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三幕
12 見えてきた未来
しおりを挟む初めての先読み以降も変わらずシャルロッテに力の使い方を習い続けていたが、リィナの力は安定しなかった。
何か共通点があるはずだと言われているが、それがどうしても掴めないのだ。
ただ、あれから、二度だけ先読みをした。
意図的にしたと言うわけではなく、やはり何の前触れもなく、突然に見える瞬間があるのだ。
見知らぬ神官達、そして見知らぬ景色、それから、その見知らぬ景色の中にいるヴォルフ。見えるのは、必ず神殿内部と見知らぬ土地にいるヴォルフだった。
それはどれもほんのひととき繋がる程度の先読みばかりで、見えた先がどういうところなのか、どういう状況なのかは分からない。ただ、見えた瞬間、不思議な感情が襲ってくる。けれど、共通点は相変わらず掴めないままだった。
この日も、それは突然に訪れた。
目の前で見えている物とは別の視界が突然に広がる。実際の視界が色あせ、代わりに外の景色が頭の中に広がり、先読みが始まる。
『リィナ』
緑が広がるその視界の中にヴォルフがいて、リィナの目を真っ直ぐに見て驚いたように呼びかけてきた。
「ヴォルフ」
嬉しくて泣きたくて、その腕に飛び込もうとして……そして、それが先読みが見せる幻の映像でしかない事に気付く。
かき消える先読みの視界と共に、突き抜けるような感覚が駆け抜けた。
先読みした時に襲ってくる感情であるが、今まで感じた物とは少しだけ違っていた。先ほどの先読みで感じた感情と全く同じ物を、リィナは今までに何度か感じた事があったのだ。
この感覚、知っている。
体全体が心臓になったように、どくんどくんと音を立てている。
これは、十年前のあの日、初めてヴォルフを見た時の、あの気持ち。
『懐かしい。愛しい。逢いたかった。やっと逢えた』
心がそう叫んだのだ。
それと、さっきの先読みの気持ちは同じ。
ようやくこの気持ちの意味がわかった。
なんでこんな簡単な事に気がつかなかったのだろう。
リィナは先読みで見たヴォルフの姿を思い出しながら、呆然と思う。
力が現れるきっかけなんて、たった一つしかなかったのに。
目がさめるような気がした。分かってしまえば、今まで気がつかなかった事の方が不思議だった。
リィナの力が発揮された時は、いつでもヴォルフが関わっていたのだ。
姫巫女役の修行で初めて力が発揮されたときも、ヴォルフの事を考えているときだった。
初めて時渡りをしたときも、ヴォルフに会いたいと願ったからだった。
三百年の時を渡ったのも、今ここにいるのも、ヴォルフを巻き添えにしたくないと願ったからだった。
一つ一つ取り上げて思い出しながら、全てが繋がって行く。
ああ、そうだ……。
リィナはふんわりと微笑んだ。分かると同時に力の流れが見えた。気付いてしまえば、確かに時の理が自分の中にあったのだと分かる。いつでも自分の中にあったのに、見えていなかっただけだった。
全ては、流れの中に。
こうして、ここにいる事もまた、自分がたどるべき道。
わかる。感じられる。
力は、こんなにもそばにあった物だったのだ。
ヴォルフを思うと感じる切なさといとおしさと、そして懐かしさ。
子供の頃、初めて舞台の上のヴォルフを見たときからずっと、ふとしたきっかけで思い出すように感じる、この不思議な感覚。
その感情もまた、時渡りの力だったのだ。
この愛しさも、切なさも、懐かしさも、今の、そしてこれから先の私が感じる気持ち。幼かった私は、ヴォルフに触発されて未来の自分の気持ちを先読みした。先読みして私の心が叫んだのだ、ヴォルフに会いたいと。
先読みで押し寄せてくる不思議な感情は、その時の私の気持ち。
リィナは力の流れの源を、だんだんと理解していく。
