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二章 総統閣下の探し人

1 「褒める時も産み付けるじゃん……」

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 執事然とした3人の初老の男に先導され、長い長い廊下を歩く。
 俺の頭の上にはベスが座りふかふかと揺れていた。

「レインは本当に大丈夫なんだよな……?」
『間違いなく、卵を受け取っているのを見ました。弾丸で1個、落下で1個、卵が代わりをしたはずです』
「良かった……ありがとうな、ベス」
『べ、別に、レインのためじゃないですからね』
「俺のため?」
『よくわかってるじゃないですか。はい卵』
「褒める時も産み付けるじゃん……」

 『悪の組織』ビルから逃亡時、レインが撃たれる直前にベスは俺を大きく揺らした。
 その拍子に俺が持っていた卵がレインへと飛び、レインも空中で間違いなく受け取ったという。
 それを聞きようやく胸を撫で下ろすことができた。

 ――ヘリは、俺に頼まれベスが呼んだものだ。
 ベスのとまり木を決まったタイミングで何度か引っ張ると、ある場所に緊急信号が送られるようになっている。

 これまで一度も使ったことはなかったが、ベスの部屋に行った時に使うよう頼んであったのだ。
 俺が『正義の味方』の元、大人しく薄給で働いていたのも、俺が消えて以降の状況の把握と緊急信号のためだった。

 しかし、あんなサプライズがあるとは聞いていない。
 かつての俺に似た男――あれはヘリの中で何を言っても無言で、視線すら虚ろでまるで人形のようだった。

 レインを撃ったあれが何なのか、企てたであろう人物に問いただす必要がある。

「こちらです」
「どうぞごゆっくり」
「主、阿僧祇様とベス様が参られました」

 三つ子の執事は長い廊下の突き当り、両開きの仰々しい扉の前で全く同じ仕草で礼をした。
 洗練された動きは一見するとロボットのようだが、俺は彼らが主を心から慕う血の通った執事であることを知っている。
 なにせ、長い付き合いなのだ。

「――久しぶりね?」

 扉が静かに開くと、無数のモニターがある広く寒々しい部屋に一人、幼い少女が立っている。
 今の俺の肩くらいまでしか背丈が無い可憐な少女はしかし、老練な大人の顔でニコリと笑った。


「ずいぶん様変わりしたじゃない。
『悪の組織』第13代総統、阿僧祇あそうぎ刹那せつなちゃん」


「あなたはお変わりないようで……いや、少し若返りました?
『正義の味方』2代目総司令官、蛸薬師たこやくしテトロさん」


 ――これは、世界でも数人しか知らないトップシークレット。

 数千年に渡り世界中で対立を続けている『正義の味方』と『悪の組織』。
 その2代目総司令官と第13代総統は――何年も前から同盟関係にあった。

 そして、レインを総統の座につけるために第14代総統に陥れられたという間抜けな第13代総統は、何を隠そうこの俺のことである。





「なぜレインに危害を? ヘリに乗っていたあの男はなんだ」
「わたしも聞きたいわぁ。2年前、突然姿を消したと思ったらどうして『正義の味方ウチ』にいたの?」

 無数のモニターが世界各地の『正義の味方』の活躍を映し出す中、俺たちの間ではバチバチと火花が散っていた。

 目的のために手を組んでいるとはいえ元は敵。
 俺はテトロさんのことを女狐だと思っているし、テトロさんも俺を狸親父だと思っている。仲良しこよしとはいかない。

 しかし、まあ、なんだ。
 俺は彼女のことが嫌いではなかった。

「手を組む時の条件だったはずだ。レインには手を出すなと」
「あら、まさか今も対等のつもり? あなたはとっくに総統の座を追われ、今や『正義の味方ウチ』の改造人間。対するわたしは総司令。元よりベスちゃんのオマケでしかなかったあなたが、何も差し出さずに交渉するおつもり?」

 幼い少女の姿でありながら妖艶に笑い、挑発するように見上げてくる蛸薬師テトロさん。
 名指しされたベスは我関せずと頭の上でふくふく丸まっていた。正直重いが、肩こりが一定以上になると産み付けられた卵が割れるから負担は少ない(服は物凄く汚れる)。

「――どうしても、わたしとお話ししたいと言うのなら」

 くるりと体を反転させ背を向けた少女は可憐にすら見えた。
 テトロさんは少しの沈黙の後、長く美しい金髪を小さな手で無造作にぎゅうと握りしめ、続ける。

「お茶……でも……どうかしら…………」
(声ちっさ)

 先程までの老練な雰囲気はどこへ行ったのか、もじもじと照れる子どもそのものの仕草で、消え入るような尻すぼみの声。
 俺は頭をかき、ベスを撫で、部屋の中を無意味に見回すなど多少勿体つけてから、頷いた。

「……いいですね、お茶」
「! いいわよね、お茶!」

 俺が頷くと、途端に振り向き喜色満面で見上げられる。
 ああ、これだから俺はこの女狐が嫌いではないのだ。

 この人、敵であるはずの『悪の組織』の者もひっくるめて――人間がめちゃくちゃ好きなのである。
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