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「これを持って、断るとつぶやいていたじゃないか」
「それはっ、まだ、中を、見てなくて……」
「俺からだとは思わなかった?」
「だって、あの時の、本気じゃなかったかもって……」
何度もうなずいていると、ため息が上から落ちてきて、また呆れられたのだと体が震える。
「結婚なんて事は、冗談で言える内容ではないな。……だが、俺の態度も本気というには褒められた物ではなかったのだろうな。……悪かった」
悩ませたか? という柔らかな声色の問いかけに、ようやくほっとして小さくうなずく。
「……まずは、君に会いに来るべきだったな」
声が、とても優しくなった。
おずおずと顔を上げてみれば、苦笑するエドガー様がいる。
「乱暴にして悪かった。俺の早とちりだったようだ」
すまない、と彼は私の手を優しく握り直す。
「身辺整理を先にしていた。それと、正式な申し込みをしてからと思ってね」
「……わたくしの、ため、に……?」
彼は小首をかしげて肩をすくめる。
「君を悩ませてしまったこと、許してもらえるだろうか?」
うなずけば、彼はふたたびわたくしの手を握り直し、片膝を立ててひざまずく。
「シェルマ嬢。……私はあの庭での愛らしい貴女の様子に心を奪われました。貴女のことが気になって夜も眠れない始末です。気高く美しいだけではない貴女の姿を見せるのは、私だけに……だといい。私こそがそんな貴女を護る存在になりたいと思うのです。あのひととき過ごした時間を思いだすだけで、愛おしいと感じるのです。そんな貴女を私だけの物にしたい」
どこか芝居がかった口調。けれど、わたくしを見上げるその瞳は、何処までも真摯にわたくしを捉えている。
胸が痛い。張り裂けてしまいそうだ。顔が熱くて、きっと真っ赤になってしまっている。でも彼が手を取っているから、顔を隠せない。
彼の目がわたくしの目を捉えて放さない。
「シェルマ嬢どうか、私と結婚してください」
その言葉が耳に届いた瞬間、足の力ががくんと抜けた。
「……シェルマ……!!」
とっさに彼が受け止めてくれて、尻餅はつかずにすんだ。
「も、申し訳ございませんっ」
叫ぶようにだした声は、思いのほかか細く力の抜けた物で。
「わたくし、エドガー様には、本当にみっともない姿ばかりをお見せしてしまって……」
彼の腕の中で、ぼそぼそと言い訳をする。
「俺の前でなら、いくらでもどうぞ」
楽しげな声が耳をくすぐる。
「エドガー様の前だからこそ、ちゃんとしたいのに……」
拗ねるような気持ちで、聞こえなくても良いと思ってつぶやいた言葉は、しっかりと彼にも聞こえていたようだ。
笑いながら「シェルマ、返事を」とささやかれ、「はい……!」と彼の腕の中でこたえた。
わたくしを抱きしめる腕に力がこもり「君は本当にかわいいな」とクスクスと笑われて。わたくしは、その腕の中に顔を埋めて隠れるしか出来なくなった。
それから、休みの日ごとにエドガー様がわたくしを訪ねてデートに誘ってくださるようになって。わたくしとエドガー様の婚約は瞬く間に社交界に広がり、噂の的になった。
エドガー様の浮いた噂は聞こえなくなり、代わりにわたくしのために浮ついた関係を全て切ったらしいという噂が聞こえてきた時には挙動不審になってしまい、エドガー様にひどい含み笑いをされた。
婚約をしてから、少しずつ本物のエドガー様に触れ、憧れじみた恋心だけではない愛情を積み重ねてゆく。
エドガー様もきっと、興味半分だけではない気持ちをわたくしに向けてくれるようになっているのではないかと思う。
「好きだよ」という軽く向けられていた言葉が、いつの間にか「愛してる」と熱のこもった物へと変化していったように。
あれから、私たちはいろんな事を話した。
記念すべき日を迎え、ついにはあの日の出来事まで白状させられてしまう。
「それじゃあ、あの時契約結婚を持ちかけようとしてたの?」
彼があの日の真実を知って「正反対じゃないか!」と、もうこらえきれないというように笑いだした。
「必死だったんですもの…!!」
「……失敗してくれて、良かった」
笑いを納めた彼が、かみしめるようにつぶやく。
「君と知り合えて、良かった」
彼は、優しい。以前のような紳士然とした軽薄な物ではなく、ほんの少し乱暴な雰囲気になったけれど。それは、初めて会った頃のあなたを彷彿させる。これがきっと、本来の肩の力が抜けた彼の姿なのだろう。社交界でも紳士的な態度はそのままに、女性との距離を適切に保つようになって、わたくしにだけ気のおけない笑顔を向けてくれるようになった。
それが出来るようになったのは君のおかげだとささやいてくれたことが誇らしい。
わたくしはというと、相変わらず外では落ち着いて完璧な令嬢を気取っている。家とエドガー様の前だけが、私の憩いの場だ。そんなわたくしの外面を人前で崩そうとするのが、目下エドガー様の楽しみとなっているのは、ひどいと思っている。
「エドガー様のために頑張っているのに!」そう訴えれば、「そんなに頑張るほど、俺のどこを好きになったの」とからかい半分にたずねられ、騎士になったばかりのあなたに助けられたことがあるのだと、それからずっとだからわからなくなってしまったと耳打ちしたら、彼がくすぐったそうに笑って、わたくしを力一杯抱きしめた。「俺を慰めてくれたおてんばな天使は、君だったのか」といって。
まもなく結婚式が始まる。
わたくしたちは、これから愛情の上に結婚生活を築こうとしている。
