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一章 総統閣下の茶飲み友達
9 その顔を、俺たちは全員見知っている。
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「レイン……」
「……そうだと、いうのならば。あなたの口から真実を聞きたい」
レインは真摯に俺を見つめていた。
その眼差しに――俺は、自分が勘違いしていたのかもしれないと思い当たる。
(もしかして、心配、してくれていたのか? だから、探していた?)
俺が2年前レインを襲い童貞を奪ったのは、嫌われようと思っての行動だった。
だから嫌われ、憎まれ、恨まれて当然だと、思い込みすぎていた。
でも今レインの目にあるのは心配と――安堵。
生きていてくれてよかったという暖かな気持ちだけが伝わってきた。
そこに想像していたような殺意はひとかけらも無い。
(なんで、そんなに優しいんだ)
急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
レインに想像以上に慕われていたらしい。
でも俺はレインにそんな風に思ってもらえるような人間じゃないんだ。
「お、俺は……」
「うん」
レインは穏やかに、根気強く俺の言葉を待ってくれた。
真実を話せばきっと受け入れられる。
『正義の味方』の下っ端になったことも、もしかしたら俺の2年前の悪行も許されるかもしれない。
でも、それだけは駄目だった。
レインに受け入れられる――それこそが俺がずっと昔から、恐れていることだから。
「俺は、レインを不幸にしたくない」
「……どういうことだ?」
顔を両手で覆い、呻くように吐き出した俺にレインが困惑した声をかける。
わからないだろう。わかってほしくない。
――俺には、レインに恋して以来どんなことをしてでも隠し通すと決めた秘密がひとつある。
知られないために離れるしかなかった。嫌われるしかなかった。
それなのに、レインはこんなにも俺に優しい。
やめてくれ。
これ以上好きになりたくない。
「俺は、お前の茶飲み友達……くらいでいられたら、良かったのになあ」
「なにを――」
レインが問いただそうとする、その声を遮るように室内が暗くなった。
窓の外に現れたものに光が遮られている。
「「伏せろ!」」
俺がレインを引き倒すと同時に、レインも俺を押し倒した。
瞬間、外から無数の銃弾が撃ち込まれ、窓や壁が円形に霧散する。
「<異能>の弾か……、っおい!」
レインが外に注意を向けた一瞬の隙にするりと抜け出し、すっかり外と繋がった窓へと走る。
「――ベス!!」
外には<異能>の力で奇妙なほど無音で飛ぶヘリコプター。
――そして、飛び込んでくる赤い影。
『刹那、無事ですか!』
「ベス、良いタイミング……!」
室内で素早く旋回したベスに飛びかかり、しっかりと掴まった。
長時間は無理だが数分であればベスは人を運ぶことができる。
バサリと力強い羽音を響かせ、外でホバリングするヘリに向かってビルを飛び出した。
『うわレインいるじゃないですか、両断がくる! 今落ちたらただで済みませんよ卵、卵持っておきなさい!』
「わ、空中で産むな!」
ベスがぷりぷりぷりと産む卵を空中で曲芸のように受け止める。
片手と両足をフルに使い、かろうじて3つの卵全てを確保した。
「両断は来てない――っていうか普通に追いつかれそう」
『私の全力に追いつく!? やはりあの子ども化け物では!?』
総統であるレインが身につけているのはベスの『身代わり卵』のように異能で生み出された特殊な品々。
衣類や靴に加工したそれらは非常に高価で扱いも難しい代物だが、使いこなすことさえできれば一時的に空を駆けることすら可能にする。
かつては神速の赤鳥とまで言われたベスのスピードは、俺という荷物を抱えていてすら大型バイクほど出ていた。
にも関わらず、レインはこともなげに俺たちを追ってくる。
(レイン、どうして――)
高価な道具を惜しげもなく使い、常日頃持っている余裕すら崩して追ってくるレインに胸が締め付けられた。
今すぐ全てを吐露し、許しを請いたいとさえ思う。
「刹那! 俺は、あなたに言いたいことが――……っ」
レインの凛とした声が風に流されてなお届く。
「……ッ! レイン……!」
とうとう俺も口を開いた。
しかし、その時。レインの表情が驚愕に変わる。
「刹、那……?」
『あれは……なんです……?』
レインとベスが同時に呆然とつぶやいた。
二人の視線を辿り、俺も前方――目前へと迫ったヘリの内部へ目を向ける。
「な……!?」
ヘリには操縦士の他にもう1人乗っていた。
開かれた後部座席。
アサルトライフルを手に、俺とベスを越え後ろのレインへと照準を合わせる男。
法律で重火器が禁止されているこの国で、ライフルなんてそう見るものじゃない。
――しかしそれ以上に"ありえないもの"がそこにいた。
風で乱れた黒髪に、だらしのない無精髭。
その顔を、俺たちは全員見知っている。
「俺――?」
そこにいたのは、かつての俺。
30歳をとうに越えた阿僧祇刹那。
ベスを炎から引っ張り出し、レインを拾い育てた、『悪の組織』所属の男。
俺がここにいる以上、そんなものがいるはずはない。
しかし事実、今ここに存在していた。
現実を受け止められず思考が停止する。
――その瞬間、銃声が響いた。
銃弾は俺とベスを避け、レインに向かう。
「レイン……ッ!?」
『あなたまで落ちる、早く入れ!』
伸ばした手は届かず、レインの体が落ちていく。
俺はベスにヘリの中へ押し込まれ、ヘリは無情にもビルから遠ざかっていった。
【つづく】
「……そうだと、いうのならば。あなたの口から真実を聞きたい」
レインは真摯に俺を見つめていた。
その眼差しに――俺は、自分が勘違いしていたのかもしれないと思い当たる。
(もしかして、心配、してくれていたのか? だから、探していた?)
