ありがちな異世界での過ごし方

nami

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第6話 三大竜【大地の覇竜編】

2 ぐだぐだと竜討伐の話

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「ロートレックか。勝手に入ってくるとはどういう了見だ。何か用でもあるのか? ならば、さっさと済ませて早く帰れ。こちらは少々深刻な状況になっているのでな」

 アレックスは不機嫌そうに言って、しっしっと追い払う仕草をロートレックさんに向ける。

「そうみたいですね。破産する瀬戸際に立たされているようですから……」

 ロートレックさんは苦笑を浮かべる。

「……お前、どの辺りから聞いていた?」

「あなたのお師匠様が残して下さった遺産が尽きる寸前にある、という所からです」

 ロートレックさんは穏やかに答えた。

「それにしても、ノイアさんと痴話喧嘩のようなやり取りは見物でしたね。あなたがあそこまで押されるとは」

 ロートレックさんは楽しげに微笑む。

「ちょっと、止めてよ……!」

 ノイアさんは恥ずかしそうに顔をほんのりと赤く染める。

「無駄口を叩きにわざわざ来たのか? 何度も言わせるな。こちらは忙しいんだ。お前に付き合ってる暇はない。用がないのならとっとと帰れ」

 アレックスは鋭い眼差しでロートレックさんを見据える。

「違いますよ。癇に障ったのなら謝ります。用件ですが、僕が持ってきた話はあなた方の問題を解決する手だてになるはずですよ」

「いきなりなんだ。お前今、最高に胡散臭い奴に成り下がっているぞ。まるで詐欺師だな。もっとも今に始まったことではなく、前々からそういった資質はあったが。司書という堅い公務員業など辞めて、本格的に詐欺師として身を立てたらどうだ? 例えば、悪霊に祟られているなどと人々の不安を煽り、無駄に高価な壷や印章を売りつける仕事を始める、とかな」

 アレックスはからかわれた仕返しと言わんばかりに、淡々長々とロートレックさんに毒づいた。ってか、最後の例えって霊感商法ってやつ?

「はいはい。そんな具体的な案があるのでしたら御自分で始めたらどうですか? そんなこと思い付くなんて、あなたの方がよほど詐欺師に近い思考をしてますよ。僕には全く思いつきもしませんでした」

「勘違いをするな。今の例えは、こいつの持っていた教本に載っていたものだ。悪徳商法というものらしい。他にもいくつかあったが、どれも胡散臭いお前に似合いそうな商法だった」

 アレックスは私を顎でしゃくって毒づく。ってか、あの時そんなにじっくり教科書見てたの? しかも今まで覚えてるなんて……。こいつ、ほんと無駄に記憶力いいな……。

 若干呆れつつ感心してアレックスを見ていると、不意に目が合った。

「ユウコ、唐突だが質問だ。PL法とは何かを答えろ」

「な、なんなの、いきなり?」

「いいから答えろ。教本に載っていただろう?」

 アレックスの言葉にピンときた。
 こいつ……、あれだ。私を試してるんだ! まったくなんて陰険な奴なの!? しかも、私が答えられないって思ってるに違いない……。見てろよ。絶対正しく答えちゃるっ!
 脳をフル稼働させ、家庭科に関すること全ての記憶を呼び覚ます。
 そして、なんとか答えを導き出すことに成功した。

「えっと、確か……、訪問販売なんかで、契約後一定期間内だったら、その契約を解除できる制度だったと思うけど……」

 私の言葉に、アレックスは何も言わずただ私を見つめている。

「……ちょっと、なんとか言ってよ!」

 嫌な沈黙に耐えきれず、先に口を開いた。

「ほう、大したものだ。きちんと答えることができたとはな。正直、答えられないだろうと見くびっていた」

「やっぱね……。あんた、私のこといつも馬鹿にしてるけど、これでちょっとは見直してくれた?」

 ちゃんと答えられたことに安堵しつつ、少し得意げに言ってやった。

「ああ。やはりお前は馬鹿だ、とな」

「何よそれ!? ちゃんと答えられたじゃない!」

「お前の答えは不正解だ。お前が説明した制度は“クーリングオフ”というものだぞ」

「うげっ、マジ!?」

「PL法とは、製造物責任法の通称だ。製品の製造・販売業者の責任を規定した法律のことで、product liabilityの頭文字からきている」

 アレックスは淀みなく正解を明かす。

「まったく、少し引っ掛けてみればあっさり騙されおって。自分の居た世界の法律だろう。きちんと正しく覚えたらどうなんだ」

 アレックスはやれやれといった感じの仕草を交え、嫌味ったらしく説教を垂れた。

「うっ、うっさいな! どうしてそう陰険なことするワケ!? あんたの生きがいは私をいびること!? ってか、私に構ってる暇あるなら、さっさとロートレックさんの話聞きなよッ!」

 アレックスに掴みかかると、早口にまくし立てた。

「それで話とはなんだ? なるべく簡潔に話せ」

 アレックスは私の文句を無視して、ロートレックに視線を戻すと傲慢な態度で促す。

「話というのは、国から出された“ドラゴン討伐”についてですよ」

「それって、確か“クロウェア山”とかって山に住み着いたっていうドラゴンのこと?」

 ノイアさんが口を挟む。

「さすがノイアさん。よく御存知ですね」

「でも、王室の騎士隊が討伐に向かったって聞いたけど?」

「ええ。ですが、その討伐作戦が失敗に終わったらしくて……」

「ああ、だから腕の立つ者を募って退治させるってわけね」

「そういうことです」

「騎士隊連中もなかなかどうして使えん連中だ。ドラゴン如きに遅れをとってどうする。まったく、とんだ俸給泥棒どもだな。そんな連中の俸給に、我ら一国民の税が使われていると思うと、暴動を起こしてやりたくなる」

