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幕間 番外編

719号に献身 前編

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「怪しいな……」
『怪しいですね……』

 俺とベスは今、カラオケ店の個室でガラス扉の向こうに現れた人物を見て顔を見合わせていた。

 身なりはテーラーで仕立てたらしい上品なグレーのスーツ。
 スマートフォンを取り出して部屋番号を確認している動作にも気品が見て取れる。

 しかし、顔がサングラスとマスクで厳重に隠されていた。
 今日の気温は31度。
 正装もサングラスも見ているだけで暑そうだ。
 俺はもちろんラフなTシャツである。

 その上、薄暗いカラオケ店の廊下でサングラスだ。
 怪しい。怪しすぎる。

「お、入ってくるみたいだ――ということはやっぱり719号の引き取り希望の人か」
『そのようですね』
「……というか、俺多分あの人知ってるな……」

 俺とベスがカラオケ店にいるのは理由があった。
 歌うためではなく、人に会うためだ。
 リーズナブルで個室なら何でも良かったが、俺の体が今は19歳なので居酒屋は憚(はばか)られ、カラオケ店を待ち合わせ場所に指定した。

 ――719号を引き取りたいという、匿名の申し出があったからだ。

 改造人間719号。
 『正義の味方』によって生み出され、現在は俺の元で社会に出るための訓練を受けている改造人間達の一人である。

 『悪の組織』に預かられていた719号の身柄を密かに引き渡してもらい数週間経った頃、ポストに消印の無い手紙が入っていた。
 719号を引き取りたいという旨と共に書かれていた連絡先にメールしたところ、今日ここで待ち合わせることになったわけだ。

 改造人間は表立った存在ではない。
 まして719号という個人を知っている者は非常に限られているはずだった。
 だから一体何の陰謀なのかと警戒してベスと共に来てみれば、これだ。

「あー……Xさん?」
「ハ、ハイ……」
「…………犬飼誠司(いぬかいせいじ)さんですよね……『悪の組織』資材管理部の……」
「えっ!? どうして……」

 現れた人物に俺は見覚えがあった。
 犬飼誠司。37歳。
 <異能>は『気温操作』"ランクA"、周囲数mの気温を-30~50度程度に変化させられる能力。

 何を隠そう俺が勧誘して『悪の組織』に加入し、資材管理を任せていた男だ。
 資材管理が性に合っているからと昇進を断り、管理部部長の地位から動こうとしなかった。今も変わらず資材管理部にいるのだろう。
 人事的には困ったが彼の管理に間違いは無く、貧乏だった時代から大いに助けられ続けたものだ。

 そして、犬飼ならば719号を知っていることにも納得がいく。
 719号が『悪の組織』の管理下にあった間、面倒をみていたのは犬飼誠司だとレインから聞いていたのだ。

 犬飼は俺の膝の上でふくふくと丸くなるベスを見て目を見開く。

「そこにいるのはもしや"暁の神鳥"では……?」
「世の中似た鳥は沢山いるので」
「いないと思いますが……その雑なごまかし方、昔の上司を思い出します」
「似たごまかし方の人も沢山いるので。とりあえず、お掛けください」
「はあ……」

 身元がバレたことで犬飼はサングラスとマスクを外し、対面のソファに座った。

 変装は『正義の味方』に会いに来たのだから当然だろう。
 問題は、なぜそこまでして719号を引き取ろうと思ったのかだ。

「まずは、719号の面倒を見ていただいたことに感謝を。それから単刀直入に伺いますが、なぜ719号を引き取ろうと?」
「はい、結論から申し上げると、私は彼を養子として後見人になり、社会への参加を手伝いたいと考えています」
「ふむ」

 37歳の彼が外見的には20歳の719号を引き取るというのは妙な親近感が湧いた。
 俺とレインと近い歳だからだ。

 しかしだからこそ、苦労もよく知っている。
 719号は弱いとはいえ攻撃系の<異能>だし、精神も引き取って以来ぐんぐん育ったとはいえまだ5、6歳くらい。
 俺がレインを拾った時と同程度だ。

「私の<異能>は気温を操ることなので、彼の<異能>による影響は抑える自信があります。資産等についての資料はこちらに。一軒家に引っ越したため、彼のプライベートも十分に確保できます。近所には各種医療機関や公園も――」
「待て待て待て、話が早い上に美味すぎる。引っ越しってまさか719号を引き取るために?」
「もちろんです。人間一人引き取りたいと申し出る以上、最低限の誠意だと考えます」

 犬飼の目は本気だった。
 俺も犬飼との付き合いは長いから、彼が弱者を食い物にしたり弄ぶタイプではないと知っている。
 むしろ"ランクA"の能力者と思えない程に謙虚だった。
 仕事に対しても誠実で素行にも問題は無い。
 給料もあまり使わないのか、見せられた通帳は中々の金額が印刷されていた。

「――そこまでして、なぜ719号を。面倒を見ている間に、情でも湧きましたか」
「……まさしくその通りです。私は彼を愛してしまいました」
「ふむ……」
『さすがにいけませんね』
(そうだな、ベス)

 愛は自由だとは思うものの、まだ6歳前後の精神しか持たない719号と37歳の成人男性の仲を認めてやることは難しい。
 俺には719号の監督者としての責任がある。
 この話はこれで終わりだな、と思ったが、犬飼の話には続きがあった。

「ナインは――ああ失礼、719号だと味気が無いためナインと呼んでおりまして――あの子は、昔飼っていたネコチャ……猫に似ていまして」
「猫に」
「はい。あ、写真見ますか」
「あ、じゃあ、せっかくなので」

 頷くと、犬飼はブリーフケースからアルバムを出してきた。
 この時代にアナログのアルバムを持ち歩いているのか犬飼。

 開くと、たしかに719号に似た明るい茶色の毛並みの猫が写っている。
 ぐでーんと腹を出す姿、ご飯を食べる姿、抱き上げられて腕を突っぱねている姿、腕にしがみついて離さない姿――。

「可愛いですね」
「はい……彼女を失ってから私はひどいペットロスに苦しんでいました」
「それはご愁傷様です。いつ頃に……?」
「5年ほど前になります」
「あー……」

 確かに5年ほど前、犬飼がものすごく落ち込んでいるのを見て飲みに誘ったことがあった。
 飲みにといっても犬飼は猫好きだと噂で聞いており、喜ぶかもと猫カフェに誘ったのだが、それだけで泣き崩れたことがあったのだ。
 愛猫を失ったばかりだったのか。気の毒なことをした。

「申し訳ないことを……」
「え?」
「いや……ところで、なぜそれで719号を引き取ることに……。彼は見ての通り、猫じゃないのですが……」

 問いかければ、犬飼はひどく真面目な表情で姿勢を正した。

「話せば長くなりますが――」
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