雨のち君

高翔星

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番外編 Life Story

最終話 雨のち君

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「え?楓ちゃんも?」

今日は終業式。部室の掃除にコートや備品の整備だけしての解散。

その帰りに楓ちゃんがファミレスでアルバイトをすると少し申し訳なさそうに教えてくれた。

「夏休み限定でね。やっぱお金全然足らんのよ。新しいラケットとかシューズも欲しいし。」
「そっか…。」
「ほんとゴメン!」
「ううん、謝ることないよ。」
「いやぁ実は…。」
「?」

すると後ろのほうから「ういーす。」と私の大好きな声が聞こえた。

遥だ。

「あ!」

大きく手を振って返した。

「おっす空、北條さん。」
「いい加減二人付き合ったら?」
「!」
「!」

付き合う!?

「か、楓ちゃん!!」
「北條さーん、デリカシーと言うものがあってだな。」
「あーはいはい。」

楓ちゃんは軽く咳払いをして真面目な顔になった。

「悪いんだけど来月の花火大会、二人で行ってきて。」
「え?」

何もそこまで気を遣わなくても…と思っている最中に楓ちゃんの言葉は続いた。

「週末混むだろうからって、その日休めないんだよ。」
「あれ?北條さんバイトかなにかするの?」
「うん、ファミレス。」
「マジで?」
「マジです。」

やっぱりアルバイトは大変だな。なんだか皆が遠くに行ってしまう様で寂しくもあり焦りも感じた。

「埋め合わせするから!マジでごめんなさい。」
「あ、あぁ。」
「うん…。」


そして約束の花火大会の日。本当は浴衣とか着たかったけど家に無く、いつもの私服で行くことにした。

初めて遥と二人でお出かけするからお化粧もちょっと頑張った。

待ち合わせは現地の駅前、凄い人混みで頭が回りそうだ。

「ふぅ…。」

待ち合わせの駅に着くと逃げるように人混みから離れる。

皆凄く楽しそう。そんな表情を見ているとこっちまで元気が出てきた。

へばってなんていられない!と意気込み改札を抜けた。

「空ぁー?」
「あ!遥ぁーこっちこっち!」

その人混みの中、遥が見えて飲み込まれそうになりながらこっちに気付いた。

「すげぇ人だな。」
「うん。びっくりした。」
「離れるなよ?絶対迷子になる。」
「う、うん。」

逸れない様に遥の傍から離れないように歩いた。

「へへ、何気に初めてかも。空の私服姿。」
「変かな?本当は浴衣着たかったんだけど。」
「全然!ちょっと子供っぽいけど。」
「もぉー!」

たまに意地悪を言われるけど全然嫌な気はしなかった。

「とりあえず河川敷に向かおう。つーてもこの人混みじゃあ直ぐには…。」
「無理かもね。間に合うかな?」

あと一時間も経たない内に花火が打ち上げる時間だった。

「ちょっと急ごうか。」
「うん。」

薄暗い夜がお店の灯りで凄く綺麗で賑わっている。もっとゆっくり見て回りたかったけど私達は河川敷に向かった。

「あ!りんご飴!」
「うわぁ焼きそば美味そー!」
「かき氷!」
「唐揚げの良い匂いぃ~。」

美味しそうな誘惑と戦う。

「落ち着いたら食おうな!今日は懐暖かいから!」
「うん!」

まだ特に何もしていないけど凄く楽しい。楓ちゃんには悪いけど三人じゃ多分感じれなかったかもしれない感情を噛み締めながら、私は思った。

(もしかして、楓ちゃんわざと…)

