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二章 総統閣下の探し人
2 人を備品扱いしちゃいけません
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ここは『正義の味方』の本拠地。
総司令官蛸薬師テトロが住まう、山一つ埋め尽くすほど巨大な施設だ。
総司令官専用の中庭に通されると、気の利く三つ子の執事によってお茶会の準備がすっかり整えられている。
「この紅茶好きでしょう? 取り寄せておいたの。あっもちろん先週届いた新しい物よ。今年の初摘みですって」
「俺、2年も消えていたのにずっと取り寄せてたんですか……?」
「え!? ち、違うの! 美味しいから! 美味しいから取り寄せてたの! 別にあなたのために準備していたわけじゃ……」
「ほうじ茶派でしたよね?」
「ほうじ茶派が紅茶飲んでもいいじゃない!!」
慌てふためくテトロさん。
執事が注いだ紅茶をふうふうしながら飲んでいるが、液体が注がれたティーカップは幼い彼女の身では重いようで指先が震えている。
到底紅茶を飲み慣れた人間の動きではない。
このティーセットだって、俺が彼女と手を組み、時折会いに来るようになってから揃えられたものだ。
威厳を保つべくツンツンした態度だが、おもてなしの心をひしひしと感じる。
「……美味い。久しぶりに飲みました」
「そう!? クッキーもあるわよ」
『もう無いです』
「ベスが全部食べました」
「ベスちゃん、あなた食の必要無いくせして良い食べっぷりじゃない! セバスチャン、おかわりを持ってきて!」
「はい、すぐに」
「おかわり用意してくれるんだ……」
テトロさんに対する地味な嫌がらせなのだろう、卓上に用意されたクッキーはベスが一瞬で口に含みバリバリと音を立てて食べきってしまった。
しかしテトロさんが手を叩くとすぐに執事が追加を持ってくる。
以前なら無くなったら無くなったで終わりだったのだが、久々に会ったためだろう。いつもより一段上のおもてなしの心を感じた。
「多忙でしょうに、相変わらずマメですね、テトロさん」
「まあね、伊達に長く生きていませんから」
――蛸薬師(たこやくし)テトロ。
異能は『年齢操作』"ランクSSS"。自分や他人を若返らせたり老けさせることができる能力。
見た目は可憐な少女だが、決して見た目通りの年齢ではない。
彼女は自らの<異能>を使い、100年以上『正義の味方』の総司令官を勤めている。
悪事を働いていればいい『悪の組織』と違い、悪事が起きてから動く『正義の味方』は監視に対応にと非常に多忙だ。
「……………………」
「寝てます?」
「ゴボッ! お、起きているわ! 寝てない寝てない」
総司令官ともなれば激務極まりなく、睡眠時間も削っているせいで気を抜くと眠ってしまう。
今も一瞬目を離した間にティーカップに顔を浸して眠っていた。
溺死しかけていたわけだが、普段は彼女の命を保つべく常に3人の執事のうちの誰かがついているため生き長らえている。
「まあ、テトロさんのそういうところは悪くないですよ」
テトロさんは自らを若返らせながらずっと総司令官を続けている。
理由はただ一つ、人間が好きだから。
ベス曰く、不老不死は強い孤独との戦いだそうだ。
置いていかれる悲しみ、愛しい者を看取る辛さに心は簡単に死んでいく。
それでも人間が好きだというこの人は、好きであればあるほど辛いはずなのにずっと一人で耐え続けてきた。
孤独を踏みしめ、愛する者のために力を奮う。
彼女こそ人類の守護者だと言っても過言ではない。
しかし、だ。
「とりあえず1つ、伝えておきたいんですが」
「何かしら?」
「改造人間ってなんですか。あれ倫理的にアウトすぎるでしょう。マスコミにリークしないのが対価です、俺の質問に答えてもらいますよ」
「…………え」
彼女には1つだけ大きな欠点がある。
人類を見守りつづけ、すでに数百年は生きているらしいテトロさんは――
「改造人間ってダメなの!?」
「ダメですよ!! しかも労働条件超ブラック!! あんた『正義の味方』の総司令官の自覚あるのか!?」