私の時渡りの力は、全てヴォルフに逢う為だけに紡がれる。この力を紡ぐためのきっかけは、ただヴォルフへの想い。
きっと私は、時渡りの力を必要としていない。だから、力を出す事ができないのだ。
リィナの大きすぎる力は、まさしく時の理に反する禁忌そのもの。だから力を呼び出すことを本能的に拒絶している状態だったのだと、時の理を見つけた今のリィナには分かった。リィナにとって力を使うと言うことは、まさしく忌避すべき物なのだから。
その禁忌を解く鍵はただ一つ。鍵のかかった力を使うための源は、ただ一つヴォルフを思う気持ちだけ。そのためだけに力は必要とされ、それが鍵となる。
シャルロッテ、わかったわ。
全ては必然。全ては流れる時のままに。
リィナはいつか彼女が言った言葉の意味を理解した。
時は満ちる。全ては導かれる時の流れのままに。
私は、帰る。
リィナは確信する。
大丈夫。私の未来はヴォルフと共にある。全ては、流れに任せたままあればいい。そうすれば、必ず、私の望む未来へと繋がる。時が満ちれば、必ず。そして、時が満ちるその時のために、私は今、私がここですべきことを成す。
これは運命。
今ここにあることさえも、必死にあがいて、生きた証。
それこそが用意された望むべき未来へと繋がる。必死に今を生きれば、諦めずあがけば、必ず望むべき未来へと繋がる。
ヴォルフ、私は、必ずあなたの元に帰ります。
リィナが時の理を感じられるようになってから、リィナがヴォルフのいる時に戻るための準備が、慌ただしく行われた。出来れば面倒は避けたくて、何とか神殿の外から時渡りをする機会を探ったが、やはりそれは叶わない。けれど、それでも良いと思えた。リィナには、神殿から時渡りをしなければならない理由も出来たのだから。
それがきっと神殿内部を先読みした意味。自分が歩むべき道をリィナはあの先読みで見たのだろうと思っている。ヴォルフの元へ戻るために、受け入れるべき未来なのだ。
決まってしまえば、時渡りを行う日はあっという間に決まり、そしてその日は間もなく訪れた。
「シャルロッテ。ありがとう」
別れの日、涙をにじませて大事な親友に抱きつけば、礼儀に厳しい誇り高い姫巫女が抱きしめ返してくれた。
「あなたが居ないと、きっと私はこの時を迎えられなかった」
「もちろんですわ。その為に、私が居たのですもの。私に逢うために、あなたはこの時代まで渡ったのですもの」
笑っているが、いつもの高慢にも聞こえる口調で言う親友の声もまた、震えていた。
二人の道が別たれるのは最初から分かっていた事だった。互いに寂しいとも悲しいとも言わなかった。これこそが互いの望みであったのだから。だから喜びを分かち合って、笑って別れるのだ。
リィナは支え続けてくれていた親友に感謝し、自らの望みを叶える。親友は自らの使命を全うしつつ、リィナの幸運を願い、そして喜ぶのだ。
「胸を張りなさいませ」
二年を過ぎる期間過ごした部屋を出る時、シャルロッテが誇らしげに言った。
「リィナ、あなたに出会えた事を、この時代の姫巫女として誇らしく思います。あなたの希有な力が、先の世で、善く使われる事を信じておりますわ。姫巫女としてのあなたの人生を、全うなさいませ」
「分かってるわ。シャルロッテが教えてくれた事を、忘れないから」
リィナはシャルロッテに約束するようにしっかりと肯く。
私的な会話は、もうこれが最後となる。
「ありがとう。シャルロッテに出会えて、幸せだったわ」
シャルロッテが涙をこらえた様子で肯いた。
「さあ、お行きなさいませ。あなたの望みを、果たしに」
リィナは二年間過ごしたその部屋に背を向けて、望みを叶えるために歩み始めた。
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