魔王の花嫁

真麻一花

文字の大きさ
41 / 62

41 対峙5

しおりを挟む

 フリーシャの力一杯の一太刀は、素手の魔王によって、いとも簡単に止められた。
 フリーシャは、衝撃にしびれる手をかばいながらため息をつき、剣を投げ捨てた。
 カラン、と広間に音が響いた。

 こんな物が魔王に傷をつけるとは、欠片ほども思っていない。
 ただ、胸に渦巻くこの怒りをどんな形でもいいからぶつけたかった。
 目の前にいる、魔王かれに。
 斬りかかったというのに、魔王は防御にわずか動いたのみで、やはりそこにただ立ってフリーシャを見ているだけだった。
 睨み付けるフリーシャの視線を、魔王は無表情に受け止めている。しかし、その視線は興味深そうにフリーシャをとらえていた。

「ずいぶんな挨拶だな」

 無感動な魔王の言葉にフリーシャは吐き捨てるように言った。

「私怒っているのよ」

 フリーシャは魔王を睨め付けて、低い声で唸るように魔王をなじれば、その体はピクリと身じろいだ。

「ずっと待っていたのに」

 そう、私は、ずっと待っていた。黒騎士が、目の前の存在が迎えにくるのを、約束したあの日からずっと。
 なのに、黒騎士は憎むべき魔王だった。
 睨め付けるフリーシャの目が、わずかに揺らいだ。





 魔王の元に向かう白竜の背の上でフリーシャはその事実を前に、どうしようもないジレンマに陥っていた。
 フリーシャは全てを思い出したとき、自分のなすべき事がなんなのかを見失った。

 私の黒騎士。
 ずっと、ずっと、待ちわびていた人だった。
 思い出すだけで愛しくて胸が締め付けられる人。
 なのに、彼は来なかった。あまつさえ、彼はフリーシャの大切な姉を連れ去ったのだ。

 マーシアをこんな目に遭わせたことが許せない。氷の花嫁になってしまうだなんて、許せるわけがない。
 なのに、黒騎士の……魔王の姿を思い出すと違う感情にとらわれそうになる。

 こんな時なのに、あふれ出した黒騎士の記憶はどうしようもない幸福感とともにフリーシャを支配するのだ。「私と共に来るがいい」そう言って彼は「来るか?」と笑った。無表情な顔が笑顔になった瞬間の、胸が締め付けられるような幸せが思い出されて、どうしようもない恋しさが胸をしめる。

 どうして、間違えたりしたの。

 フリーシャは唇を噛み締めた。魔王が間違えさえしなければ憎む必要もなかった。黒騎士が魔王であっても良かった。なのに。

 なぜ、姉様だったの。
 私なら、黒騎士が魔王と知っても、迷わずついて行ったのに。

 待ち焦がれた人を敵だと思わなければいけない苦しさに心が引き裂かれるように痛む。

 なぜ、間違えたの。
 ……それとも、間違えたりなど、していなかったら……?

 そう考えた瞬間、身震いがした。
 もし魔王が、フリーシャの存在とマーシアと、印を持った二人の花嫁候補を前に、あえてマーシアを選んだのなら。間違えたのではなく、彼がマーシアを選んだのだとしたら。
 そう考えただけで、絶望に襲われた。

 彼は、意図的に私を選ばなかったのかも知れない。美しいマーシアの方がふさわしいと思ったのかも知れない。
 その考えが、フリーシャの中でこびりつくように浸食する。
 そんな場合じゃないのに、フリーシャは不安に襲われた。
 黒騎士は、私を、選ばなかった……?
 体が震えた。

 違う、違う。姉様を氷の花嫁にさせないことが優先だ。私が先じゃない。私が選ばれなかったことは、その後だ。私のせいで姉様をこんな目に遭わせたのだから、姉様を助けないと。

 どうしようもない絶望に襲われかけたフリーシャは、必死に考えを元に戻そうとする。
 なのに、心はどうしようもなく黒騎士へと向かった。
 仮に魔王が望んだのがマーシアでも、マーシアは運命の花嫁ではない。フリーシャこそがそうなのだから。マーシアを氷の花嫁などにさせるわけにはいかない。

 魔王を許してはいけない。
 けれど、魔王は黒騎士なのだ。
 間違えるな。

 フリーシャは感情にとらわれそうになる自分に言い聞かせる。
 黒騎士は、魔王だった。
 そして、フリーシャは魔王を、許せない。

 必死でそう考えた。考えようとした。
 だから、うれしいなんて思って良いはずがないのだ。
 胸が苦しかった。

 うれしいなんて、嘘だ。

 フリーシャは歯を食いしばる。
 彼が存在していることが分かって、会えると思うだけでうれしさがこみ上げているなんて、そんな事があって良いはずがない。
 魔王は、マーシアをさらった敵だ。マーシアを危険にさらしている敵だ。

 うれしいなんて感じるなんてダメだ。
 姉様を助けないと。
 助けないと。
 そうだ、それが今は何よりも大切なことだから。
 考えるな。

 フリーシャは心の中で何度もつぶやく。
 考えるな、考えるな。姉様を氷の花嫁にしようとしている魔王を許すな。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...