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第一章 君は迷子の子猫ちゃん

『夢』見た分だけ、子は育つ

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矛盾だらけの人生だった。
優柔不断な性だった。
どこにでもいる様な、平凡の子。

あやふやな『自己』を持ちながら、
チグハグな『こころ』を捨てて。
それでも『表の仮面』を被る度、
身体の中で、何かがすり減っていく様な気がした。

この夜が何時までも明けないから、『私は』まだここにいて。
未だここから歩き出せないから、『彼女が』まだここにいる。
一度失われたモノは、二度と帰って来ず。
「苦しみ」に対する最大の妙薬は、『諦め』と『忘却』だった。

壊れていることにも気づけぬまま、夜に溺れる。
壊れたことすら知らぬまま、海に溺れた。
春も夏も秋も冬も、朝昼晩、晴れや雨すら永遠に失われた世界で、
今も『あなた』を苦しめているのは、果たして何なのか。



醒めない思考。開かない瞼。
足を引きずり込む暗闇と、海に呑み込まれてしまった『白』。
ありがとう、と。
大好きだったよ、と。
誰かが書いた知らない歌詞。
今日も母の代わりに、さざ波が歌っている。

耳元で劈く男の慟哭。
心を引き裂く女の嘆き。
どうして今更となって『ソレ』はこちらに手を伸ばし、『私』の頬を拭うのだろう。

枯れた涙。冷たい感触。
夜が怖い時の『呪いまじない』を、教えてあげるよ。
と、嘗ての誰かが言った。
明けない夜はないからねと、口ずさみながら。
これからもずっと一緒にいようと、指切りまでして。

揺蕩う意識。閉じるまなこ
明らむ空。
光だす青。
「ほら、おいで」と、何かに引っ張られる。
『何か』?
……ならば、それまで私と『約束ゆびきり』していた相手は、誰だっけ?

記憶喪失にしては鮮明に覚えていて、それでもよくある『事故』での話。
虫に食われた記憶の空洞で、何か、とても大事なモノを落した気がする。
おいで、おいで。と、光の指す方へ引っ張られる度。
置き去りにされていく、『赤い表紙の本』……。

無理に開こうとすれば、頭がひどく痛んだ。
でも、こうして何かと忘れるくらいなのだから。
……『コレ』は、きっと、そこまで重要なモノではなかったはず。





———物心ついた頃から、『苦い』ものは嫌いだ。
どれだけ好みのコーヒーでも、ミルクを入れなければ飲めやしない。
誰しも、決して、好きになれないモノは存在する。
子供の体と言うのは素直な分、時として何より無慈悲だった。

前世のタブレット錠剤が恋しい。
子供の味覚は大人より繊細で、敏感で。
苦くて、苦くて……独特な匂いまでもが、鼻奥を攻撃する。
良薬、口苦しとは言え……。なんだ、コレは……、

「……今日は一段と騒がしいですね、顔が。冷めてしまう前、早く飲んでください」

F世界にまで中薬かんぽうを持ち込んだバカタレは、一体どこの、どの医師だ?
FがFな分……。ここまで来ればもはや、中薬ではなく劇薬である。
(個人的に)見る分には愛らしいものの、どれだけ栄養価が高けれ、食べると苦々しいマンドラゴラ。
……のスープ状薬。

前世が前世で思考回路こそ元大人でも、この身体自体がまだまだ幼いし……。こうして薬を持って来た今生の幼馴染と呼べるF産男子も、仮にもこんな美少女を前にして余りに無遠慮かつ無慈悲。
……だが今この時ばかり、その様な幼馴染ともかく。この度の脳内文明開化と、本日。扉の開く音と共に匂ったマンドラゴラ感を認知しただけで、アトランティアの顔がしわくちゃとなった。

未だ一寸ムズムズする、圧倒的お嬢様体勢と待遇。
でもそうやってベッド上のまま、呑気に読書している場合じゃない、場合じゃなくなった、今日この頃。
幼馴染の登場。
手に持つそれにネコ科の如く反射して、一刻も速く逃げなければと、頭の中で警報が鳴る。

元より中々の虚弱体質であるアトランティアは知っていた。
それだけ値段と効能に比例して不味いのだ、と。
世のマンドラゴラってヤツは……、

「ほら、早く」

後は、エイダン・クロー。お前お前、マジでお前。
にしても今日も今日とて、元祖ツンデレ幼馴染が全然デレてくれない件について。
医者の孫。
未来の伯爵。
クロー家、次期御当主様よぉ?
年老いた祖父の代わり、一族秘伝のやり方でメイク・ザ・漢方するにしても、せめて高麗人参あたりにしてモロテ……。

「うっ…うぅ……ッ」

でなければ。若しくは、薬ついでに「おくすり飲めたね」も作ってくれよ。
頼むから。
アールノヴァが青なら、クローはシルバー紫。
出会い当初から見た目だけでも超絶クール系なのに、コイツときたら、何故性格までこんなに冷たいのか。

「全部飲めました? うん、宜しい。よく頑張りました」

そうやって。嘗て無いほどのゲッソリ顔を晒すアトランティアに対し、エイダンはどこまでも通常運転だった。
そこまで燦々輝かずとも、美しいバイオレッドの瞳が流石の今では恨めしい……。
「小さな炎、聡明な、助け」と願われた名すら、豚に真珠だ。
お互いの前世いざ知らず。たかが数か月お兄さんだからと言って、何故こうも子供扱いされないといけないのか。

「おのれ貴様、今日の恨み。何時か絶対、訴えてやる……」
「ご自由に」

そんな七歳児の深刻な悩み。
大人扱いし過ぎても駄目だし、見下ろされても駄目な乙女の性。
元大人として自立、人並みになる以前の問題であり……。

このような招かざる客がセルフInしてしまった、本日の、お嬢様の寝室にて。
言葉と共に猫の如く、キリッ、と吊り上げられた藍の瞳。
それでもどこ吹き風で……シルバー紫少年は淡々「今日も馬鹿なこと言ってないで。薬飲んだら、早く寝ろ」と言わんばかりに本を取り上げ、乙女の体をベッドに押し倒す。

……が、場所が場所なはずなのに。傍から見て、類が友を呼ぶ現象というか、実にお互い、性もクソも感じられない仕草・形であった。
だから、中身ともかく。こんなハーフ系美少女を前にして、医者の血ってホント凄い。と、アトランティアは思う。
そして、子供の体と言うのも、ホントに神秘でいっぱいだな。とも、


あの日から、特にここ最近。

普段何かと常飲している薬の副作用なのかは、定かではないが。それでもこうして病み上がりの体は時折、朝昼問わず猛烈な睡魔に襲われる。
うつらうつら、揺蕩う意識。
冷たい手で前髪を一回撫でられ、そのまま意識が飛ぶ寸前。……耳元で知らないはずの、男の声がした。
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