その瞬間、後ろの人に踵を踏まれ転びそうになる。

「わ!」
「おっと!」

直ぐに遥が支えてくれて転ばずに済んだ。

「あ、ありがとう。」
「大丈夫か?」
「うん。」

河川敷に近付いていくにつれ人混みがより一層激しくなってきた。

すると私の左手を遥が優しく握ってくれた。

「…こうしてれば大丈夫だ。」

暖かくて大きくて優しい。

ちょっと前の私ならきっと振り払ってしまうか固まっていたかもしれない。

けど今は。

「うん!ありがとう!」

純粋に嬉しくて堪らなかった。笑顔が止まらない。

「へへ、リードお願いします。」
「お、おう。任せろ。」

もう花火が打ち上がらなくてもいいかもしれない。

ずっとこうして、手を繋いで。

一日中こうしていたかった。

「あ!あそこ良いポジション!」
「え?どこ?」

河川敷には大勢の人が座り込んでいた。けど端のほうに二人分入れるぐらいの場所があった。

「ちょっと走るぞ。」

その場所を取られない様に手を繋ぎながら小走りでそこに向かう。

離れないように、離さないように、その手を握り締めた。

無事にそこに辿り着くと後ろにある木にもたれ掛かる遥。

「ふぅ、暑っ。」
「暗くてよく見えないね。」
「ん~。どっから打ち上げるんだろ。」

さっきまでの人混みより落ち着き、遠くから笛の音が聞こえてくる。

遥の手が少し汗ばんでいて拭いてあげようと鞄からハンカチを取り出そうとした瞬間。

一筋の光が上に昇りバン!と大きな破裂音が鳴り響き、それと同時に歓声が湧き上がった。

花火が打ち上がったのだ。

思った以上に近くで打ち上がり思わず驚いて固まってしまう。

(凄い…。)

生まれてからこんなに綺麗で豪快な花火を間近で見るのが初めてで口を開けっ放しで見惚れてしまっていた。

まるで今いるこの空間が夢の世界みたいに儚くて幻想的だった。

次から次へと色んな色、形の花火。

「凄い凄い!」

隣の遥を見ると花火じゃなくて私をじっと見つめていて直ぐに視線を花火に移す。

「もぉ、せっかく綺麗なのに。」
「あぁ。綺麗だな。」
「ちゃんと見ないと勿体無いよ。」
「…。」

静かになったと思ったらまた花火が打ち上げられ何回も大きな音が鳴り驚いてしまう。

その度に遥の手を強く握ってしまったけど離したくなくてずっと握り締めていた。

「あのさ、空」
「うん?」
「ん~…なんと言うか。」

歓声と花火の音でなかなか聞き取れない。

「え?なに?」
「良かったら……わない?俺ら。」
「ごめん聞こえないや、もう一回。」
「…いや、なんでもない。」
「え?」
「なんでもない!」


まるで太陽が意地悪しているみたいに毎日毎日が凄く暑い。

花火大会が終わってからの夏休み期間が寂しくて私は一人でテニスの練習をしている。

誰もいない反対側のコートにサーブを打ち、何回か買い換えたテニスボールに紐が付いていて打つ度に戻ってくる器具を使ったストロークの練習。

後は基礎体力作り。

最初は誰もいないけど一人で広場で連絡するのが怖かった。

けど楓ちゃんはファミレスでアルバイト、遥は車の免許を取るため泊まり掛けで講習場に。

二人が頑張っているから私もと言うのが大きかったかも知れない。

気付けば後十日もしない内に夏休みが終わってしまう。

それぐらい一人での練習もへっちゃらになっていた。

そして夕方になると帰りに楓ちゃんが働くファミレスに寄るのがお約束になっていた。

今はこれも一人でへっちゃらだった。

「いらっしゃ…ってまーた空か。」

お店に入ると楓ちゃんが出向いてくれた。これもいつもの光景になりつつある。

「えへへ。なんだか私大人みたいでしょ?」
「一人で来るイコール大人じゃないっての。」

席に案内されドリンクバーを注文する。

料金も安くてお財布に優しいし色んなジュースを飲めるからいつもこれ。

「じゃあごゆっくり~。」
「どもー。」

テニスバックから一冊の本とノートを取り出す。

私はこの夏休み期間にテニスだけではなく、料理も本格的に勉強しようと思った。

将来は調理の専門校に入るのも良いかも知れないと思えてきたからだ。

これも遥にお弁当を作ってみたお陰でそれを後押ししてくれたのは楓ちゃん。

やっぱり私にとってこの二人は大切な存在だ。いつも勇気をくれたり、やる気を起こさせてくれる。

本に書かれている重要そうな部分をノートに書き移し、渇ききった喉に氷を沢山入れたジュースを飲む。

こことはもっと違うと思うけど働きながら通える専門校もあるみたいだからお店の雰囲気を確かめる。

「働きながら勉強…凄く大変だよね。」

この私がと自分で思っちゃう程想像出来なかったけど、いつの間にか一人でテニスの練習したり、こうして一人でファミレスにも入る様にもなった。

楓ちゃんが居るからなんだけど。

でもゆっくりかもしれないけど自分に自信が付いている!

