時渡りの姫巫女

真麻一花

文字の大きさ
84 / 89
三幕

13 見えてきた未来2

しおりを挟む

 その時、神殿の中央の広間にはほぼ全ての高位の神官と巫女が集まっていた。
 先だって起こった内乱と大河を占領された戦によって、現在のエドヴァルドの現状はひどく混乱している。その為これから神殿が取るべき対応について話し合われるためである。

 そんな最中であった。

 多くの神官や巫女達がひしめく中、突然に部屋中の守石からまぶしい光が放たれた。
 その場は一瞬騒然とし、しかしその見た事もないまぶしさに、誰もが声を上げるのも忘れたまま動きを止め立ち尽くしていた。
 けれどそれ以上に彼らを驚かせたのは、その後だった。

 光がおさまった後、そこに、紫紺のベールを纏った女性が一人現れたのだ。
 その女性は古めかしい姫巫女の衣を纏い、美しい立ち姿で、この場にいるのが当たり前とでも言うように毅然とした様子でそこに存在していた。
 神殿の中に突然現れた女性に、神殿内は騒然とした。
 女性はその様子をゆったりとした様子で見渡し、そして静かに一喝した。

「騒ぐでない」

 決して大きな声ではなかったが、えも言えぬ存在感に誰もがぴたりと口をつぐんだ。
 女性はそれを満足そうに見渡し、小さく肯く。
 そして近くにいた紫紺の衣をまとった神官をまっすぐに見据えると、艶然とほほえんだ。

「私は、時渡りの姫巫女。これより三百年後の世界を見てきた者。時渡りの力を失いゆく神殿の行く末を、向こう三百年、守りゆくため、この時代に参った」

 朗々と声を上げ、あたりの者達を見下ろすかのように目を向ける。
 神殿の中枢に突然現れたその女性は、静かに託宣する言葉と、泰然としたその様子で、その場の空気すべてを支配していた。

「誰か、話の分かるものはおらぬか」

 彼女の言葉に反応して、彼女の目の前にいた紫紺の衣を纏った神官が一歩前に踏み出す。

「わたくしが今代エドヴァルド神殿神官長にございます」

 最高の礼を取る神官長を見て、女性は満足そうに微笑んだ。
 そして離れた場所にいる巫女達に目をやると、その中から一人、紫紺のベールを纏った中年の女性が踏み出す。

「わたくしは今代姫巫女をお預かりいたしております。希有なる力をお持ちになる時渡りの姫巫女様。私どもは、あなた様がお出ましになる事を歴代申し送りされてきております。お待ちしておりました」

 その口上に、女性は先ほどより少し表情を和らげて微笑む事で今代の姫巫女に返す。
 そして多くの神官や巫女達を前に、突然に現れた姫巫女は悠然として、ゆったりと語り始めた。

「これより先三百年、時渡りの姫巫女は生まれぬ。巫女の力は弱まり、神殿の力は衰退する。神殿の行く末はわたくしにかかっておる。三百年後の未来に神殿の命運をつなぎたくば、わたくしの言葉に耳を傾けなさい。さすれば、後三百年、神殿の礎を築いて見せよう。如何する?」

 傲慢なほどあでやかに、その女は笑った。誰もが己に伏すると疑わない、君臨する者の顔だった。


 が、内心の彼女は見た目ほど泰然としているわけではなかった。
 考えると恐ろしくなるので、何も考えないように必死に心がけてそれらしく振る舞っているだけであった。
 困った時は黙って顎を上げ、静かに見下ろすように見つめてやり過ごす。

 シャ、シャルロッテ、上手くできてるかな?

