ミュゼ・シルフィーの結婚の行方

みけの

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最終章 まさかの展開

彼らの旅立ち

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 シャンデリアの光の下。

礼装した紳士淑女が集い、華やかな空間が出来ている。

生演奏の調べが流れ、誰もがワイングラスや料理の乗った皿を片手に会談している。
ここは王宮に設けられたパーティ会場。他国の国賓たちをもてなすために開かれたパーティだ。

 その片隅で、異国の正装に身を包んだ男が大げさに相手を褒めちぎっていた。

「これはミュゼ卿! いつの間にこのような美丈夫を伴侶にされたのか!」

「ふふふ……紹介しますわ、わたくしの夫でリュドミラ侯爵令息の」

「ルースと申します。どうぞお見知りおきを」

 恭しく礼を取りつつ、ルースは様々な種族や身分の者達が発する熱気に圧倒されていた。


 『結婚式を放り出してしまった償いがしたい』

と、王家からの招待状を手にするミュゼに、ルースは同伴する旨を申し出た。

 そんなルースをミュゼは、珍しい生き物を見るような目で見て、しばらく経った頃に答える。

『―――無理しなくて良いですよ』

―――うん、分かっていた。

 想定通りのそれに気分は下がるが、ここからが頑張りどころだと気を持ち直す。

『いや、しかし君も、いくら契約だからって一度も共にいないのは不自然に思われないか?』

『そこはご安心を。この結婚の意味は、多くの貴族が知る事なので』

 やんわりと断り続ける彼女に、過去一力を尽くして同伴を許可してもらい、ふーっと息をつく。


 ……これで彼女と同等のポジションに付ける見通しが立った。

 しかしそこで終わりではなかった。どこかから見ていたサイモンや、ミュゼを慕う者達がルースを遠くから見ていたから。

 その内1人が、喜びの中にいるルースの背後に近づき、そして

『姐さんとパーティですか! そりゃあ気合が入りますね旦那』

 ガシッ! とルースの肩に手を置いた。

『ひ、ひいぃ……、い、いつの間に……?』

 突然怪力で両肩を掴まれたルースが、背後のリザードマンに驚愕の表情を見せた。こいつ、いきなり出て来たな、何の気配もしなかったぞ?

 が、そんなルースの動揺など意に介さず、いつの間にか集まっていた面々は悪い笑顔で彼を見ていた。

 そんな彼らの背後から現れたサイモンは、

『姐さんのパートナーを勤めるんなら、相応の知識は叩き込まないと。

―――ああ、失礼。格下の我々が想像する程度の知識は、小侯爵様なら当たり前のようにご存じでしょう。

 なら、ほんの一日程度の確認で大丈夫ですね?』

 サイモンの言葉にルースは安心した。つまり自分が当たり前に持っているだけの教養と知識に、ちょっと毛を生やす程度の教えをくれるのだと。

だから

『当日までよろしく頼む』

 と、軽率に答えてしまった事を、後から悔やむようになる。

 ルースが持っているのはあくまで、昔からある参考書や歴史諸々の知識だった。勉学を怠ってしまえば新しい知識は入って来ないからだ。

 マナーだけ完璧に出来るという事で免除されたが、それ以外の知識を当日に至るまで、寝る時間も惜しんでサイモン達から叩き込まれた。

『え、こんなんも知らんの? まじかー…』

 等の、ルースに対してこの人、貴族なん? と言う視線がチクチク刺さるも、どうにか及第点と言わせる範囲まで到達した。そんな過程の末に、今に至る。


 ここに来るまで、どれだけの他国の貴族や王族相手に挨拶してきたか。改めてミュゼが持つ責任の重さを感じてしまう。

 侯爵令息として教育を受けて来たのに、実際には会話するのも何とか追い付いている程度。相手の言葉を全部理解出来ていると言えばウソになる。

そんな自分と違い、ミュゼは余裕で多言語を使いこなし、時折冗談も交えての会話を交わしている。

 この日の為にルースも猛勉強を(させられ)して来たが、ギリギリ内容は理解出来ても返す言葉が見つからない。

 知らない内に自分はここまで能力が下がっていたのか……と、痛切に感じていた。



 挨拶周りが終わり、ルースがバルコニーで夜空を見上げていると、ミュゼが果実酒の入ったグラスを持って現れた。そして片方を持たせると、

「お疲れ様でした」

カチリ、とグラス同士を合わせる。

―――こうゆうのは男の役割では……

 と、複雑な気持ちはあるが、実際にかなり疲れている。ベッドがそこにあれば身を投げ出していそうだ。
心身共に溜まった疲れを、果実酒の甘さに癒してくれる。何口かそうやって飲んでいたルースに、ミュゼが尋ねた。