現代の倫理観が大きく欠如していた。
*
俺はこんこんと説教をしていた。
人を備品扱いしちゃいけませんとか。最低賃金以下で働かせちゃいけませんとか。
そもそも人を改造しちゃいけませんとか。
「で、でも、普通の人間をそのまま改造はしてないのよ? 元はクローン人間なの。ちゃんとお金を払って買ったDNAから造って、それを改造して成長させているだけ――」
「人間のクローンの時点で違法ですよ」
「えっそうなの!? いつできた法律? テトロ知らなかったぁ」
両頬に手を当てきゅるんと見上げられるが、全く心に響かない。
「かわいこぶっても違法は違法」
「……改造で自由意志を封じているのが駄目なのかと思ってた……造るのも駄目なのね」
「改造で自由意志を封じてる!?」
「あっそこはセーフ?」
「もちろん真っ黒ですよ。逆にどこがセーフだと思えた?」
「むつかしいのよぅ。倫理なんて時代によって全く変わるしぃ……」
めそめそ泣くフリをするテトロさんを執事の1人がすかさず慰める。
彼女の傍に常にいるこの3人もそうだが、『正義の味方』は基本的に総司令官の意志に背かない。
正義のためなら多少の犠牲はやむを得ないという考えのもと、違法行為であってもよほど一般人に被害が出るものでなければテトロさんの指令に右にならえをしてしまう。
「だから、倫理専門の部署を作って、新しいことをする時はそこを通せと何度も言ったでしょう!」
「作ったわよう。でも改造人間は刹那ちゃんと会うよりずっと前からやってたんだもの……。技術はどんどん新しくなるから昔のまでさらう余裕は無いしぃ……」
「長命ならではのトラブルだったか……」
改造人間の労働環境は、『正義の味方』の技術導入スピードに法整備が追いついていないのが原因だったらしい。
「改造人間については後でどうにかしてもらいますけど、それで、あの俺そっくりのやつは何なんです。あれもクローン? なんでレインを撃ったりした?」
「レインちゃんを撃ったのは本人確認のためよお。緊急信号を出したのがあなたという保証は無いもの。でもあなたの傍でレインちゃんに危険が迫ったりすれば、ベスちゃんが卵を使うでしょう? もし卵が確認できたら、ベスちゃんの傍の人を連れてきておっけーって操縦士に伝えてあったの」
「わざわざレインを危険に晒す必要があったか?」
「正直、罠の可能性が大きいと考えていてねえ。『正義の味方』が『悪の組織』の罠にかかったら、一矢報いないと示しがつかないじゃない。レインちゃんなら、狙いが外れたって報いとしては十分。まあ、当てる気ではいたけどね。本気じゃないと、嘘っぽくなっちゃうから」
この女狐め……と思うが飲み込む。
いくつか気になる箇所があったからだ。
「ベスの傍の人……とは妙な言い回しだな。俺の姿が変わっているのがわかっていたみたいに」
罠の可能性があったというのも不思議な話だ。
確かに俺は2年に渡り姿を消していたが、緊急信号の発信方法は死んだって口を割らない。『悪の総統』と『正義の味方』が繋がっているなんて、少しでも漏れれば世界中で暴動が起こる。
だから今の姿であっても、緊急信号を発信すれば本人と証明できると思ったんだが。
「だって、変なのよ。緊急信号は来るはずが無かった」
「……どういうことだ?」
「さっきのあなたの質問に答えることにもなるわね――セバスチャン、あれを連れてきて」
「はい。お連れしました」
3人の執事は全員セバスチャンと呼ばれているため誰だかはわからないが、執事の1人がいつの間にか外に行っていたようで、テトロさんが呼びかけた時に丁度戻ってきた。
セバスチャンに手を引かれ、連れてこられたのは俺そっくりなあの男。
人形のような虚ろな目で、手を引かれるがまま歩いている。
そこに自我が存在していないが如く、されるがままだ――まるで、機能停止させられた改造人間のように。
「これは、あなたよ」
「――どういうことだ?」
「そのままの意味よ。これは、あなたが失踪したとされる2年前『正義の味方』の裏口に転がされていた。
