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想いは止められない……って、相手はあいつ?
しおりを挟む「噂で聞いたんだ。レオ、って歌い手の歌を聴いたら良い事が起こる、って」
必死な顔のビート君を目にし、あぁ、またこの話か――と、内心ため息をついた。
“彼の歌を聴いた者には、幸運が舞い込む”
学園にいた時にやたら言われていた。その効果か一時、あちこちで俺に“歌ってくれ”コールが頻繁にあった。
しかしそれは一時のウェーブで終わった。その原因は、不本意ながらも……元婚約者の第3王女だ。
彼女に命じられ、歌った時には何も変わらなかったからだ。その報告と共に“なぁーんだ、嘘じゃない!”と勝ち誇ったように馬鹿にされた。
自分でも信じていなかったから特に気にもしなかったが、かえってそれで良かった。もし本当に良い事が起きたら、ここぞとばかりに利用されまくっていただろうから。
ちなみに公爵夫妻は、“平民の混ざり物に、そんな力があるはずはない”と興味すら持たなかった。
そんな曖昧な力にでも頼りたい程、ビート君は行き詰まっているんだろう。俺に向けられる目は恐い程真剣だ。
「な、なぁ……! アンタ、ここで働いてるなら、あの歌い手に取り次いでくれないか? シスターに歌を聴かせて欲しい、って! 金なら俺が、何年かかっても絶対に払う! 必要ならそいつの奴隷になってもいい!」
「…………取り次ぐのは、良いけど」
彼が必死なのはわかる。けど、
「奴隷になるとか言わない方が良いよ。君がもしそれで満足しても、君が選んだ選択に巻き込まれた人達はどうだろうね。君に背負わせた物の重さを感じない程、鈍感ではないその人達は。自分が……自分だけが幸せになるなんて赦されない。そんな罪悪感に縛られる。それは一生、消えないだろう」
俺の言葉に、ビート君は先程までの勢いが嘘のように大人しくなった。顔を強ばらせたまま、瞳だけが揺れている。
「……でも俺は……。シスターに、目を覚まして欲しくて……」
膝に置かれた小さな手は震えていた。その上から包むように手を重ね、ギュッと包む。
「……要するに、あまり捨て鉢にならないように、ってそれだけだよ。それに、アイツはまだ駆け出しだから、君が一生かけて払う程大枚出す必要はないぜ」
「そ、そっか……」
ほーっと、肩から力を抜くビート君に、
「アイツには、俺から話を通しておくよ。……ただ……君が聞いた噂みたいな能力は持っていないと思うぜ」
と我ながら気弱なお断りをいれたのにも関わらず、彼はぱっと明るい顔になると、
「それでもいい! ありがとう!!」
と言って俺の手を握り絞めた。
そして……レオとして初めて会ったシスター・テレジアは、修道女らしい清楚で美しい女性だった。
小さな教会の聖堂。古さが浮き出ていながらも、聖壇の神像を背にする姿はまさに神に仕える修道女だ。質素な修道服を着ていても、却って美しさを際立たせている。清廉な“神の使徒”。
ただ……あくまで男目線になってしまうが……修道女とは、こんなに色っぽいものなのか? とも思う。
修道服の上から張り出す位の、むっちりとした胸の膨らみもそうだが、所々の動作がまるで狙ってるのか? と思うばかりに色っぽい。会釈の仕方は修道女のそれだったが体を折る一瞬、ギュッと両腕で胸元を強調するように締め付け、上目使いで見上げてくる。ま、まぁそこは俺も、貴族として教育されて来たので? さりげなく視線を逸らしたんだが。
幸い彼女は、俺の動揺に気付かなかったようで……ニッコリと笑って言った。
「レオさんですね? バレンシア劇場専属歌手の……。お噂は伺っています。ビート君が無理を言ってしまったみたいでごめんなさい」
「気にしないでください。彼から聞いたと思うんですが、俺も駆け出しなので、歌える機会があれば嬉しいです」
場数が増える=経験値ってことでお互い様ですよ、という意味で言ったつもりだった。
でも、そんな俺の言葉は彼女に届かなかったらしい。暗い表情に戻って、自分の体を両腕で抱きしめるようにして身をよじった。……気付かないようにしよう、うん。
