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主役達の結末④
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重苦しい沈黙がおりる中、長椅子に向かい合って腰かける男女。
扉近くの席には、すっかり大人しくなったモーハン伯爵夫妻とエイミー。
向かい側にはサーベント公爵とフデキオだ。
「モーハン伯爵、これが初見ですな? では自己紹介から。
私がここにいるフデキオ・ノームの伯父でリック・サーベントです。爵位は公爵。」
「存じ上げております……」
モーハン伯爵も、サーベント公爵の前では怒りを出せない。フデキオと違い、こちらは正式な公爵。格下が歯向かうなら首をかけねばならない。
が、そんな覚悟など不要とまでにサーベント公爵は低姿勢だった。
「まず甥が貴殿の娘御達にした事をお詫びする。ノーム一族を纏める者として謝罪させて頂きたい」
そして立ち上がり深々と頭を下げる。
その様子にモーハン伯爵が慌てた。内心怒りは収まらないが、公爵に当たるのは筋違いだと分かっている。何より自分が責を問いたいのはフデキオで公爵ではない。
彼も公爵でフデキオの伯父として、一族についた“汚点”をどうにかしたい気持ちがあるのだろう。
が、それを除いても自分は公爵でお前は伯爵なのだから、従うのが当然と押し付けても良いのだが、実際には偉ぶる事もなく低姿勢。
――てっきり、高圧的な態度を取ると思っていたのに。
そこで満足すれば良かったが、悲しい事にエイミーの親としての本性が出てしまった。怒りのまま声を荒らげる。
「いやはや全く、どうしてくださるのですか!
私自身はしがない伯爵ですが、これでも国王陛下直々に依頼が来るほどの存在なのです。どうやら公爵様にはご存じ頂けなかったようですね。
確かにエイミーは、姉と違って少々わがままなところはありますが」
が、そこでぼそりと、だがハッキリと聞こえるように突っ込まれた。
「……少々でしたか? 先程ご自分のお目で確かめた事は果たして」
公爵も御者から事情を聞いている。
「ぐっ! し、しかしそれとこれとは……」
店の責任者相手に傲慢な態度で理不尽な要求をしていた、先程のエイミーを思い出すと伯爵の勢いが一気に萎む。が、横から夫人の方が変わって話し出した。
「娘は魔が差しているだけです」
「“魔が差している”。……そうなのかな? エイミーさん。お母上はああおっしゃっているが、ご両親がおいでなのだから今は正気の筈だね。先程自分がした事をどう思うのかね?」
「え」
いきなり水を向けられ、ずっと俯いたままでいたエイミーはビクッと硬直した。
不味いところを見られてしまった。
まさか両親がやって来るとは思わなかった。いくら頭に血が上っていたとはいえ、土下座は言い過ぎたと思い返す。だが、
「……店長が、悪いんです……」
「ほう?」
目を見開いた公爵に、気力を奮い言葉を更に続ける。
「あの人、私達に迷惑をかけているのに全然、融通きかせてくれなくて……。最後には『大事な約束をしているなら来なければ良かった』なんて言い出したから」
「本当の事じゃないか? 私は君に、“午後からご両親が来られる”と言ったはず。なのにどうして出かけて行ったのだね?」
「き、きっと早く帰れると思ったのですわ」
またもや夫人が割って入る。アンタは黙ってろよ、と言いたくなったが逆に激昂してヒステリーを起こされたら面倒なので引くことにする。
「まあ確かにあの店はここから近いですからね。少しの間歓談するには持って来いな。……だがその分、考慮してもらいたかったがな」
「こ、考慮?」
驚くエイミーと伯爵夫妻に説明する。
「この屋敷の近くには、他の貴族家も多数あると言う事をですよ。つまり貴族は当然、彼らに仕える使用人達も多数利用しているのです。そこでひと悶着起こせば、彼らからパーッと噂が拡散されます。特にモーハン伯は、先程ご自分でも仰っていたが陛下から依頼が来るほどの有名人でしたからね」
意地悪に付け足せば、伯爵はぐっと押し黙った。
「……時にエイミーさん、君のご両親は先程から、君がフデキオに純潔を散らされた挙句、脅されて関係を続け、挙句に親に嘘をつかされた上に妊娠させられたとお怒りなのだが」
公爵の言葉に、伯爵夫妻はそもそもの目的を思い出す。
そうだ! 自分達は理不尽な性暴力に苦しむ我が子を救いに来たのだ!