はずだった…。

夏休みが終わりテニスの秋季大会。結果は散々だった。

三年生が引退して後輩の私達だけの力で敵う相手じゃない他校とこと一回戦で当たってしまいストレート負け。

遥は「運が悪かった。」と言ってくれたけど折角応援に来てくれたのに申し訳無かった。

自信だけではどうしようも無い事を見せられた私は来年は絶対に勝つ約束を遥にした。

「そん時はもうここの生徒じゃないけどな。」と笑いながら言う遥に私はハッとした。

そうだ。来年の地区予選の時には三年生が卒業してしまうんだ。

別にどこか遠くに行ってしまう訳でも無いのに凄く寂しかった。

「ま!変わらず色んなとこ遊びに行こう。免許取れたし。車は…まだ買えないけど。」

変わらず…そう変わらずにずっと一緒にいたい。

でも、全然変わらないのはちょっと嫌かも。

もっと、遥の隣にいて相応しい女性ひとになれたら良いな。


「卒業生、退場。」

生憎の曇り空。年が変わって三月。外はまだまだ寒い。

この日、遥ら三年生達が卒業をする日。

泣いている生徒もいるせいか私まで泣きそうになった。

(遥、卒業おめでとう。)

初めて出会ってもう一年が経とうとしていた。

これまで本当に色々な景色を見せてくれた。

コンビニの前で助けてくれたあの日。
テニスを丁寧に教えてくれた部活動。
作ったお弁当を喜んでくれた昼休み。
初めて遥の家に上がらしてもらった日。
緊張と心配をいっぱいした地区予選。
好きの感情を再確認出来た遥が寝込んだ誕生日。
鮮明に蘇る二人で行った夏の花火大会。
テスト前に頭を抱えながら勉強したファミレス。
射的や食べ物屋さんとか色々回った文化祭。
小さなケーキとプレゼント交換したクリスマス。
神社に初詣しに甘酒とお餅も食べたお正月。

本当に沢山の、沢山の思い出を遥はくれた。

そして…。

「遥さーん!こっちこっち。」

卒業式が終わり楓ちゃんと正門の前で遥を見つける。

「おめでとう、遥。」
「ありがとう。…ってなんか大袈裟だな。」
「大袈裟じゃないよ!今日は卒業式なんだから。」
「まあそうだけどさ。」
「一生に一度なんだよ?」
「うん。」

すると楓ちゃんがわざとらしく咳払いをした。

「あのぉ私…。」
「消えなくていいから!」
「消えなくていいから!」

このやり取りが久しぶりで三人共笑ってしまった。

楓ちゃんは私に遠慮してか三人での行動を取らなくなって行った。

凄く寂しかったけど夏休みに始めたアルバイトを続ける事にしたみたいで部活動の両立が大変だからと言ってるけど。

(ごめんね楓ちゃん、ありがとう。)

一度あることを訊いたことがある。楓ちゃんは遥の事をどう思うか、と。

お金持ちじゃなきゃ無し!と笑ってたけど、これも楓ちゃんの優しさなんだと直ぐに分かった。

「ね?写真撮ろーよ写真!」

楓ちゃんは携帯電話を取り出し反対に向ける。

「ほら、二人寄って。入らないでしょ。」
「う、うん。」
「ん。」

カメラを切る音がし楓ちゃんが確認する。

「…。あぁ駄目、ぶれた。もっかい。」

再び三人が収まる様に並ぶ。

(あれ?)

さっきより携帯を上にかざしている様に見えたけど気のせいかな?

