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三幕
13 見えてきた未来2
しおりを挟むその時、神殿の中央の広間にはほぼ全ての高位の神官と巫女が集まっていた。
先だって起こった内乱と大河を占領された戦によって、現在のエドヴァルドの現状はひどく混乱している。その為これから神殿が取るべき対応について話し合われるためである。
そんな最中であった。
多くの神官や巫女達がひしめく中、突然に部屋中の守石からまぶしい光が放たれた。
その場は一瞬騒然とし、しかしその見た事もないまぶしさに、誰もが声を上げるのも忘れたまま動きを止め立ち尽くしていた。
けれどそれ以上に彼らを驚かせたのは、その後だった。
光がおさまった後、そこに、紫紺のベールを纏った女性が一人現れたのだ。
その女性は古めかしい姫巫女の衣を纏い、美しい立ち姿で、この場にいるのが当たり前とでも言うように毅然とした様子でそこに存在していた。
神殿の中に突然現れた女性に、神殿内は騒然とした。
女性はその様子をゆったりとした様子で見渡し、そして静かに一喝した。
「騒ぐでない」
決して大きな声ではなかったが、えも言えぬ存在感に誰もがぴたりと口をつぐんだ。
女性はそれを満足そうに見渡し、小さく肯く。
そして近くにいた紫紺の衣をまとった神官をまっすぐに見据えると、艶然とほほえんだ。
「私は、時渡りの姫巫女。これより三百年後の世界を見てきた者。時渡りの力を失いゆく神殿の行く末を、向こう三百年、守りゆくため、この時代に参った」
朗々と声を上げ、あたりの者達を見下ろすかのように目を向ける。
神殿の中枢に突然現れたその女性は、静かに託宣する言葉と、泰然としたその様子で、その場の空気すべてを支配していた。
「誰か、話の分かるものはおらぬか」
彼女の言葉に反応して、彼女の目の前にいた紫紺の衣を纏った神官が一歩前に踏み出す。
「わたくしが今代エドヴァルド神殿神官長にございます」
最高の礼を取る神官長を見て、女性は満足そうに微笑んだ。
そして離れた場所にいる巫女達に目をやると、その中から一人、紫紺のベールを纏った中年の女性が踏み出す。
「わたくしは今代姫巫女をお預かりいたしております。希有なる力をお持ちになる時渡りの姫巫女様。私どもは、あなた様がお出ましになる事を歴代申し送りされてきております。お待ちしておりました」
その口上に、女性は先ほどより少し表情を和らげて微笑む事で今代の姫巫女に返す。
そして多くの神官や巫女達を前に、突然に現れた姫巫女は悠然として、ゆったりと語り始めた。
「これより先三百年、時渡りの姫巫女は生まれぬ。巫女の力は弱まり、神殿の力は衰退する。神殿の行く末はわたくしにかかっておる。三百年後の未来に神殿の命運をつなぎたくば、わたくしの言葉に耳を傾けなさい。さすれば、後三百年、神殿の礎を築いて見せよう。如何する?」
傲慢なほどあでやかに、その女は笑った。誰もが己に伏すると疑わない、君臨する者の顔だった。
が、内心の彼女は見た目ほど泰然としているわけではなかった。
考えると恐ろしくなるので、何も考えないように必死に心がけてそれらしく振る舞っているだけであった。
困った時は黙って顎を上げ、静かに見下ろすように見つめてやり過ごす。
シャ、シャルロッテ、上手くできてるかな?
無事相手は適当に解釈してくれているようではある。現れた瞬間に度肝を抜いた事で、どうやら上手く進んでいるようだ、が。
怖くて死にそう……。
リィナは気を抜くと震えそうな体を押さえて、ことさらゆっくりと、余裕があるように振る舞う。表情は無表情か、わずかな笑みか、ほんの少し機嫌悪そうにするか。
姫巫女気取りでしゃべっているときは、何となくそれらしく振る舞いやすい。
それにシャルロッテが太鼓判を押してくれたのだ。恥じる必要はない。
『行儀作法も、どこへ出ても恥ずかしくないほどになっておりますわ。あなたは神殿内で最も尊い姫巫女です。時代が変われば礼儀も変わりましょう。しかし、その時笑われたならば、その程度も知らぬのかと言ってやればよいのです。全てがあなたが正しく、間違っているのは相手と思いなさい。そのくらいの気持ちがなければ、必ず侮られます。何かを指摘された時、動揺を見せてはいけません。恥じらいを見せてはいけません。そういう時こそ微笑んで見下すように見つめて差し上げなさい。言葉を無理に見つける必要もありません。黙っていればそれだけで相手は姫巫女を相手にしたという事実を思い出し、黙ります』
時の彼方にいる親友の言葉を思い返し、現在の自らをそうあろうと言い聞かせる。
私は姫巫女。この神殿で最も尊い存在。恥じることなど何一つない。
リィナは震えそうな体を何とか押しとどめ、ゆっくりとあたりを見渡した。ここからが、自らの未来をつかみ取るための正念場なのだ。
その第一歩を踏み出したのだ。
親友を思い浮かべながら、彼女の気高さを少しでもまねるべく、しっかりと背筋を伸ばして姫巫女たらんとした。
これから、グレンタールに行くために力の限りを尽くさなくてはならない。その為にまずは心理的に自分の優位な状況を作り出さなければならない。
神殿内で、自らの姫巫女としての地位を確立しなければいけないのだ。弱みをただ一つも見せてはいけない。付け入る隙を与えてはならないのだ。
リィナは気を引き締めて、出来うる限りの「とても偉い姫巫女らしい様子」を心がけ、心の中の動揺とは裏腹に、艶然と笑みを浮かべた。
向けられた問いかけにもぴしゃりと拒絶する。
「わたくしの名? 名など知って如何する。その方らが知る必要などあるまい? わたくしは、時渡りの神殿にある、唯一の時渡りの姫巫女。必要があるならば「時渡りの姫巫女」と呼べばよい。わたくしの名を、その方らが知る必要などないわ。くだらぬ」
彼女は厳しく神殿の者を拒み、その存在の触れがたい高貴さを示した。
偉そうに見えるための細かな技術は全てシャルロッテの受け売りである。行儀作法と一緒にたたき込まれた。良い見本が目の前にあったことと、その彼女と共に過ごした期間が、それを可能にした。実際あちらで練習していたのが最も功をなしているのだろう。
実際やってみると、その効果は絶大だった。
眼前に、全ての巫女と神官が触れ伏している。
満足すると同時に、リィナはそれを恐ろしいと思う。一介の娘が手にしていい権力ではないのだ。
けれど、これがリィナの選んだ道であった。
今再び彼女は覚悟を決める。
名実共に姫巫女となる。
それはリィナがこの神殿内で生き抜き、そして望みを叶えるための手段だった。
自分の知っている知識を出来る限り使い、「与える」形で、その情報を託宣する。リィナの言動に価値を持たせるのだ。その為に神殿はひれ伏し、従う。
リィナの言葉に従う事が利益になると神殿側に思わせる事が出来れば叶う。
そして、この神殿から出るためにも「扱いにくい存在」と思わせる事が大切なのだ。「留めたい」と思わせない事。
せいぜい偉そうにして、嫌われる面倒な存在になった方が都合が良かった。
怖くても、望みを叶えるその日まで、全うしなければいけないのだ。
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