が、その当のエイミーの態度は彼らの予想とは大きく違っていた。
「何でそうなるんですか?」
きょとんとして聞き返すエイミーに、両親は愕然とする。それに気づかず、はにかみつつ、エイミーは心の内を話した。
「私とフデキオ様は愛し合ってます! そ、そりゃあ始めは……ゴニョゴニョ……でしたけど、それも私を愛してくれていたからだと分かったので!」
「エ、エイミー? 嘘でしょう?」
信じられず、驚愕した表情で夫人が問いかけるのに嬉しそうにエイミーが答える。
「ふふっ、お母様♪ フデキオ様は本当は私が好きだったんですって! それで私も好きだったから思いを確かめ合ったの♪もうすぐ赤ちゃんも生まれるのよっこれで侯爵夫人になれるわ」
両手で下腹部を撫でながら、幸せいっぱいという表情のエイミー。
「……貴女……フデキオ君は、クリスティアの旦那様なのよ?」
「もう違うでしょお母様? “元”旦那様っ。しかもちっとも愛されていないね!
頭でっかちで仕事だけは出来るから妻にしてもらえてただけで、本当に好きなのは私なのよ? まぁ魅力がないのだから仕方ないわよね~」
「……エイミー……」
「し、信じられん……」
―――姉を嬉々としてこき下ろす娘が、自分達の子供なんて。
「こらエイミー止めないか。お義父上達に呆れられてしまっているぞ」
「良いじゃないフデキオ、本当に幸せなんだから~」
―――元は妻であった女性を悪しざまに言う妹に鼻の下を伸ばす男がその夫になるなんて
伯爵夫妻は力も出ない様子で、目の前の光景を見ているしか出来なかった。
扉近くの席には、すっかり大人しくなったモーハン伯爵夫妻とエイミー。
向かい側にはサーベント公爵とフデキオだ。
「モーハン伯爵、これが初見ですな? では自己紹介から。
私がここにいるフデキオ・ノームの伯父でリック・サーベントです。爵位は公爵。」
「存じ上げております……」
モーハン伯爵も、サーベント公爵の前では怒りを出せない。フデキオと違い、こちらは正式な公爵。格下が歯向かうなら首をかけねばならない。
が、そんな覚悟など不要とまでにサーベント公爵は低姿勢だった。
「まず甥が貴殿の娘御達にした事をお詫びする。ノーム一族を纏める者として謝罪させて頂きたい」
そして立ち上がり深々と頭を下げる。
その様子にモーハン伯爵が慌てた。内心怒りは収まらないが、公爵に当たるのは筋違いだと分かっている。何より自分が責を問いたいのはフデキオで公爵ではない。
彼も公爵でフデキオの伯父として、一族についた“汚点”をどうにかしたい気持ちがあるのだろう。
が、それを除いても自分は公爵でお前は伯爵なのだから、従うのが当然と押し付けても良いのだが、実際には偉ぶる事もなく低姿勢。
――てっきり、高圧的な態度を取ると思っていたのに。
そこで満足すれば良かったが、悲しい事にエイミーの親としての本性が出てしまった。怒りのまま声を荒らげる。
「いやはや全く、どうしてくださるのですか!