「うんうん、良い感じ。」
「いいなぁー。」
「ほんといい加減に携帯買ってもらいなよ。そしたらメールで送くるから。」
「よーし!」

そして帰ってから早速、お母さんとお父さんに携帯電話をお願いした。

高校二年にもなって持っていないの私だけだと子供が玩具をおねだりするみたいな頼み方になっちゃったけど、苦笑いしながら了承してくれた。

そして翌日に携帯ショップで買ってもらった。

なんと最新型のスライド式だ!ちょっと誇らしげになってしまう。

家に帰り説明書を読みながら早速楓ちゃんと遥の連絡先を登録する。

楓ちゃんに電話をするとビックリしていた。そんなに驚くこと無いのに…。

アドレスを教えてもらいドキドキしながらメールを打ち昨日の写真をお願いした。

すると連続で二件のメールが届いた。

「は、はやい!」

あまり見慣れない添付と書かれた文字にクリップマーク。これが説明書に書かれていた写真を開く所だ。

一つ見てみると綺麗に取れた三人の写真。

「あれ?楓ちゃんぶれたって言ってたけど。次って…。」

もう一件の写真を開く。

「あ!」

もう一枚の写真、それは前にいた楓ちゃんの旋毛つむじが少し写って後ろにいる私と遥だけがしっかりと移りこんでいる写真だった。

「楓ちゃん…。」

本当に楓ちゃんと言う友達を持てて嬉しかった。

そう思い、メールでその気持ちを打つとまた直ぐに返事が来て沢山のキラキラした絵文字だけだった。

思わず貰った写真を待ち受けにした。

ちゃんと三人で映っている、大好きな人二人と私のを。

それから携帯電話を持った私は遥と連絡する機会が増えた。あまり電話をし過ぎると通話料がかかるからメールで収めている。

遥は卒業後に少し離れた工場に就職し忙しい毎日でなかなか会えない。

けどメールのお陰で近くにいなくても満足だった。

だけど五月に入り二年生となった私と楓ちゃんのダブルスで地区予選を突破した時に来れなかったのは正直残念だった。

「奴は仕事を選んだか!」と楓ちゃんは怒っていたけど遥にメールで結果を伝えると珍しく電話で架けてきた。

『やったな、おめでとう!』
「ありがとう!」

まるで自分事の様に喜ぶ声を聞けて笑顔が止まらなかった。

『次の試合は来週だろ?』
「うん、土曜日。だけど雨降っちゃうかもだから日にちズレるかもって。」

天気予報が正しければその日の降水確率が九十パーセントだった。

『だよなぁ。俺さ、その日休みだから応援行きたかったんだけど。』
「えぇー?…残念。」

神様を恨んでしまった。なんでその日が雨なのかと。

『あのさ?もし試合が中止なったらどこか行かないか?』
「えっ!?」
『車、買ったんだよ。中古車だけど…。』
「行く!行きたい行きたい!」

神様ごめんなさい。本当にごめんなさい。

『ただ雨降ってたらどこも…。』
「どこでも良い!」
『え?』
「車なら雨関係ないよ?大丈夫だよ!」

聞き分けが無い子供みたいかも知れない。でも遥に久々に会えるなら雨が降ってようが関係無かった。

『じゃあ…とりあえずドライブって事で。』
「うん!」

私は悪い子だ、金曜日の夜に逆さまのてるてる坊主を沢山作って窓に飾った。

なんだこれはとお父さんが気味悪がってたけど許してと何回も謝った。

テニス部の皆、先生、楓ちゃんにも。


そして試合当日、効き目があったのか雨が強く降っていた。