「ところで……ルミカさん、見送らずに良かったんですか?」

甘さに苦みが混じった。

「……もう僕に彼女は必要ないから」

 ルミカは早朝に旅立った。

 あの日からルミカは懸命に、侍女の仕事に励んだ。本人がもう後がない、と自覚したのもあるが、今日までの10日間、ルミカの周りが決して平穏ではなかったからも、ある。

 “仕事中の事故”を装い何度もケガをさせられそうになったり、悪いのでは暗がりに連れ込まれ変な薬をもられそうになった。どちらも侯爵家の使用人達の犯行だった。

 ミュゼの部下が見張っていた為どれも未遂に終わったが、それでもルミカの恐怖をあおるのには十分だった。

が……。

 直接訊けないが、ルースはミュゼが事前にそれらを知っていたような気がしている。訊けないが(二度目)。


「その……彼女はどんな様子だったろうか?」

ミュゼはルミカを見送っていたのだ。

「それが驚いた事に、まず私に『今まですいませんでした』って頭を下げました。別に私は彼女に直接不快な思いをさせられた訳じゃないからそう言ったら、『貴女様でなければ、私はもっとひどい目に遭っていたと思います。だから有難うございます』ですって。感謝を伝えているにしてはちょっと渋々な感じだったけど」

 そうだろうな……とルースもルミカの心情を理解出来る。自分もそうだから。

 嫌がらせやマウント取りをしても全て不発。自分とルミカが内心歯噛みしているのに、気に掛ける事もせず、だら~っとしているミュゼ。

 せめてと“私達より大人なのに子供みたい”とか“大人げない”と貶しても、怒りも悲しみもせず柳に風と受け流された。その時感じた悔しさは、ルミカもルースも同じだった。

 散々肩透かしばかりを食らわされた相手に、“守ってくれてありがとう”と言うのは勇気がいった事だろう

 それが出来る、という事はそれだけ、ルミカの中で何かが変わったと分かる。

―――自分もいつか、彼女にそんな言葉を言えるだろうか。

「まあ、貴男も明日から修行ですものね。自分の事があやふやなのに他人の心配なんてしていられないか…」

 ルースもシルフィー領で一から修行だ。侯爵として領主としての教育を1から始める事になる。本来なら父である侯爵に教えてもらう処だが今侯爵は資金繰りと本来の業務でそれどころではない。そんな中での修行という提案は、侯爵に喜色をもたらした。

『そうかミュゼ殿! 君はそこまでこの愚息の事を……!』

えらく感極まる様子にミュゼはすん、と無表情でハッキリと告げた。

『思っていません』

直で通じる筈なのに、何故か侯爵は目を大きく見開いた。そしてミュゼに訝し気な視線を向ける。

『え? 今のは聞き違いだよな? 仮にも“薔薇の貴公子”と呼ばれる息子に何も感じないとは……。失礼ながらミュゼ殿、君は何か欠陥が』

『父上! ミュゼに失礼な事を言わないで頂きたい!』

 血相を変えルースが言うが、言われたミュゼはそよ風すら感じていない。

『ルース様、どうぞお気になさらず。この程度の老害的発言はどこでもありますよ』

 “欠陥持ち”呼ばわりにも全く意に介さず、不敵な笑みで答えるミュゼ。そんな彼女の反応が全く予想外だった侯爵はカーっと、怒りで顔を真っ赤にする。

『わ、私を老害だと!?』

 その怒号は耳を劈く程だった、にも関わらずミュゼの飄々とした様は変わらない。

『え? 私が言うのは“老害的発言”です。ちょっと言いそこ間違えて、悪い方に聞こえがちな紛らわしい言葉の事です。

……難しいですわね、気持ちを言葉で表すのは。特に上位のご身分の方は発言に気を付けなくてはいけないので、大変ですね。

 先程のお言葉だって、聞く人によっては“侯爵閣下はご自分の令息を、容姿で気に入られているだけの男”だとか誤解しそうです』

『!!!』

 ミュゼの話術に飲まれ、侯爵は二の句が告げない。

 まず“気持ちを言葉で表すのは難しい”と認めてから、“社交界公認の美形に何も感じないなんて、お前おかしいだろう”という”侯爵の発言の真意だけを表に出し、そこに“誤解”と乗せる事で守りを固めている。

『でも私は、この国王陛下から頂いた良縁を良いチャンスだと思っておりますので、国王陛下から頂いたご縁の相手であるルース様を必要としております』

 にこやかに告げるミュゼに、“そうだろうそうだろう”と打って変わったように相好を崩す侯爵。

 ーーー言葉の真意は分からなかったようだ。
 
 確かに必要とするだろう。上位貴族に無能は要らないのだ。

故にスピリチュアルな詐欺などに引っかかり、多額の負債を抱えるような侯爵などわが国には必要がない。

 だから早急にその地位を降りてもらう。そして彼の息子に継いでもらう。

 だがその前に、息子にはそれなりの実力を身につけてもらう。その為の修行だ。なので手加減なんて考えはどこにもない。

 侯爵が思う修行は所詮がところ座学か、領地の様子を見聞きしたりする程度だろう。

 まさか例えでもなく、毒ガスや魔獣が充満している場所に出向く事もあるなど思いもすまい。

 シルフィー領の教育は厳しいが万が一、それをルースが乗り越えられれば……。

 リュドミラ候の栄光に、新たな光が加わるだろう。
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