで字が書ける優れもの。消すのも手で表面を撫でただけで出来る。
土魔法ってもの作るのに便利なんだよな。俺が使えるのは風魔法なので、こんな時はちょっとうらやましい。
アイカさんが書き終えると、俺に黒板を示した。苦笑しているから、あまり良い感想ではなさそうだな。と黒板の文を読む。
『“春の訪れ”と“竜との戦い”は200点満点! すごく気持が入っているわ。
でも“花咲く丘で君を待つ”はもう少し情感を込めて欲しいわね』
「あー……」
“花咲く丘~”は恋歌だ。離ればなれになった恋人を思う青年の心を表現している。
恋愛経験かぁ……。元婚約者様とは恋どころか子守だったしなぁ。それより前と言えば……。
続けてアイカさんが、今度はちょっとだけ楽しそうに目を輝かせて、
『レオさんには、恋愛の経験はあるのかしら』
と書いて見せる。
――恋愛の、経験かぁ……。
「……ありますよ、振られましたけど」
言ったらアイカさんは、目を丸くして黒板に大きく、
『レオさんを振るなんてもったいない!』
と書いて見せてくれた。
でもホント、あれは子供心に堪えた。
……あの時俺はまだ平民で、家計のために市場で雑用を任されていた頃だ。近所に空き家があって、かなり老朽化が激しいことから、お化け屋敷と呼ばれて怖がられていた。
でも俺はたまに時間が空くとそこの地下室に忍び込んで、歌を歌っていた。大体夕方の1時間位だったと思う。昼は仕事してたし、夜は家に帰らなければいけなかったから。
そんなある日、俺がいつものように忍び込んだら先客がいた。
壁に寄るようにうずくまって泣きじゃくっていた女の子。
今でも憶えている。サラサラした金髪を肩位まで伸ばし、ふわりとした真っ白な肌の美少女だった。群青色の大きな瞳に長い睫。昔童話で見た雪の精を思わせる。
――こんな綺麗な人が、この世にはいるのか。
幼心にも衝撃だった。
俺がボーッと見ているのに気付いたのか、女の子はキッ! と睨むように見返してきた。一瞬ひるんだけど、彼女の様子を改めて見て子供心にピンときた。
――これは……訳ありだな。
質の良さそうな紺色のワンピースは、よく見るとあちこち汚れたり破れたりしているし、襟のボタンの上2つもなくなって、ある筈の箇所から糸だけがぶら下がっていた。
乱暴されたのなら、警戒するのは当たり前だ。まずは自分が敵ではない、と分かってもらい警戒を解いてもらわなくてはならない。何があったのかの説明はその後だ。
『どうしたんだこんな所に来て。1人なのか?』
『…………』
警戒を解く様子はないが、視線を合わせたまま更に聞いてみた。
『家はこの近くか? 誰かと一緒なのか?』
2,3質問していたら、ようやく口を開いてくれた。
『わ、私は……』
話を聞いてみると、兄とその友達と一緒に、ここに肝試しにきたそうだ。
しかし途中ではぐれてしまい、どうやって出たものか分からずに困っていたらしい。
そこまで話してから彼女は、俺をその綺麗な瞳で真っ直ぐ見つめると、女の子っぽくないしゃべり方で
『――君、良ければ私を屋敷まで送ってもらえないだろうか? 当然報酬は支払うつもりだ』
と、言ってきた。――ついさっきまで泣いていたのに。
俺は反射的にムッとしていた。この目の前の美少女に優しくしたいけど、“報酬は払う”なんて自然に口に出ていることからして、この子はきっと貴族のお嬢様だ。着ている物だって質の良い物だ。俺の中で複雑な思いが交差する。
貴族――母さんが俺を産んだ途端、追い出したやつら。今、母さんが苦しんでいる理由を作った奴の仲間。
なら遠慮なんていらないよな、って思うままに
『報酬なんていらない――って本当は言いたいけど、うちは万年カツカツだからありがたくいただくよ』
と返事したら、その子はホッとしたのか、始めて表情を和らげた。
――“兄と一緒に来たのなら兄と帰らなくてもいいのか?”と疑問に思ったのはその後である。
女の子に指示されるまま、たどり着いたのはいかにも貴族のゲストハウスだな、と分かる屋敷だった。
こじんまりとしてるが、濃緑の鱗屋根や白壁で出来たセンスの良い建物だ。小さい庭に色とりどりの花でアーチが描かれている。
『送ってくれてありがとう。また会えると嬉しいな』
『これくらい、大したことじゃない。』
そこで別に言わなくても良いのに、お節介にも忠告してしまった。
『あまりあんな場所に行かない方が良いぞ。アンタ可愛い顔してるんだから。お嫁さんにしたいくらいだ』
俺的にはかなり本気が入っていた――と思う。
なのにその子は、急にサッと顔色を変え、俺を睨み付けると手を振り上げて――。
『誰がお嫁さんだよ!! 馬鹿ぁ!!』
バチン! と平手で叩かれたのだ。
そして頬を押さえたまま呆然としている俺にクルッと背を向け、振り返らずに屋敷の中に入ってしまった。
その後、ずっと彼女には会えていない。
……どこでそんなに、嫌われたのかは、今になっても分からない。結局報酬はもらわず仕舞いだったが、まぁ最初からもらう気などなかったから、それはいい。
――初恋は実らないって本当なんだな。
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