ありがちな異世界での過ごし方

nami

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第2話 街へ出掛けよう

6 初めてのお酒とあなたの横顔

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「お前か。一体どうした?」

 アレックスは深緑の翼亭の入り口前でつかまえることができた。

「あの轟音の中じゃ寝らんないから来ちゃった。ってかさ、まだ飲み足んないワケ?」

「私はこの酒をマスターに渡しにきただけだ」

 アレックスはそう言ってお酒のボトルを見せつける。ボトルには真紅の液体が半分ほど入っている。エルダーさん一家に悲劇を招きかけた幻の銘酒とやらだ。
 アレックスは店の中に入っていく。私もその後を追う。

「おう、いらっしゃ……、おお、アレックスさんじゃねえか。ユウコちゃんも。まあ、ゆっくりしてってくれや」

 バンダさんが快く迎えてくれた。店内には数人のお客さんがいて静かにお酒を飲んでいる。
 間接照明というのか、押さえ気味の照明効果で昼間来た時に比べると、ずいぶんおしゃれでシックな感じだ。こういうのが大人の雰囲気っていうのかな。もっと賑やかな感じを想像していたので意外だった。

「マスター、これがリラ・ローゼだ。貰ってくれ」

 アレックスはそう言って、ボトルをバンダさんに渡した。

「おいおい、いいのかよ? もう二度と手に入らないかもしれねえ逸品だぜ?」

「気にするな。私はもう味わった」

「そうかい? なんかわりぃな。礼っちゃなんだが、今日は好きなだけ飲んでってくれや」

 バンダさんは申し訳なさそうな嬉しそうな複雑な顔で、カウンター席に座るようすすめる。

「そうか、では、いつものやつを頼む」

 アレックスは遠慮することなく注文する。

「まだ飲むの!? 命の泉屋で散々飲んでたじゃない! あんまり飲んでると体壊すよ?」

「なんだ、私の身を案じているのか? お前にも意外と可愛いところがあるんだな」

 アレックスは私の目を見据えて言った。微妙だけど笑っている。初めて見るアレックスの笑顔に、不覚にもドキッとなった。

「べっ、別にそんなんじゃないよ。私はただ、明日の朝、あんたが二日酔いになられたら困るって言いたいの! 酔い潰れてるあんたを担いで、何時間もかけて屋敷に帰るなんてゴメンだしっ!」

 ドギマギしてまくし立てた。心なしか顔が熱い。

「ははっ! ユウコちゃん、心配しなくても大丈夫だぜ。この人の酒の強さは折り紙付きだ」

 バンダさんは明るく笑う。

「まあ、そういうことだ。潰れるまで飲むような愚かな真似はせんから安心しろ」

 アレックスは琥珀色の液体が入っているグラスを傾けながら淡々と言った。いつもの、あの無表情顔に戻っている。ちょっと残念。笑顔、結構良かったのに……。 ハッ! 私ってば何考えてんの!?
 私は内心の動揺に戸惑いつつ、無言のままカウンター席に座った。
 しばしの間が開いた後、アレックスはバンダさんに話しかけた。

「……マスター」

「なんだい?」

「噂話というのも案外馬鹿にできんものだ。命の泉屋に行ったら、エルダーの奴、満身創痍の姿で現れたよ。本当に奥方から半死半生になる程の仕打ちを受けたらしい」

「なっ……、なんだって!?」

「それに、自宅の方もしっかりと半壊状態だった」

「お……おおぉ、そ、そうかい……。あの奥さんが……ねえ……」

「事の真相は怖くて確かめられなかったがな。私としては、別の理由であんな状態になったと信じたいところだが、たまに奥方は私を射殺すような目で見ていたからな。それが何よりの証拠だ」

「…………」

「……まあ、奥方からしてみれば、私は富豪になることを邪魔した男だからな。それくらいの恨みを買っても不思議ではないか……」

「ま……、まあ、最悪の結末は回避したんだ。エルダーの奴だって何も言っちゃいなかったんだろ? それにあの奥さんだって、いつまでも根に持つような人じゃねえよ。ささ、もう忘れちまいな」

「そうだな。すまない、滅入るような話をしてしまった」

「いいってことよ。さ、この話は終いにしようや」

「ああ。聞いてくれて感謝する」

 そんな会話だった。ふ~ん、やっぱ、アレックスも気にしてたんだ。身勝手な奴だけど、意外に繊細な部分もあるんだね。
 それきり会話はなくなった。アレックスはただ静かにグラスを傾けている。手持ち無沙汰の私は頬杖をついて、演壇で奏でられている旅芸人の演奏を聴く。

「よかったらユウコちゃんも一杯どうだい?」

 暇そうにしていると思われたのか、バンダさんがお酒をすすめてきた。

「え、でも私、未成年ですよ?」

「そりゃお前さんが居た世界での話だろ? この国じゃ、人間族なら酒は十五歳から飲めるんだぜ。いいじゃねえか」

「そ、そうですか? じゃあ、少し……飲んでみようかな? でも大丈夫かな……」

「そんな心配しなくても、アレックスさんが飲んでるような強いやつは出さねえよ。ジュース感覚で飲めるやつさ」

 バンダさんは豪快に笑うと、一杯のカクテルを作ってくれた。
 澄み切った青いグラデーションカラーで、バンダさんオリジナルのカクテルだそうだ。名前は“僕が恋した人魚姫”という。名前を聞いた時は、思わず吹きそうになった。こんな厳ついバンダさんが、そんなロマンチックっぽい名前を付けるなんて……!