と、切り替えて彼女に言う。
「ビート君は貴女を、心から慕っている。そして心配しています」
「……っ、でも……わたくしは、主の教えに背いております」
「シスター……」
「この教会に入る前に、わたくしは洗礼を受け、誓いました。一生を神に捧げることを。……なのにわたしはそれを破ろうとしている……っ」
「……シスター……」
「でも思いが止まらないのです……っ」
ここで、“その男は子供相手に暴力をふるうゲス野郎だからお薦め出来ません。きっぱり縁を切って忘れなさい”なんて言っても全然通じなさそうだ。
と、言うか……シスター・テレジアは、何となくでもその男の本性に気付いているのではないだろうか? 本当に良いと思っていたら生真面目な人間なら、修道院を出ているだろう。
まぁ……どんなロクデナシでも、惹かれてしまうってのもあるらしい。巷ではダメな男の方を好む女性も多いらしい。“自分がいなきゃダメなのよ”って思えるのが嬉しいとか。
だが……俺はきっと単純なんだろう。そんなのは愛とは思えない。言ってみれば、たちの悪い……呪い、だ。
しかし呪いに対抗する手段など、すぐに出ることはない。
だから今、出来ることをしよう。……と、俺は直立し、鬱状態のシスターに問いかけた。
「……お好きな歌とかはありますか?」
彼女にリクエストされたのは、小さい頃にご母堂が歌ってらしたという子守歌だった。歌い終えた俺に、シスターはパチパチと笑顔で拍手してくれる。
「……ありがとうございます。やっぱり素敵なお声ですね」
「恐縮です」
「それに……レオさん、すごく物腰が優雅だわ。まるでお貴族の方みたい」
ぎくり。
「えーっと……それで今、思い人のことはどう思われてますか?」
何とか誤魔化そうと、こっちから話をふってみる。
「…………」
返事の代わりに彼女はうつむいて、悲しそうに首を振った。
……ああやっぱりダメだったか。
「でも、少し気持が軽くなりました。ありがとうございました」
と、逆に気を使われてしまう。ビート君の役に立てなかったという罪悪感からか、俺は思っている事を言ってしまった。
「俺からも言います。そのおと、いや思い人はあまり良い人間には思えません。上の方にご相談はされましたか? 出来ればしばらく距離を置いた方が良いと思います。より良いのは、場所を移して生活されることですが」
その男、と言いかけ何とか止める。シスター・テレジアの中では、きっと恋の相手だからだ。初対面の俺が軽んじるのは良くない。
教会には、弱い者や悩む者の避難場所としての役割もある。物理的に距離を離せば、向こうも諦めるだろう。シスター自身にも変化が起きるかも知れない。
この教会のように下町ではなく、王城に近い大教会ならば外部との接触は難しい。大きい声では言えないが、大教会にいる修道女の大半は、貴族出身の“訳あり”だ。
故に徹底して部外者を寄せ付けない。本人達を守るためもあるが、主に醜聞を漏らさないようにするためだ。
それを逆利用して、自分の想いを断ち切るために利用する。利用される側も、脛に傷がある故に拒否出来ない筈だ。
……それに。
「貴女を見れば分かります。ビート君だけじゃなく、今の貴女を心配され、心を痛めている人が他にもいるのではありませんか? 恋に身を焼くことを罪とは言いませんが、貴女が求めている幸せをくれる存在は、その中にもいるはずです」
「その通りです。……全部、レオさんのお言葉は正しいです」
俺の言葉を否定せずに頷くけど、表情は暗いままだ。
「……ですが、わたくしはあの方を思う事が止められないのです。あの方を思うだけで胸が苦しく、切なくなる。
正直に言えば、最初は軽蔑してました。でも……共にいる時間を過ごすごとに、わたくしの中で、アーリア様の存在が大きくなって参りました……! 神に背くことになると分かっていても!」
涙ながらに心の内を吐露するシスター。でも俺はその瞬間、彼女の事を忘れていた。
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