 無事相手は適当に解釈してくれているようではある。現れた瞬間に度肝を抜いた事で、どうやら上手く進んでいるようだ、が。

 怖くて死にそう……。

 リィナは気を抜くと震えそうな体を押さえて、ことさらゆっくりと、余裕があるように振る舞う。表情は無表情か、わずかな笑みか、ほんの少し機嫌悪そうにするか。
 姫巫女気取りでしゃべっているときは、何となくそれらしく振る舞いやすい。
 それにシャルロッテが太鼓判を押してくれたのだ。恥じる必要はない。

『行儀作法も、どこへ出ても恥ずかしくないほどになっておりますわ。あなたは神殿内で最も尊い姫巫女です。時代が変われば礼儀も変わりましょう。しかし、その時笑われたならば、その程度も知らぬのかと言ってやればよいのです。全てがあなたが正しく、間違っているのは相手と思いなさい。そのくらいの気持ちがなければ、必ず侮られます。何かを指摘された時、動揺を見せてはいけません。恥じらいを見せてはいけません。そういう時こそ微笑んで見下すように見つめて差し上げなさい。言葉を無理に見つける必要もありません。黙っていればそれだけで相手は姫巫女を相手にしたという事実を思い出し、黙ります』

 時の彼方にいる親友の言葉を思い返し、現在の自らをそうあろうと言い聞かせる。
 私は姫巫女。この神殿で最も尊い存在。恥じることなど何一つない。
 リィナは震えそうな体を何とか押しとどめ、ゆっくりとあたりを見渡した。ここからが、自らの未来をつかみ取るための正念場なのだ。
 その第一歩を踏み出したのだ。

 親友を思い浮かべながら、彼女の気高さを少しでもまねるべく、しっかりと背筋を伸ばして姫巫女たらんとした。
 これから、グレンタールに行くために力の限りを尽くさなくてはならない。その為にまずは心理的に自分の優位な状況を作り出さなければならない。
 神殿内で、自らの姫巫女としての地位を確立しなければいけないのだ。弱みをただ一つも見せてはいけない。付け入る隙を与えてはならないのだ。

 リィナは気を引き締めて、出来うる限りの「とても偉い姫巫女らしい様子」を心がけ、心の中の動揺とは裏腹に、艶然と笑みを浮かべた。
 向けられた問いかけにもぴしゃりと拒絶する。

「わたくしの名? 名など知って如何する。その方らが知る必要などあるまい? わたくしは、時渡りの神殿にある、唯一の時渡りの姫巫女。必要があるならば「時渡りの姫巫女」と呼べばよい。わたくしの名を、その方らが知る必要などないわ。くだらぬ」

 彼女は厳しく神殿の者を拒み、その存在の触れがたい高貴さを示した。
 偉そうに見えるための細かな技術は全てシャルロッテの受け売りである。行儀作法と一緒にたたき込まれた。良い見本が目の前にあったことと、その彼女と共に過ごした期間が、それを可能にした。実際あちらで練習していたのが最も功をなしているのだろう。

 実際やってみると、その効果は絶大だった。
 眼前に、全ての巫女と神官が触れ伏している。
 満足すると同時に、リィナはそれを恐ろしいと思う。一介の娘が手にしていい権力ではないのだ。
 けれど、これがリィナの選んだ道であった。
 今再び彼女は覚悟を決める。

 名実共に姫巫女となる。

 それはリィナがこの神殿内で生き抜き、そして望みを叶えるための手段だった。
 自分の知っている知識を出来る限り使い、「与える」形で、その情報を託宣する。リィナの言動に価値を持たせるのだ。その為に神殿はひれ伏し、従う。
 リィナの言葉に従う事が利益になると神殿側に思わせる事が出来れば叶う。

 そして、この神殿から出るためにも「扱いにくい存在」と思わせる事が大切なのだ。「留めたい」と思わせない事。

 せいぜい偉そうにして、嫌われる面倒な存在になった方が都合が良かった。
 怖くても、望みを叶えるその日まで、全うしなければいけないのだ。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星
恋愛
5人の楽しい兄弟姉妹と友人まで巻き込んだ、サマー子爵家のあたたかな家族のお話です。  「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー、  「のっぽのノッコ」に恋した長男アレックス、   次女キャサリンの「王子の夢を誰も知らない」、   友人皇太子の「伝統を継ぐ者」、  「聖なる夜をいとし子と」過ごす次男デビッド、   長女のブリジットのお話はエミリーのお話の中に入っています。   ※ 小説家になろうでサマー家シリーズとして書いたものを一つにまとめました。

処理中です...