「それはっ、まだ、中を、見てなくて……」
「俺からだとは思わなかった?」
「だって、あの時の、本気じゃなかったかもって……」
何度もうなずいていると、ため息が上から落ちてきて、また呆れられたのだと体が震える。
「結婚なんて事は、冗談で言える内容ではないな。……だが、俺の態度も本気というには褒められた物ではなかったのだろうな。……悪かった」
悩ませたか? という柔らかな声色の問いかけに、ようやくほっとして小さくうなずく。
「……まずは、君に会いに来るべきだったな」
声が、とても優しくなった。
おずおずと顔を上げてみれば、苦笑するエドガー様がいる。
「乱暴にして悪かった。俺の早とちりだったようだ」
すまない、と彼は私の手を優しく握り直す。
「身辺整理を先にしていた。それと、正式な申し込みをしてからと思ってね」
「……わたくしの、ため、に……?」
彼は小首をかしげて肩をすくめる。
「君を悩ませてしまったこと、許してもらえるだろうか?」
うなずけば、彼はふたたびわたくしの手を握り直し、片膝を立ててひざまずく。
「シェルマ嬢。……私はあの庭での愛らしい貴女の様子に心を奪われました。貴女のことが気になって夜も眠れない始末です。気高く美しいだけではない貴女の姿を見せるのは、私だけに……だといい。私こそがそんな貴女を護る存在になりたいと思うのです。あのひととき過ごした時間を思いだすだけで、愛おしいと感じるのです。そんな貴女を私だけの物にしたい」
どこか芝居がかった口調。けれど、わたくしを見上げるその瞳は、何処までも真摯にわたくしを捉えている。
胸が痛い。張り裂けてしまいそうだ。顔が熱くて、きっと真っ赤になってしまっている。でも彼が手を取っているから、顔を隠せない。
彼の目がわたくしの目を捉えて放さない。
「シェルマ嬢どうか、私と結婚してください」
その言葉が耳に届いた瞬間、足の力ががくんと抜けた。
「……シェルマ……!!」
とっさに彼が受け止めてくれて、尻餅はつかずにすんだ。
「も、申し訳ございませんっ」
叫ぶようにだした声は、思いのほかか細く力の抜けた物で。
「わたくし、エドガー様には、本当にみっともない姿ばかりをお見せしてしまって……」
彼の腕の中で、ぼそぼそと言い訳をする。
「俺の前でなら、いくらでもどうぞ」
楽しげな声が耳をくすぐる。
「エドガー様の前だからこそ、ちゃんとしたいのに……」
拗ねるような気持ちで、聞こえなくても良いと思ってつぶやいた言葉は、しっかりと彼にも聞こえていたようだ。
笑いながら「シェルマ、返事を」とささやかれ、「はい……!」と彼の腕の中でこたえた。
わたくしを抱きしめる腕に力がこもり「君は本当にかわいいな」とクスクスと笑われて。わたくしは、その腕の中に顔を埋めて隠れるしか出来なくなった。
それから、休みの日ごとにエドガー様がわたくしを訪ねてデートに誘ってくださるようになって。わたくしとエドガー様の婚約は瞬く間に社交界に広がり、噂の的になった。
エドガー様の浮いた噂は聞こえなくなり、代わりにわたくしのために浮ついた関係を全て切ったらしいという噂が聞こえてきた時には挙動不審になってしまい、エドガー様にひどい含み笑いをされた。
婚約をしてから、少しずつ本物のエドガー様に触れ、憧れじみた恋心だけではない愛情を積み重ねてゆく。
エドガー様もきっと、興味半分だけではない気持ちをわたくしに向けてくれるようになっているのではないかと思う。
「好きだよ」という軽く向けられていた言葉が、いつの間にか「愛してる」と熱のこもった物へと変化していったように。
あれから、私たちはいろんな事を話した。
記念すべき日を迎え、ついにはあの日の出来事まで白状させられてしまう。
「それじゃあ、あの時契約結婚を持ちかけようとしてたの?」
彼があの日の真実を知って「正反対じゃないか!」と、もうこらえきれないというように笑いだした。
「必死だったんですもの…!!」
「……失敗してくれて、良かった」
笑いを納めた彼が、かみしめるようにつぶやく。
「君と知り合えて、良かった」
彼は、優しい。以前のような紳士然とした軽薄な物ではなく、ほんの少し乱暴な雰囲気になったけれど。それは、初めて会った頃のあなたを彷彿させる。これがきっと、本来の肩の力が抜けた彼の姿なのだろう。社交界でも紳士的な態度はそのままに、女性との距離を適切に保つようになって、わたくしにだけ気のおけない笑顔を向けてくれるようになった。
それが出来るようになったのは君のおかげだとささやいてくれたことが誇らしい。
わたくしはというと、相変わらず外では落ち着いて完璧な令嬢を気取っている。家とエドガー様の前だけが、私の憩いの場だ。そんなわたくしの外面を人前で崩そうとするのが、目下エドガー様の楽しみとなっているのは、ひどいと思っている。
「エドガー様のために頑張っているのに!」そう訴えれば、「そんなに頑張るほど、俺のどこを好きになったの」とからかい半分にたずねられ、騎士になったばかりのあなたに助けられたことがあるのだと、それからずっとだからわからなくなってしまったと耳打ちしたら、彼がくすぐったそうに笑って、わたくしを力一杯抱きしめた。「俺を慰めてくれたおてんばな天使は、君だったのか」といって。
まもなく結婚式が始まる。
わたくしたちは、これから愛情の上に結婚生活を築こうとしている。
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