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42 対峙6
しおりを挟む許せるはずがなかった。
マーシアを氷の花嫁にしてしまうかも知れなかったのだ。
それなのに。
私はうれしかったのだ、と、フリーシャは泣きたいような気持ちで思う。
どうしようもないほどにうれしかった。
私の黒騎士はいた。彼に会えるのだ。
それが、どれほどの誘惑でもって自分をつなぎ止めるのか誰にも分かるまい。
それが魔王であろうと。例えそれが愛するマーシアに害をなそうとしていたとしても。例え、自分が見捨てられた花嫁だったとしても。
フリーシャは投げ捨てた剣をじっと見つめる。
役に立たないうち捨てられた剣は、自分の姿のようにも見えた。
「ずっと待っていたのに」
怒りがこもったその言葉に、魔王が口端をわずかにゆがめた。
「ちょっとした手違いだ」
魔王がなんでもない事のように言うその言葉に、フリーシャの表情が怒りに染まった。
「花嫁を間違える事のどこが「ちょっとした」よ。花嫁間違えるバカがどこにいるのよ。……そこにいるわけだけど!! 魔王のくせにバカだなんて、あり得ない!! 姉様に、どんなに怖い思いさせたかなんて、これっぽっちも考えてないでしょう」
フリーシャが、力一杯低い声ですごんだが、その怒りを受けて魔王は小さく肩をすくめる程度で答えた。
そんな人間くさい仕草が癇に障った。
こちらが、どんな思いでいるか、この男は知らないのだと。
憎らしかった。
なのに。
「フリーシャ」
魔王が名前を呼んだ。
フリーシャは怒って魔王をにらみつけることで応えると、魔王が微笑んだ。愛おしい者を見つめる瞳で。
「確かにそなただ。私の、花嫁」
魔王が満足そうな微笑みをうかべ、フリーシャに歩み寄るとその小さな体を包み込むように抱きしめた。
「私、怒っているのよ」
抱きしめられながらフリーシャはつぶやいた。
卑怯だと思う。
たった笑顔一つで、私は許してしまう。幸せになってしまう。私を抱きしめる腕が、触れた胸の暖かさが、どうしようもない幸福感へといざなう。
本当に、本当に怒っていた。なのに何故こんなにこの腕の中は安心するのだろう。
泣きたくなるぐらいうれしくて、幸せだった。
この存在を、切り捨てられるはずがなかった。憎むことなど、敵と思うことなど、出来るはずがなかった。
「姉様、絶対に、すごく怖かったんだから」
マーシアを思う気持ちは確かなのに、言っているその言葉さえ空々しく感じた。
半身を得た歓喜がフリーシャの体の隅々まで満ちていた。
たった一人の、ひたすらに求めていた存在。
マーシアの受けた恐怖を思うと、許せるはずなどないのに。マーシアを魔物に落としてしまうかも知れなかった恐怖は今もあるのに。なのに、思いは裏腹に、一つの感情以外の全てを流し去ろうとする。
会いたかった。ずっと会いたかった。
約束を思い出して、腹立たしくて、怒りに震えて、マーシアに合わせる顔がなくて……なのに、拐かすときに自分が選ばれなかった不安を抱えた。彼はマーシアを選んだのではないかと。そんな浅ましい自分がイヤで見ないようにした。
それでもどうしようもなく心は彼に向かうのだ。彼を求めた。会いたかった。彼を得るために動くこの手を止める気すらなれなかった。どんなに腹立たしくても、情けなくても、あの約束の日に得たつながりを手放す気にはなかった。
フリーシャは、ここに来るときには、もう心を決めていた。
マーシアを助けた後は、黒騎士を……魔王を手に入れるのだと。たとえ、魔王がマーシアをあえて選んでいたのだとしても。
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