その時からこんな調子で、人格は無い。それでもDNAは一致したから、あなたで間違いない。
これは、あなた。
つまり――あなたはずっと、『正義の味方』にいたのよ」
総司令官蛸薬師テトロが住まう、山一つ埋め尽くすほど巨大な施設だ。
総司令官専用の中庭に通されると、気の利く三つ子の執事によってお茶会の準備がすっかり整えられている。
「この紅茶好きでしょう? 取り寄せておいたの。あっもちろん先週届いた新しい物よ。今年の初摘みですって」
「俺、2年も消えていたのにずっと取り寄せてたんですか……?」
「え!? ち、違うの! 美味しいから! 美味しいから取り寄せてたの! 別にあなたのために準備していたわけじゃ……」
「ほうじ茶派でしたよね?」
「ほうじ茶派が紅茶飲んでもいいじゃない!!」
慌てふためくテトロさん。
執事が注いだ紅茶をふうふうしながら飲んでいるが、液体が注がれたティーカップは幼い彼女の身では重いようで指先が震えている。
到底紅茶を飲み慣れた人間の動きではない。
このティーセットだって、俺が彼女と手を組み、時折会いに来るようになってから揃えられたものだ。
威厳を保つべくツンツンした態度だが、おもてなしの心をひしひしと感じる。
「……美味い。久しぶりに飲みました」
「そう!? クッキーもあるわよ」
『もう無いです』
「ベスが全部食べました」
「ベスちゃん、あなた食の必要無いくせして良い食べっぷりじゃない! セバスチャン、おかわりを持ってきて!」
「はい、すぐに」
「おかわり用意してくれるんだ……」
テトロさんに対する地味な嫌がらせなのだろう、卓上に用意されたクッキーはベスが一瞬で口に含みバリバリと音を立てて食べきってしまった。
しかしテトロさんが手を叩くとすぐに執事が追加を持ってくる。
以前なら無くなったら無くなったで終わりだったのだが、久々に会ったためだろう。いつもより一段上のおもてなしの心を感じた。
「多忙でしょうに、相変わらずマメですね、テトロさん」
「まあね、伊達に長く生きていませんから」
――蛸薬師(たこやくし)テトロ。
異能は『年齢操作』"ランクSSS"。自分や他人を若返らせたり老けさせることができる能力。
見た目は可憐な少女だが、決して見た目通りの年齢ではない。
彼女は自らの<異能>を使い、100年以上『正義の味方』の総司令官を勤めている。
悪事を働いていればいい『悪の組織』と違い、悪事が起きてから動く『正義の味方』は監視に対応にと非常に多忙だ。
「……………………」
「寝てます?」
「ゴボッ! お、起きているわ! 寝てない寝てない」
総司令官ともなれば激務極まりなく、睡眠時間も削っているせいで気を抜くと眠ってしまう。
今も一瞬目を離した間にティーカップに顔を浸して眠っていた。
溺死しかけていたわけだが、普段は彼女の命を保つべく常に3人の執事のうちの誰かがついているため生き長らえている。
「まあ、テトロさんのそういうところは悪くないですよ」
テトロさんは自らを若返らせながらずっと総司令官を続けている。
理由はただ一つ、人間が好きだから。
ベス曰く、不老不死は強い孤独との戦いだそうだ。
置いていかれる悲しみ、愛しい者を看取る辛さに心は簡単に死んでいく。
それでも人間が好きだというこの人は、好きであればあるほど辛いはずなのにずっと一人で耐え続けてきた。
孤独を踏みしめ、愛する者のために力を奮う。
彼女こそ人類の守護者だと言っても過言ではない。
しかし、だ。
「とりあえず1つ、伝えておきたいんですが」
「何かしら?」
「改造人間ってなんですか。あれ倫理的にアウトすぎるでしょう。マスコミにリークしないのが対価です、俺の質問に答えてもらいますよ」
「…………え」
彼女には1つだけ大きな欠点がある。
人類を見守りつづけ、すでに数百年は生きているらしいテトロさんは――
「改造人間ってダメなの!?」
「ダメですよ!! しかも労働条件超ブラック!! あんた『正義の味方』の総司令官の自覚あるのか!?」
現代の倫理観が大きく欠如していた。
*
俺はこんこんと説教をしていた。
人を備品扱いしちゃいけませんとか。最低賃金以下で働かせちゃいけませんとか。