私自身はしがない伯爵ですが、これでも国王陛下直々に依頼が来るほどの存在なのです。どうやら公爵様にはご存じ頂けなかったようですね。
確かにエイミーは、姉と違って少々わがままなところはありますが」
が、そこでぼそりと、だがハッキリと聞こえるように突っ込まれた。
「……少々でしたか? 先程ご自分のお目で確かめた事は果たして」
公爵も御者から事情を聞いている。
「ぐっ! し、しかしそれとこれとは……」
店の責任者相手に傲慢な態度で理不尽な要求をしていた、先程のエイミーを思い出すと伯爵の勢いが一気に萎む。が、横から夫人の方が変わって話し出した。
「娘は魔が差しているだけです」
「“魔が差している”。……そうなのかな? エイミーさん。お母上はああおっしゃっているが、ご両親がおいでなのだから今は正気の筈だね。先程自分がした事をどう思うのかね?」
「え」
いきなり水を向けられ、ずっと俯いたままでいたエイミーはビクッと硬直した。
不味いところを見られてしまった。
まさか両親がやって来るとは思わなかった。いくら頭に血が上っていたとはいえ、土下座は言い過ぎたと思い返す。だが、
「……店長が、悪いんです……」
「ほう?」
目を見開いた公爵に、気力を奮い言葉を更に続ける。
「あの人、私達に迷惑をかけているのに全然、融通きかせてくれなくて……。最後には『大事な約束をしているなら来なければ良かった』なんて言い出したから」
「本当の事じゃないか? 私は君に、“午後からご両親が来られる”と言ったはず。なのにどうして出かけて行ったのだね?」
「き、きっと早く帰れると思ったのですわ」
またもや夫人が割って入る。アンタは黙ってろよ、と言いたくなったが逆に激昂してヒステリーを起こされたら面倒なので引くことにする。
「まあ確かにあの店はここから近いですからね。少しの間歓談するには持って来いな。……だがその分、考慮してもらいたかったがな」
「こ、考慮?」
驚くエイミーと伯爵夫妻に説明する。
「この屋敷の近くには、他の貴族家も多数あると言う事をですよ。つまり貴族は当然、彼らに仕える使用人達も多数利用しているのです。そこでひと悶着起こせば、彼らからパーッと噂が拡散されます。特にモーハン伯は、先程ご自分でも仰っていたが陛下から依頼が来るほどの有名人でしたからね」
意地悪に付け足せば、伯爵はぐっと押し黙った。
「……時にエイミーさん、君のご両親は先程から、君がフデキオに純潔を散らされた挙句、脅されて関係を続け、挙句に親に嘘をつかされた上に妊娠させられたとお怒りなのだが」
公爵の言葉に、伯爵夫妻はそもそもの目的を思い出す。
そうだ! 自分達は理不尽な性暴力に苦しむ我が子を救いに来たのだ!
が、その当のエイミーの態度は彼らの予想とは大きく違っていた。
「何でそうなるんですか?」
きょとんとして聞き返すエイミーに、両親は愕然とする。それに気づかず、はにかみつつ、エイミーは心の内を話した。
「私とフデキオ様は愛し合ってます! そ、そりゃあ始めは……ゴニョゴニョ……でしたけど、それも私を愛してくれていたからだと分かったので!」
「エ、エイミー? 嘘でしょう?」
信じられず、驚愕した表情で夫人が問いかけるのに嬉しそうにエイミーが答える。
「ふふっ、お母様♪ フデキオ様は本当は私が好きだったんですって! それで私も好きだったから思いを確かめ合ったの♪もうすぐ赤ちゃんも生まれるのよっこれで侯爵夫人になれるわ」
両手で下腹部を撫でながら、幸せいっぱいという表情のエイミー。
「……貴女……フデキオ君は、クリスティアの旦那様なのよ?」
「もう違うでしょお母様? “元”旦那様っ。しかもちっとも愛されていないね!
頭でっかちで仕事だけは出来るから妻にしてもらえてただけで、本当に好きなのは私なのよ? まぁ魅力がないのだから仕方ないわよね~」
「……エイミー……」
「し、信じられん……」
―――姉を嬉々としてこき下ろす娘が、自分達の子供なんて。
「こらエイミー止めないか。お義父上達に呆れられてしまっているぞ」
「良いじゃないフデキオ、本当に幸せなんだから~」
―――元は妻であった女性を悪しざまに言う妹に鼻の下を伸ばす男がその夫になるなんて
伯爵夫妻は力も出ない様子で、目の前の光景を見ているしか出来なかった。
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