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閑話~ビート少年~

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 あいつ、どうしたんだろ? 
聖堂でレオって歌い手がシスターに歌を聴かせる、って言ってくれた。あのレオンってえらく綺麗なにーちゃんが取り次いでくれたらしい。……ん? レオンと、レオ……名前、何か似てるな。……ま・いっか。
 聖堂の隅に隠れ、俺は2人の様子を伺っていた。
 “バレンシア劇場の歌い手の歌を聴くと良い事が起こる”
最初聞いた時は笑い飛ばした。そんな与太話信じる方が馬鹿を見る。そうだろう? なのに……おれの足はバレンシア劇場に向かっていた。例え根拠のないデマでも縋り付きたいくらい切羽詰まっていたところに、その劇場にはミヤのねーちゃんの仕事場だと思い出したからだ。
 ミヤは生意気なオンナだが、嘘は言わない。だから予め、噂の事を聴いてみたらドヤ顔で肯定した。
“お兄ちゃ……う、ううん! レオさんはすごいんだよ!”
ならば少しはアテになるかもと、そこで勤めている? レオンに仲介してもらって来てもらった。
 遠目で確認した感想は……はっきりいって、ダサ男だ。ボサボサと伸ばした髪で顔半分くらいが隠れている。体つきは均整のとれた長身だけど。あれならあのアーリアの野郎やレオンの方がずっとイケている。
やがてレオが歌い始めた。おれも知っている歌だった。低くて良く通る歌声が聖堂に響く。
(え……?)
  何だこりゃ? 
……心が柔らかく、軽くなっていく。同時に全身から力が湧いてくる。
綺麗な歌声が終わってからもそれは変わらなかった。
 でも残念な事に、肝心のシスターには効果が無かったみたいだ。レオも気にしてくれているのか、シスターを説得してくれていた。けど、無駄みたいだった。
 その後、何か急にレオの様子がおかしくなって、聖堂から出て行った。
そしておれも。シスターが出て行った後に、様子を見ながら聖堂を出た。少し曇ってきた空を見上げて、憂鬱になる。そこに先程見たシスターの、苦しそうな表情が重なった。
「効き目、無かったんだなぁ……しかも」
 あんなに苦しんでいたなんて思わなかった。やっぱりおれはガキで……。
と、沈みそうになってブンブン、と首を振った。
 いつもならここで諦める。所詮親のいないガキには、何も出来ないと。
でも今は違う。シスターのことだから諦めちゃいけない。考えろ、考えるんだ。
 おれはそこに座ると、アーリアアイツが言っていた事を思い出す。アイツの顔頭に浮かべるだけでムカつくんだけど、今はそんな事言ってられない。
落ち着け、感情は消して出来事だけ思い出すんだ。


“よしよし……こーかんどだい2だんかいイベント、クリアーだな”
“次は3日後だ。今日中に後2人と逢っとかないと”


 「3日後に何があるんだ?」
続いてもう一つ、気がついた。あの日から3日後って言ったら明日じゃないか!
 もしあいつが、明日何かするんなら……止めないといけない。でもどうやって?
……シスターが、自分から動くように、何かを起こせば。でも……どんなことを?
 シスターが今、苦しんでまで拘っているのは……アーリアと、今までのカミサマへの信仰だ。それらをひっくり返す程の何かだ。
 と……そこまで考えておれは、ある事を思いついた。成功する確率は高い。でもこっちも危険が伴う。おれの知っているシスターなら、きっとおれの願うようにしてくれるはずだ。
『捨て鉢になるなよ』
ふとレオンの言葉が浮かんできた。
 心配してくれたのは分かるんだ。でもおれは、シスターにもう、苦しんで欲しくない。
……人間には、無理でもやんなきゃなんない時ってのがあるんだ。
 ――そう……体を張ってでも。


 「ビートォッ!?」
シスターが叫ぶのを、落下している間に聞く。
 教会の屋根に昇り、足下から井戸端にいるシスターに向かって彼女を呼んだ。
見上げた顔が恐怖に引きつるのを見て、少し嬉しい気持になる。あの男に出会ってから、シスターが初めてちゃんとおれを見てくれたからだ。
――恐くない、と言えば嘘になる。正直全身ガクガクと震え、きっと顔も青ざめているだろう。
 後は自分を鼓舞し、えいっとばかりに屋根から足を踏み出した。前に傾き、落下していく。
 ドンドン地面が近付いてくる。下は石畳だ。足から落ちたから足だけ怪我、とは思えない。高さからして衝撃は避けられない。――と、呆れる程冷静に考えていたら。
 フワッと体が浮かんだ。両足を上げるようにした尻の下に石畳が見える。ってかおれ、浮かんでいるのか? 
もしやもう打ち所が悪くて、おっんじまったのか? このまま召されてしまうってかー!?
と、パニクる気持をよそに、体は横倒しにぽすん、って感じで地面に下ろされた。何が起こったのか分からず、キョトンとしているおれの周りに人が集まってきた。知らないおっさんが心配そうな顔で、おれに大声で呼びかける。
「おい大丈夫か!! ちゃんと聞こえるか?」
「き、こ、える……」
呆然としながら答えると周りのみんながホッとした顔になった。そして
「おい誰か、何か運べるもの、持ってこい!」
「あたし、近くの病院知ってるわ! そこに運びましょう」
大騒ぎになるなか、シスターがフラフラと近付いて、おれの手を握り絞めた。
「良かった……生きてる……」
そして怒ったように睨んで、おれのした愚かなことを責める。
「ビート…………ッ、何故、あなたはこのようなことを……」
「ごめんな、シスター……」
 その後ろに……見えてしまった。
あの男爵令息の野郎が、呆然とした顔で『ど、どうなってんだ……?』と呟いているのを。
 少なくとも、シスターが今見ているのは、気にかけているのはおれだ。あいつじゃない。あいつが何を企んでいたのかは分からないけど、どうやらそれを邪魔することは出来たようだ。
「わたしもついて行きます!」
シスターが気にかけているのはあいつじゃない。板状のものに乗せられて、運ばれるおれの事だけだ。

「ざまぁ…みろ……」


――しかし……なんでおれ、無傷なんだろう?――
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