魔王の花嫁

真麻一花

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13 出発

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 馬上で一日を過ごすなど、フリーシャの人生では一度もなかった。多少はアトールに鍛えられているとはいえ、腐っても姫である。
 地図上では指を開いて測れる距離が、馬で駆けても一日かかる。

 馬で駆けながら、フリーシャは焦りとは別の感情を覚えていた。考える時間がありすぎたためかも知れないし、マーシアのことばかり考えると不安で何も手に付かなくなるためかもしれない。

 今、フリーシャは城を抜け出し、一人で見知らぬ世界を走っている。
 大きな目的を前にしているのに、いろんなしがらみを断ち切ったかのような身軽さを覚えていた。

 心が軽い。

 今、フリーシャは自由だった。
 マーシアを助けるために命さえも賭ける覚悟はあったが、それもまた自分の意志。今、フリーシャは全てを自分の意志で決定できるのだ。
 飛び出した先の世界は、フリーシャを押さえつけない。
 今まで感じたことのない感覚だった。
 駆ける馬の背から見える世界は次々に景色を変えていく。

 こんなに簡単なことだったのね。

 城に縛られ、窮屈な思いをしながらアトールの元へ通った日々。
 もっと早くにこうしていれば良かったのだろうか。
 そこまで考えて、フリーシャは首を振る。今更だ。そして、もしそうしたいのなら、マーシアを助けてからだ。

 それに、黒騎士のこともある。

 フリーシャは、記憶の彼を脳裏に思い描く。
 彼が迎えに来るのだから、待たなくてはいけない。それは変えようのない事実だった。

 誰も信じていない黒騎士の存在だが、フリーシャは確信していた。
 見たこともない、合ったこともない、それをなぜ信じているのかと問われると、どう答えたら良いのか分からない。けれど、それはフリーシャにとって、当然の事実でしかないのだ。
 この感覚を、誰かにわかってもらうのは恐らく無理だろう。フリーシャは黒騎士を盲目的に信じている自分があまりにも愚かに見えることを自覚していた。そこまでわかっていてもなお、彼が迎えにくるということを疑ったことさえなかった。

 フリーシャには黒騎士が迎えに来ると約束した記憶も、出会った記憶もない。ただ、夢のように漠然と、まるで星の光をつかもうとしているかのようなそんな感覚。けれど、確かにそこに星はあるように、光が届いているように、フリーシャにとってはその存在は確かなことだった。

 今までフリーシャは、彼を探そうなどと思ったこともなかった。当然のようにあの場所(しろ)で待っていた。
 けれど、こうして自分の意志のままに、しがらみを捨てて自由に思うがままに駆けながらフリーシャは思う。

 待つのはもう終わりにしよう。姉様を助けたら私は城を出よう。

 フリーシャは心に誓う。もう待たない。逢いたいから、彼を探しに行く。
 必ず巡り逢える人だと、信じている。

 目を閉じれば愛しい黒い影。
 まるで月のない夜を思わせる黒い髪に黒い瞳。同じ人間とは思えないほどに美しく整った顔。思い描く彼は、誰よりも存在感があり、そこに思い描くだけでその場を支配する。

 彼に触れたい。声を交わしたい、あの存在を確かめたい。
 彼が、欲しい。

 きっと彼は、私の、運命の人。
 待ってて。必ず探してみせるから。姉様を助けたら、必ずあなたを捜し出すんだから。
 私の黒騎士。

 フリーシャはまぶたの奥にしか存在しない人に祈った。

 私を助けて。私を守って。姉様を助けるために、私にがんばるための力を。



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