そもそも人を改造しちゃいけませんとか。
「で、でも、普通の人間をそのまま改造はしてないのよ? 元はクローン人間なの。ちゃんとお金を払って買ったDNAから造って、それを改造して成長させているだけ――」
「人間のクローンの時点で違法ですよ」
「えっそうなの!? いつできた法律? テトロ知らなかったぁ」
両頬に手を当てきゅるんと見上げられるが、全く心に響かない。
「かわいこぶっても違法は違法」
「……改造で自由意志を封じているのが駄目なのかと思ってた……造るのも駄目なのね」
「改造で自由意志を封じてる!?」
「あっそこはセーフ?」
「もちろん真っ黒ですよ。逆にどこがセーフだと思えた?」
「むつかしいのよぅ。倫理なんて時代によって全く変わるしぃ……」
めそめそ泣くフリをするテトロさんを執事の1人がすかさず慰める。
彼女の傍に常にいるこの3人もそうだが、『正義の味方』は基本的に総司令官の意志に背かない。
正義のためなら多少の犠牲はやむを得ないという考えのもと、違法行為であってもよほど一般人に被害が出るものでなければテトロさんの指令に右にならえをしてしまう。
「だから、倫理専門の部署を作って、新しいことをする時はそこを通せと何度も言ったでしょう!」
「作ったわよう。でも改造人間は刹那ちゃんと会うよりずっと前からやってたんだもの……。技術はどんどん新しくなるから昔のまでさらう余裕は無いしぃ……」
「長命ならではのトラブルだったか……」
改造人間の労働環境は、『正義の味方』の技術導入スピードに法整備が追いついていないのが原因だったらしい。
「改造人間については後でどうにかしてもらいますけど、それで、あの俺そっくりのやつは何なんです。あれもクローン? なんでレインを撃ったりした?」
「レインちゃんを撃ったのは本人確認のためよお。緊急信号を出したのがあなたという保証は無いもの。でもあなたの傍でレインちゃんに危険が迫ったりすれば、ベスちゃんが卵を使うでしょう? もし卵が確認できたら、ベスちゃんの傍の人を連れてきておっけーって操縦士に伝えてあったの」
「わざわざレインを危険に晒す必要があったか?」
「正直、罠の可能性が大きいと考えていてねえ。『正義の味方』が『悪の組織』の罠にかかったら、一矢報いないと示しがつかないじゃない。レインちゃんなら、狙いが外れたって報いとしては十分。まあ、当てる気ではいたけどね。本気じゃないと、嘘っぽくなっちゃうから」
この女狐め……と思うが飲み込む。
いくつか気になる箇所があったからだ。
「ベスの傍の人……とは妙な言い回しだな。俺の姿が変わっているのがわかっていたみたいに」
罠の可能性があったというのも不思議な話だ。
確かに俺は2年に渡り姿を消していたが、緊急信号の発信方法は死んだって口を割らない。『悪の総統』と『正義の味方』が繋がっているなんて、少しでも漏れれば世界中で暴動が起こる。
だから今の姿であっても、緊急信号を発信すれば本人と証明できると思ったんだが。
「だって、変なのよ。緊急信号は来るはずが無かった」
「……どういうことだ?」
「さっきのあなたの質問に答えることにもなるわね――セバスチャン、あれを連れてきて」
「はい。お連れしました」
3人の執事は全員セバスチャンと呼ばれているため誰だかはわからないが、執事の1人がいつの間にか外に行っていたようで、テトロさんが呼びかけた時に丁度戻ってきた。
セバスチャンに手を引かれ、連れてこられたのは俺そっくりなあの男。
人形のような虚ろな目で、手を引かれるがまま歩いている。
そこに自我が存在していないが如く、されるがままだ――まるで、機能停止させられた改造人間のように。
「これは、あなたよ」
「――どういうことだ?」
「そのままの意味よ。これは、あなたが失踪したとされる2年前『正義の味方』の裏口に転がされていた。
その時からこんな調子で、人格は無い。それでもDNAは一致したから、あなたで間違いない。
これは、あなた。
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