本来中止になるのは現地で決まるのに、あまりにも強い雨のせいか朝早くに学校から電話があり中止になったとお知らせがあった。

「いいぃぃやったーー!」

小学生が台風で学校がお休みになり大喜びしている様に私ははしゃいだ。

直ぐにメールで遥に知らせると急いでクローゼットからお気に入りの白いワンピースを出した。

「うん、埃臭くもない!」

この間、楓ちゃんと買い物しに行った時に一目惚れしてテニス用品を買うために貯めてたお金でつい買ってしまった。

いざ着てみると

「お肌がちょっと出て恥ずかしいけど…いいや!」

するとメールが返ってきて待ち合わせ時間と場所が決まった。

十時にあのコンビニの前、私達の出会った場所だ。

わざわざ私の家に近い場所を選んでくれたけどそこは甘えよう。

時間が迫ってくるけどまだ一時間ぐらいある。

私は既に着替えて支度も万全、いつでも出かけれる状態だった。

一回外に出てみると少し雨が弱くなってきた。けれど梅雨独特の湿め湿めした暑さで肌寒くなかった。

「いいや、このまま出ちゃえ。」

傘を持ち、勢いで待ち合わせ場所に向かう事にした。

胸を踊わせながら歩いていると後ろから車のクラクションが鳴らされた。

「うひゃあぁ!す、すいません!」

ビックリして思わず振り返り頭を下げてしまった。

「左側歩かないと駄目だぞー!」
「…え?」

運転席から顔を少し出した…。

「は、遥!?」
「へへ。」
「え?!まだ時間…。」
「そりゃ空もだろ?さ、乗って乗って。」

急いで助手席に乗りシートベルトを締めた。

まさか遥も先に向かおうとしていたなんて。早めに出て良かった。と思っているのも束の間。

車の中で二人きりの空間に今さら緊張して何を喋っていいか分からない。

遥のほうも喋らないせいで変な間がしばらく続いた。

痺れを切らしたのか遥は車のコンポを操作して音楽をかけた。

聴いた事のある有名な曲だけどあまり詳しくないせいでまだ言葉が出てこない。

「そ、その格好。」
「は、はい!」

ようやく出た遥の言葉に驚いてしまった。

「可愛い、な。」
「…ありがとう。」
「…。」
「…。」

また沈黙。なんで?もっといっぱいお話しようと思っていたのに。

久々に見る遥に対して凄く緊張してしまう。

バレない様にゆっくりと運転している遥を見てみると。

凄く楽しそうな表情だった。それを見て安心したのか緊張の糸が緩んだみたいに落ち着いてきた。

「遥も格好良いよ、帽子。」
「ん?あぁサンキュ。安いけど。」
「ふふ。」

何気ない会話だけで凄く楽しい。このままずっと走り続けてほしい。そう思った瞬間。




道路の脇から一匹の猫が横切った。

悲鳴も出ない内に車が大きく曲がり、上半身が凄い勢いで前に出た。

肘や肩に強い衝撃、頭も痛い。

さっきまでの空間と真逆になるぐらい絶望の光景だった。

沢山のガラスの破片にクラクションがずっと鳴りっぱなし。

雨の音も次第に大きくなっていく。

「いっ…。」

身体中痛い。でも声が出せずいると弱々しい遥の声が微かに聞こえた。

「っ…ら。」
「!!」

遥の左腕がおかしな方向に向いて顔中血まみれだった。

凄く怖かった。身体の痛みより、もっと怖い事が起こりそうで。

ここから先の光景を見たくないと、強く思った。






















頭が真っ白の中、ワタシはゆっくりと目を開いた。

なんだろう、とても長い夢を見ていた気がする。

ここはどこ?隣で寝ているのは誰?