 一口飲んでみる。しゅわしゅわと絶妙な炭酸が心地よく、ほんのりと甘い。ラムネに似ているけどどこか違う。何だか不思議な味だ。

「ん、美味しい……!」

 味に気をよくし、飲むペースが自然と速くなる。

「一気に飲むんじゃない。ジュース感覚で飲んでいると、後から急にくるぞ」

 アレックスが淡々と忠告してくれた。そっかそっか、気をつけないと。
 程なくして、私の頭はポワンとなり、体がフワフワと軽くなるような感じになってきた。どうやら酔いが回ってきたらしい。

「えへへ~、なんかいい気分~。お酒っていうのも、結構いいもんだね~、アレックス」

「そうだな」

 アレックスは短くそう答え、静かにグラスを傾ける。その横顔が何とも凛々しくて私は思わずみとれる。少し青みがかった白い肌は、透けるように美しくなめらかで、私は思わず触ってしまった。
 うわ! 私ってば何やってんの!? 慌てて引っ込めるが、時既に遅し。

「一体なんだ?」

 アレックスは私を見る。

「ご、ごめん。アレックスの肌って凄く綺麗だから、触りたくなっちゃった……。えへへ、凄くすべすべだね。それに、思ったより温かくて驚いた」

 あれ……? 私、何言ってんだろ……。ちょっと変じゃない?

「当然だ。私は生きているのだぞ? 体温くらいあるに決まっているだろう」

 アレックスは呆れたように淡々と言う。

「それはそうとユウコ、煙草を吸いたいのだが構わないか?」

「うん」

 煙草を取り出し、火を付けると、アレックスは紫煙をくゆらせ始めた。その様子を私はただ見つめる。
 アレックスってお酒を飲んだり煙草を吸う時の仕草が何気にカッコイイよね。美形だからサマになるんだろうなぁ。いや~ん、ドキドキしちゃう~。って、私ってばマジでどうしちゃったの!? さっきからなんか変だよ!?

「……お前、さっきから一体なんなんだ? そうやって意味もなく見つめられると心地悪いのだがな」

 アレックスは私に一瞥をくれると、淡々とした調子で言ってきた。

「うふふ、アレックスがカッコイイから、見とれてんの♪」

 ちょっと! 私ってば何言ってんの!?

「なんだそれは……」

 アレックスは呆れたような反応で返す。

「そのままの意味だよぉ。だって、アレックスってすッごくイケメンなんだもん。自覚ないの?」

「あるわけないだろう。あったとしたら、それは、ただのナルシストというやつだ。……お前、もう酔ったのか?」

「酔ってないよぉ。私は至ってふつーの有子ちゃんですぅ」

「その台詞……、どうやら完全に酔ったようだな」

「んもー! だからぁ、私は酔ってないってばぁ。まだまだ、ぜんぜんヘーキなんれすからねーだ!」

「多くの酔っ払いは皆そう言うのだ。自分は酔っていない、とな。しかしまさか、たった一杯のカクテルで、こうも出来上がるとは……。ユウコ、色々と面倒なことになりそうだからそろそろ帰るとしよう」

「ヤーダー! わらし、もっと飲みらいんらけどー」

「呂律が回らなくなっているくせに何を言うんだ。さあ、行くぞ」

 アレックスが私の腕をつかむ。

「あ~、わかった~、このままわらしをヘンなばしょにつれこみらいんれしょ~? あれっくすをくろいてたあのおっさんみらくー。らめらめー、わらしは~、そんなかるいじょしじゃーないんだかられ?」
(訳・あ~、わかった~、このまま私をヘンな場所に連れ込みたいんでしょ~? アレックスを口説いてたあのおっさんみたくー。ダメダメー、私は~、そんな軽い女子じゃーないんだからね?)

「そんなことするわけないだろう。いいから行くぞ。もう喋るな」

「れも~、せきにんをとってあれっくすのおよめはんにしてくれるならー、ほれもいいはも。ってゆーか、むしろそーしらい! ねー、わらしとけっこんしてー」
(訳・でも~、責任をとってアレックスのお嫁さんにしてくれるならー、それもいいかも。ってゆーか、むしろそーしたい! ねー、私と結婚してー)

 なんだかとんでもない発言をしてしまったような気がするが、今の私はそれを判断できる状態ではない。

「わかったわかった、だから早く帰るぞ」

 めんどくさそうにアレックスは私の愛の告白(?)をあしらう。その淡白で冷たい態度に猛烈に悲しくなり、

「何それ? れんれん愛が感じられらいんらけど? わらしのことなんか、ほんとはどーらっていいんれしょ?」
(訳・何それ? ぜんぜん愛が感じられないんだけど? 私のことなんか、ほんとはどーだっていいんでしょ?)

 私はアレックスに掴み掛かった。涙が溢れてきて視界がかすむ。

「そんなことはない。だから、早く帰るんだ」

 そう答えたアレックスの声音は何の感情も込められておらず、ますます悲しくなった。

「てきとーなこと言わないれよ! らったら、今すぐきょーかいでしきをあれて、わらしを愛しれるってしょーめーしれッ!」
(訳・てきとーなこと言わないでよ! だったら、今すぐ教会で式を挙げて、私を愛してるって証明してッ!)

 号泣しながらアレックスに抱きついた。
 あぁ、アレックスの体温を感じる……。アレックスの匂いがする……。なんだか……目が……回る……。天井が……壁が……ぐるぐるぐる~……。
 そこで私の意識はプツンと途切れてしまった。
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