俺が2年前レインを襲い童貞を奪ったのは、嫌われようと思っての行動だった。
だから嫌われ、憎まれ、恨まれて当然だと、思い込みすぎていた。
でも今レインの目にあるのは心配と――安堵。
生きていてくれてよかったという暖かな気持ちだけが伝わってきた。
そこに想像していたような殺意はひとかけらも無い。
(なんで、そんなに優しいんだ)
急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
レインに想像以上に慕われていたらしい。
でも俺はレインにそんな風に思ってもらえるような人間じゃないんだ。
「お、俺は……」
「うん」
レインは穏やかに、根気強く俺の言葉を待ってくれた。
真実を話せばきっと受け入れられる。
『正義の味方』の下っ端になったことも、もしかしたら俺の2年前の悪行も許されるかもしれない。
でも、それだけは駄目だった。
レインに受け入れられる――それこそが俺がずっと昔から、恐れていることだから。
「俺は、レインを不幸にしたくない」
「……どういうことだ?」
顔を両手で覆い、呻くように吐き出した俺にレインが困惑した声をかける。
わからないだろう。わかってほしくない。
――俺には、レインに恋して以来どんなことをしてでも隠し通すと決めた秘密がひとつある。
知られないために離れるしかなかった。嫌われるしかなかった。
それなのに、レインはこんなにも俺に優しい。
やめてくれ。
これ以上好きになりたくない。
「俺は、お前の茶飲み友達……くらいでいられたら、良かったのになあ」
「なにを――」
レインが問いただそうとする、その声を遮るように室内が暗くなった。
窓の外に現れたものに光が遮られている。
「「伏せろ!」」
俺がレインを引き倒すと同時に、レインも俺を押し倒した。
瞬間、外から無数の銃弾が撃ち込まれ、窓や壁が円形に霧散する。
「<異能>の弾か……、っおい!」
レインが外に注意を向けた一瞬の隙にするりと抜け出し、すっかり外と繋がった窓へと走る。
「――ベス!!」
外には<異能>の力で奇妙なほど無音で飛ぶヘリコプター。
――そして、飛び込んでくる赤い影。
『刹那、無事ですか!』
「ベス、良いタイミング……!」
室内で素早く旋回したベスに飛びかかり、しっかりと掴まった。
長時間は無理だが数分であればベスは人を運ぶことができる。
バサリと力強い羽音を響かせ、外でホバリングするヘリに向かってビルを飛び出した。
『うわレインいるじゃないですか、両断がくる! 今落ちたらただで済みませんよ卵、卵持っておきなさい!』
「わ、空中で産むな!」
ベスがぷりぷりぷりと産む卵を空中で曲芸のように受け止める。
片手と両足をフルに使い、かろうじて3つの卵全てを確保した。
「両断は来てない――っていうか普通に追いつかれそう」
『私の全力に追いつく!? やはりあの子ども化け物では!?』
総統であるレインが身につけているのはベスの『身代わり卵』のように異能で生み出された特殊な品々。
衣類や靴に加工したそれらは非常に高価で扱いも難しい代物だが、使いこなすことさえできれば一時的に空を駆けることすら可能にする。
かつては神速の赤鳥とまで言われたベスのスピードは、俺という荷物を抱えていてすら大型バイクほど出ていた。
にも関わらず、レインはこともなげに俺たちを追ってくる。
(レイン、どうして――)
高価な道具を惜しげもなく使い、常日頃持っている余裕すら崩して追ってくるレインに胸が締め付けられた。
今すぐ全てを吐露し、許しを請いたいとさえ思う。
「刹那! 俺は、あなたに言いたいことが――……っ」
レインの凛とした声が風に流されてなお届く。
「……ッ! レイン……!」
とうとう俺も口を開いた。
しかし、その時。レインの表情が驚愕に変わる。
「刹、那……?」
『あれは……なんです……?』
レインとベスが同時に呆然とつぶやいた。
二人の視線を辿り、俺も前方――目前へと迫ったヘリの内部へ目を向ける。
「な……!?」
ヘリには操縦士の他にもう1人乗っていた。
開かれた後部座席。
アサルトライフルを手に、俺とベスを越え後ろのレインへと照準を合わせる男。
法律で重火器が禁止されているこの国で、ライフルなんてそう見るものじゃない。
――しかしそれ以上に"ありえないもの"がそこにいた。
風で乱れた黒髪に、だらしのない無精髭。
その顔を、俺たちは全員見知っている。
「俺――?」
そこにいたのは、かつての俺。
30歳をとうに越えた阿僧祇刹那。
ベスを炎から引っ張り出し、レインを拾い育てた、『悪の組織』所属の男。
俺がここにいる以上、そんなものがいるはずはない。
しかし事実、今ここに存在していた。
現実を受け止められず思考が停止する。
――その瞬間、銃声が響いた。
銃弾は俺とベスを避け、レインに向かう。
「レイン……ッ!?」
『あなたまで落ちる、早く入れ!』
伸ばした手は届かず、レインの体が落ちていく。
俺はベスにヘリの中へ押し込まれ、ヘリは無情にもビルから遠ざかっていった。
【つづく】
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