頭がずきずきと痛む。

重い身体を起こし辺りを見渡す。

「病院?」

なんでワタシは病院にいるのだろう?そもそもワタシは…。

その瞬間、隣に寝ている人から大きな機械音が鳴った。

「あっ…。」

亡くなってしまったのかな。こう言う瞬間をテレビとかで見たことある。

強烈な喪失感が襲ってくる。

誰かも分からない人なのにワタシはなぜこんな感情になっているのだろうか。

すると次々に白衣を着た人達がやって来る。

「いっ、井上さん!目を覚まされー」
「今はこっちの少年に!」
「は、はい!」

凄い剣幕で大人達が横の寝ている人を囲っていく。

また大きな機械を取り出し操作するとベッドが大きく揺らいだ。

それを何回も繰り返す。何回も。

「…。」

気が付くと、ワタシの目に一筋の涙が流れていた。

その光景はあまり見たくないと逃げる様に顔を反対側に向けた。

しばらくすると白衣を着た人たちが首を横に振り手を合わせていた。

その中の一人がこちらに目をやって近付いて来る。

「井上さん、大変残念ですが彼は…。」

すると部屋の外から大きな足音で走ってくる音も近付いて来た。

「空!遥さん!」

一人の女の子だ。

「空!!良かった無事…なん…。」

その女の子はワタシと目が合ったと同時に隣で眠ったままの人に気付く。

「え?…先生?嘘でしょ?遥さん…。」
「ご親族の方ですか?」
「遥さん?…遥さん!?」
「あの、キミは…」

大人達の制止を振り払い女の子が眠った人を揺さぶる。

「何寝てんの!?あんた空置いて逝くんじゃないよ!!」
「やめなさい!」

顔を涙でグシャグシャにしながら返ってこない言葉を待つ。

あの子は…一体。

「空!あんたからもっ!」

ワタシに向けて女の子が叫んだ。










「そら?」

ワタシの…事なのかな?

「…え?」

制止に入っていた大人が血相かいて再びこちらに向かって来た。

「自分のお名前、分かります?」
「名前…。」

ワタシの名前?え?…なんだっけ?

「嘘でしょ…。ふざけてる場合じゃ…」
「八かける四は?」
「えと…三十二。」

いきなり軽い問題を出された。それを何個か続けられた。

「落ち着いて聞いてください。井上空さん、あなたは記憶に障害を来しています。」

記憶に、障害?

「せ、先生!それってつまり記憶喪失てやつ!?」
「はい。強い衝撃のせいで脳内に影響が。脳卒中になる前触れかもしれません。さっそく手術の手配を。」

手術?今からするの?怖い…。

「空!私分かるよね!?楓、北條楓だよ!」

北條楓…その響きにどこか懐かしさを感じる。

「かえで…さん。」
「…そんな。じ、じゃあ遥さんの事は!?」
「キミ!あまり無理に記憶を!」

はるか…さん。かえで、はるか。かえで。はるか。

「うっ!」

さっきより数倍の痛さ…頭の中が凄く痛い!!!

「井上さん!やむ得ない!早く手術室に!」
「空!嫌だ!空あぁぁー!」

















一人は嫌だよ。




かえでちゃん。








はるか。















真っ暗な空間。耳を澄ますと時計の針の音が聞こえてくる。

あと雨の音、かな。

それに段々目が慣れてきた。ここはどこだろ?

ベッドで誰かが寝ている。

あれ?この感覚…どこかで。

「うわぁ…マジかよ。」

何か思い出しそうになった時、寝ていた人が気怠るそうに呟いた。

起きてるのかな?声、かけてもいいのかな?

「す、すいません。」
「…。」

返事が無い。また寝ちゃったのかな?

「すいませんっ。」

どこかも誰かも全く分からないのにワタシは何かを知りたくて彼に声をかけ続けた。

大きく息を吸い、耳元で叫んだ。

「すいませんっ!!」
「はっ?!」

突然飛び起きたからビックリして思わずテーブルの下に隠れた。

起き上がった彼は混乱している。

(あれ?今ぶつかったと思ったのに。それにテーブルにも。)

おかしいと思い隠れているテーブルの脚を触ってみると。

(えぇー?!触れない!?)

まるで幽霊にでもなったみたいだと思っていると違う人が乱暴に扉を開けて怒鳴りこんで来た。

凄い怒ってて怖かったけどここが何処か訪ねてみようと顔を出してみた。

真っ暗だから仕方ないけどこっちに全然気付かない様子だ。

(ワタシ、本当に幽霊…なのかも。)

と言う事は…死んじゃったって事?

にしても全然覚えていない。その瞬間も…自分が誰なのかも。

すると急に辺りが明るくなり誰かの部屋の中に居るのは分かった。

「だっ誰だ!?」

ワタシに気付いたのかさっきまで寝ていた人が尻餅を着いて驚いている。

その人の顔を見た瞬間、目の奥から光が入ったかの様に心までもが暖まるような感じになった。

事情を色々訊かれたけど正直に話した。

ますます混乱させてしまったけど。

でも存在に気付いてくれた彼にワタシは言った。

なんの根拠もないけど高らかに。












「私っ!!幽霊なんです!!」


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