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しおりを挟む「待った?」
そう言って向かい側に座った彼を見て、私は少し笑って首を横に振る。
慣れというのは恐ろしい物だ。納得は行かなくても、彼と食事をすることに慣れている自分に気付くと改めて複雑な気分になる。
再会した日から二月ぐらいは経っただろうか。あれから、待ち合わせをして食事をするのはもう七回目となる。
ダメだと思う気持ちはあるのに、拒否しきれずに、ずるずると彼と顔を合わせたり、食事をしたりする日を重ねている。
私の感情はアップダウンを繰り返していた。
もういいや……と思う日もあるし、今日のように、ずるずる会うことをもう絶対ダメだ、と自己嫌悪に似た感情に襲われることもある。
はじめの頃は、ろくにしゃべりもしなかった私も、彼の根気強いとしか言いようのない真摯な対応に、ついついほだされてしまっていた。
とはいえ、もし、自分が彼の立場なら、これだけ拒絶する相手に、穏やかに、めげずに相手できないだろう。きっとイライラするか、諦めてしまう。
そう思うと、なおのこと、最近は特に彼を拒絶しにくくなっていたりもした。
けれど、会うと言っても本当に会うだけ、食事をするだけという、友人づきあいですらない上辺だけの関係だ。
彼が、何を思って私の為に時間を割いているのか、よく分からなかった。もしかしたら本当に反省して、つぐないたいだけなのだろうかと、私の気持ちもだいぶゆるんできていた。
彼がテーブルの向こう側でたわいのない話をして笑っているのを、私は「うん」と小さく相づちを打ちながら聞く。そんな時間が当たり前のように流れていくのは、慣れていくごとに「イヤだと思いたい気持ち」をそいでゆく。
そして、彼は家まで私を送ると、嘘みたいに礼儀正しく帰って行くのだ。
「ばいばい」
ドアを閉めてから、彼に聞こえないようにつぶやく。前ほど彼を拒絶しなくなっている自分を、彼に知られたくなかった。
普通にしゃべるようになっているから今更だとは思うけれど、それでも折に触れて、そんな意地を張っている自分を自覚する。
彼が何をしたいのか、自分でも分からなかった。
それが、時折たまらなく私の不安をあおる。
ただ、疑おうとする気持ちだけは、確かに弱くなっていっていた。
一人暮らしのワンルームに入れば、たった今まで彼と別れたという開放感で……とても寂しかった。やっと一人になれた、なんて思うのは理性だけ。彼がいないとどこかむなしくて、物足りない。一人きりで過ごす自分の部屋は寂しかった。
ベッドの端に腰をかけて小さく息をつく。広いとは言えない部屋を、見るとはなしに、ぼんやりと見つめる。
スケジュール帳を届けてもらったあの日から、私の思いとはかけ離れた方向へと事態は進んでいる。
あの日から、というよりも、再会したあの瞬間から、彼に関する全てが、望みとは逆方向だった。
苦い思いがこみ上げる。
私はふとジュエリーボックスの中を探った。引き出しの、一番奥底。捨てられずに、ずっと、私自身から隠すようにしまわれていた、それ。
取り出り出したのは、シルバーのペアリングだ。
彼が選んだにしては、かわいいデザインだった。シンプルなデザインで、ペアの彼のはもっとごつくて、同じモチーフなのに、全然かわいらしさはなかった。
手のひらの上でころころと転がしながら、私は溜息をつく。未だに、そんな事を覚えている。
捨てきれずにしまったまま、今もまだ残る未練の証拠。
ふっと息を吐いた。
未練がましい自分が惨めに思えた。
いっそ、優しくなった彼を信じられたら良かったのに。そしたら、きっと、もっと、楽だった。
信じられたなら、以前のように、楽しく、幸せに、つきあえるのだろうかなどと考えたりもする。
けれど、そんな事を考えるだけど、私は彼が信用できなくて恐くなる。
信じようと思えば、怖くて身動きがとれなくなる。
絶対にまた裏切られる。
彼が、私を裏切っていたと知ったときのあの苦しさを、もう二度と味わいたくなかった。
何度も、何度も味わされたあの痛み。「もうしないよ」「俺には留衣だけだ」そんな言葉でごまかし続けられた過去が脳裏をよぎる。
彼は絶対に私一人を見たりしない。その気持ちが確信めいて私の心に定着する。
そもそも……と、私は自嘲する。
私は付き合ってくれなんて言われてもいない。態度はどうあれ、彼から明確な言葉はなく、どういうつもりかさえ分かっていない。私たちは何の権利もない、ただの知り合いでしかない。
だからこそ尚更彼の今の優しさを信じたいと思うほどに、怖くなる。
私一人、勝手に盛り上がっているのではないか、勝手にほだされて、彼はそんな気すらない、ただの償いではないか、とか。
かといって、信じたりしない、と、彼は最低の男だと思い込もうとすればするほど、出会ってからの誠実な彼ばかりを思い出すのだ。
自分の気持ちさえ分からなかった。心の中はぐちゃぐちゃで、彼を好きと思った直後に、信じられない嫌いだと思い返す。彼の好意をうれしく思っては、あれは好意なんかじゃない、騙してるのか、償いだと思い、そしてそう思ったことにまた傷つく。
自分がどうしたいのか、何を望んでいるのかさえ分からず、私は私にかまってくる彼を拒絶しきれずに、ただ、流されている。
そして、近づいてくる彼が悪いのだと、心でなじるのだ。
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