魔王の花嫁

真麻一花

文字の大きさ
52 / 62

52 新しい日常

しおりを挟む

 大広間の中央で、マーシアは、ひとつ深く息を吸い込んだ。
 間抜けな魔王の起こした茶番劇の幕引きもまた、茶番劇なのだと、心の中で皮肉る。
 国王にとっても、城の中のどのような人物にとっても、フリーシャは所詮ただの使い捨ての姫に過ぎない。しかし、マーシアは、重要な駒になりうる。
 それでいいのだと、フリーシャは笑った。
 納得はいかないが、それでフリーシャの望むとおり丸く収まるのだからしかたがない。何より、マーシア自身、今は、何をおいても得たい物があった。そのための手段は選ばない。
 マーシアは、隣にいる青年を見上げた。
 精悍な顔立ち、銀髪に優しく彼女を見つめる赤い瞳の青年が、小さくうなずいた。
 フリーシャは、魔王のもとへとと旅立ち、そして彼のもとにとどまる事を決めた。ならば私も旅立とう、と、マーシアは決意する。望む道を見つけたのだから。それを得るために。
 新たな茶番劇の始まりであり、先の茶番の幕引きを。


「お父様、ただいま戻りました。このたびの顛末、私と、私を救って下さったマージナルの第一王子ナイジェル様が説明させて頂きます」






 フリーシャは、遠く、山の向こうを眺めた。眼下に広がるのは、遠くまで続く山々。
 フリーシャがその向こう側でいとなまれる生活に戻る事はない。
 それでいいと思った。
 フリーシャは自分を抱きしめる腕に触れると、きゅっと手に力を込めた。
 向こうには、一握りの大切な人がいる。けれど、ここには、ずっと求め続けてきた私の黒騎士がいる。比べるつもりはない。あそこにあの城にフリーシャの居場所などはじめからなかった。彼のいる場所がフリーシャの生きていく場所だった。

 背中からフリーシャを包み込むようにして抱きしめる彼女の黒騎士を仰ぎ見る。何度見ても綺麗な顔だと思った。
 黒い瞳は夜の闇の安らぎを思わせた。
 手を伸ばしてその頬に触れると、どこか表情が柔らかくなったように見え、こんな顔も出来るんだと、フリーシャは記憶にはなかった彼の表情を見られたことに胸が高鳴る。

 今、ここにいるのは二人だけだった。
 マーシアも白竜の王子も行った。
 否、もう、白竜ではない。マージナルの第一王子ナイジェルに戻ったのだから。
 彼は、本当にフリーシャの幸運だった。出会った時から、そして今も。
 彼がいたおかげで今回の筋書きができあがったのに、最後まで「助けに来たのはフリーシャであって、私ではない」と、今回の筋書きを嫌がっていた。
 フリーシャより年上なのに、フリーシャよりも真っ直ぐな王子。そんなところも、やはり思い出しては、好ましく思うのだ。

 魔王に触れながら、王子を思ってくすりと笑う。

「何を笑っている」

 柔らかだった魔王の表情が不快そうにゆがんだ。

「ただの思い出し笑い」

 気付かずにクスクス笑うフリーシャに魔王は一つ息を吐いた。

「気に入らぬ」

 ぼそりとつぶやいた声は、フリーシャには届かなかった。

「え?」

 聞き返したフリーシャを、魔王がのぞき込むようにその瞳をとらえた。

「誰のことを考えている?」

 その瞳に魅入られて、フリーシャの心臓が大きくはねる。何度見ても、慣れないかもしれない、と、思った。けれど、その表情はどこか不機嫌に見える。

「え、誰って……」

 何となく、名前を挙げると良くないような気がした。いじめ抜かれた城での生活で磨き上げた危機回避能力は伊達ではない。

「く……黒い、騎士様、の、事……?」

 首をかしげながら不自然な疑問系で答えると、眉をひそめた魔王が疑わしげに見つめてくる。
 見つめられながら、ふと、その瞳に自分が映っているのを見つけ、出会ってから何度も噛み締めた想いを、再びゆっくりと味わう。
 ここにいるのは、ずっと求めていた黒騎士なんだと。
 改めて思う度にこみ上げてくる幸福感。
 それを思うと、自然と顔がゆるんでしまう。
 不快そうな表情を見ながら、フリーシャは幸せを噛み締めて笑いかけた。

「大好き」

 私の黒騎士。
 好きの気持ちがいっぱいになってあふれそう。
 フリーシャはありったけの思いを口にする。体を反転させて、自分を包むように抱きしめる黒騎士を、力一杯抱きしめる。存在を確かめられる幸せに胸がいっぱいになる。
 魔王は、人間に関心がないだろうと思っていたことをふと思い出す。
 けれど、その認識は、少しだけ、ほんの少しだけ、改めようと思う。
 魔王は、私にだけは、関心を持ってくれているのだから。
 彼の背に腕を回して、体いっぱいでその存在を感じる。そうするとさっきよりもずっと幸せが胸一杯にあふれる。それが苦しいほどの痛みとなって体を突き抜けて、フリーシャはほぅっと息を吐いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...