 アレックスは淡々と不平不満を口にする。何気に物騒な一言を加えて。

「まあまあ。それで、討伐に成功した者は一千万ディルの懸賞金が贈られるそうなんですよ」

「いっ、一千万!? 破格の金額じゃない! ギルドでも稀にドラゴン討伐の依頼がきたりするけど、報酬なんてせいぜい三十万がいいとこよ!? そのドラゴンって一体どんな奴なの?」

「殺人竜です」

「殺人竜だと?」

 普段冷静なアレックスが珍しく驚きの声を上げる。

「それ、三大竜に数えられてる伝説級の奴じゃない!」

 ノイアさんも驚愕の表情で叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。私、全然話についていけないんだけど。ドラゴンってあの火を吹いたりするドラゴン!? ファンタジー作品には高確率で登場して、大抵は激強な敵に仕上がってる、あの巨大爬虫類のこと!?」

 やっとのことで口を挟んだ。

「別に火を吹くだけではないが……。だが、お前の認識しているものとほぼ同じような存在だ」

「ふえ~、凄いね。この世界ってドラゴンとかいるんだ。まあ、魔法とか妖精とかも存在してるんだからドラゴンがいてもおかしくないか。つーか、三大竜って何?」

 好奇心に駆られて訊いてみた。

「三大竜というのは、空、海、陸を支配していると言われている三種のドラゴンです。知能が極めて高く、圧倒的な力を持っているといわれています。空は“天空の竜帝・レケナウルティア”。海は“大海の竜王・エボルブルス”。そして陸が“大地の覇竜・殺人竜”。その殺人竜が今、この国のクロウェア山という場所に住み着いてしまったのですよ」

 ロートレックさんが丁寧に教えてくれた。
 なんていうか、空と海のドラゴンにはちょっとかっこよさげな名前が付いてるのに、陸のドラゴンだけはえらくショボい名前だな! 殺人竜って何よ……。何物騒な単語使って無駄に迫力を出そうとしてんの!? 獰猛さをアピールしたいんだろうけど、かえって間抜けな響きになっちゃってるよ!

「どうでもいいけど、殺人竜っていうダッサイ名前はどうにかならなかったのかしらね。名付けた奴のセンスを疑うわ。せめてキラードラゴンとかって付けてあげればよかったのに……」

 ノイアさんもやれやれといった感じで、私が思ってたことと似たようなことを指摘した。てか、ノイアさん……、キラードラゴンもあまり変わらないと思います。ただ横文字になっただけで、意味は全く同じだから……。

「確かに殺人竜が相手なら、その懸賞金の額も頷ける。それを手にすることができたならば、確実に金銭面の問題は解決するな」

「その通りですよ。挑戦してみませんか?」

「ちょっとロートレック! あんた簡単に言うけど、相手は三大竜に名を連ねるドラゴンなのよ!? 下手すると、命を落とすかも知れないのよ!?」

 ノイアさんが自重の言葉を発する。その言葉から、そいつがよほど危険なドラゴンだということがうかがえる。

「ノイアさん落ち着いて下さいよ。僕だって別に無責任に勧めているわけではありません」

「なんかいい対策でもあるの?」

「ええ、まあ。僕の知り合いに、凄腕の竜滅士りゅうめつしがいるんですよ。彼が協力してくれるそうで」

「竜滅士? この御時世に、まだそんな酔狂な生業で身を立てている奴がいるのか」

 アレックスが小馬鹿にしたように言った。

「竜滅士って?」

「ドラゴンを専門に狩りをするハンターのことよ。物凄く危険な仕事だから、最近では志願する人もそんなにいないの。それに、免許を取るのもあり得ないくらい難しいし」

「まあ、確かに竜滅士はドラゴン討伐のスペシャリストだからな。戦力は大いに期待できるかもしれんが……。しかし初耳だ。お前に竜滅士の知り合いがいたとは」

「実は、先日の慰安旅行の時に知り合ったんですよ」

「なんだと? では、つい最近知り合ったのか。そんな奴、本当に信用できるのか? その男、自分は竜滅士だと吹聴しているだけかもしれんぞ?」

「アレックス、あまり僕を見くびらないで下さいね? きちんとこの目で、彼の実力は見てきましたよ。彼、六頭の飛竜を同時に狩っていました。それも素手で」

「六頭の飛竜を素手で!?」

 ノイアさんの驚愕の声が響く。

「ねえ、それってどれくらい凄いの?」

 アレックスに耳打ちした。

「相当な腕だ。私なら同時に相手できるのは、せいぜい三頭くらいだからな。しかも、それが素手だというのだ。信じがたい人物だぞ」

「ふ~ん」

 じゃあ、その人めちゃめちゃ強いじゃん。アレックスも結構強いって思ってたけど、上には上がいるもんだね。

「でも、旅行中だったんでしょ? なんでそんな場面見ることになったの?」

「自由行動の時に暇だったので、彼の狩りに同行させてもらったんですよ」

「ドラゴンの狩りなんて危ないのに、あんたも相当物好きね……」

 ノイアさんは呆れたようにため息を吐いた。

「それでどうしますか? 殺人竜討伐に挑戦してみますか?」

「そうだな、やってみるか。三大竜に関われるなど、そうあるものではないからな。個人的に少々興味もある」

「そうね。その竜滅士がいればなんとかなりそうな気がしてきたわ」

 アレックスもノイアさんも挑戦しようと腹をくくった。

「では明日、6:00にクロウェア山入口で落ち合いましょう」

 ロートレックさんはそう言って、帰っていった。
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