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最終章後 番外編
ベス、ダイエットをする 後編
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「なあ、あの卵ってあんたが出したんだろ!?」
(うるせ~~~~~~!!!!!)
熱にうなされていた少年は薄っすらと意識があったようで、元気になるなり私を質問攻めにしてきたのだ。
「あれって<異能>だよな? それでずっと火の中にいても無事なの? 卵産むってことはメス?」
『……』
「助けてくれてありがとう。体が熱いのに寒くて、俺このまま死んじゃうのかと思ってたけど、やっぱり死にたくないなあって時にさ、触れた卵がひやっこくて、でも温かくて、力が出てきて――ああ生きられるんだって救われたんだ。だから本当にありがとう」
『……』
私が返事しなくても子どもは構わず話し続ける。
(次に近くの人間が来るのはいつだったか……早くこの子どもを見つけて回収してくれないものか)
「俺、あんたに興味出てきちゃった。名前とかあるの? あ、俺は刹那。阿僧祇刹那」
それから少年――刹那は、返事をしない私に向かって自分の話をよくするようになった。
変な人間に唆されて気まぐれでここに来たこと。
元は路上で生活していたこと。
自分の<異能>を厭うこと。
こんなにも小さな子どもが、自らの<異能>を厭い路上生活までするとは何があったのか。
私も自らの<異能>から逃げようとしている身だ。
僅かに、ほんの僅かに親近感が湧いた。
そんな私の数十年あるいは数百年ぶりかもしれない変化に刹那は気づいてもないだろう。
しかし彼は的確に――私が刹那に興味を抱いた瞬きほどの時間に、私が最も欲する言葉を投げかけた。
「あんたの<異能>、俺なら封じられるよ」
『――……!?』
それはありえないことだった。
この数百年、私がどれだけ『身代わり卵』を停止させ死を得る方法を渇望し求めたことか。
世界中回っても見つからなかったのだ。
自らを炎に投じながら、世界の終わりを待つ程度にはもはや諦めきっていた。
子どもの嘘だ、戯言だと流すべきだと理性は告げている。
しかしどうしても抗えない魅力があった。もし本当だったなら、世界が終わる日まで諦念と絶望の中を揺蕩わずに済むのだと思うと、私の百分の一も生きていない存在に縋り付きたくなる。
炎の中、私は刹那の前で初めて身を起こした。
少年は目が合うと微笑む。表情には子どもに似つかわしくない暗さが滲んでいた。
「……証明してみせようか?」
刹那は当然のような仕草で手を伸ばしてきた。だから翼を掴まれる時まで、反応が遅れた。
『火が……!』
「ッ……ぐ、ぅう……!!」
私を取り巻く炎が刹那の腕を炙る。
壮絶な痛みに襲われているはずだが噛みちぎらんばかりに唇に歯を突き立てて声を殺した刹那は、私を炎の中から引っ張り出し、その胸の内に抱き込んだ。
「一瞬、<異能>を停止しろ」
私が抱く熱が刹那の肌を焦がす最中だった。
近くで囁かれた刹那の声が耳に届いた――瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。
『あ……ああ、あ……!?』
感じたのは痛み。熱さ。だるさ。苦しさ。老い。
<異能>が未熟だった頃に感じた覚えがあるものから初めての感覚まで、様々なものが私の全身を襲った。
「……ベース、大丈夫?」
『い、今のは……本当、に……?』
刹那の言葉通り、『身代わり卵』が停止したのはほんの一瞬だったのだろう。
しかし長年感じなかったあらゆる感覚の奔流に無限の時間を体験した。
刹那は私が落ち着くまで背を撫で続ける。
なぜかその最中、頻繁に「ベース」と繰り返した。
「――俺は、精神に干渉することができる。多分すごく強いよ、あんたよりも。だからあんたが死にたいなら死なせてあげる」
『……!』
「ただし」
刹那は私に鼻先をつきつけていたずらっぽく笑った。
思えばあれこそが刹那の悪の総統としての道のスタートだったのだろう。
自分の目的のためなら他者の苦しみをも利用してやると、あの時少年は心に決めたのだ。
「ベースが死ぬのは俺が死ぬ時だ。俺の一生の間だけ、協力してくれ、ベース」
『……そのベースというのはまさか私のことですか』
この頃の刹那に私の言葉は伝わらない。ただの鳥の鳴き声に聞こえたはずだ。
しかしわざとらしく首を傾げてやったのが効いたのか、刹那は頷いた。
「あんたの名前わからないからベースって呼ぶことにした。野球って知ってる? 父さんに教えてもらったんだ。ベース……皆が帰る場所、基盤、皆で守る大事なもの」
いまだに痛みの余韻で震える私を、刹那はそうっと抱き締め立ち上がる。
「俺のベース。大事にするよ。俺が守る」
『守ってなんていりません。私は――死にたいのに』
「あはは、不満そうな声」
刹那は私を連れて下山した。
しばらくして渡した『身代わり卵』によって友の火で焼かれた腕は治ったのに、不思議と胸の痕は残り続けている。
刹那の火傷に近づくと友の気配を感じることができた。
きっとあの時。刹那が抱き締めた時。
私の半身として炎が刹那に移ったのだろう。
刹那は私の終の巣。私は刹那の翼。
こうして、刹那は私が痛みと苦しみの中で死ぬことがないよう炎の巣から引っ張り出し、私は刹那の孤独を癒やす半身となったのだ。
***
「ベスーおはようー」
『ふぅ……もう朝ですか』
いつの間にか夜が明け、屋根の上で背筋1000回をこなしていた私を刹那が呼びに来た。
羽ばたいて頭上に降り立つ。
「ベス、夜通し運動してたの?」
『ええ、まあ』
大事にする――なんて言っていたのに「言いにくいから」なんて理由でベースはすぐにベスになった。
今ではすっかりベスと呼ばれることに慣れきっている。
これまでの鳥生でつけられた名前の中で最も短い雑な響き。
しかしどうにも気に入ってしまっている。
「頭が軽い……すっかり痩せちゃったなあ」
『ふふん、これがベス流スーパーダイエットですよ』
一晩中限界を越えた運動を続けた結果、余分なカロリーをすっかり消費し私は元の完璧なフォルムに戻っていた。
無茶な運動をしたところで『身代わり卵』の効果によって負担はない。
しかし一晩中運動しているとどうにも過去の黒歴史を思い出して精神が疲弊した。
この体型を維持することを心に誓う。
最近は刹那のアルバイト先に行くことが多く、ついついスコーンやクッキーを食してしまっていた。
また、刹那とレインと共に食事していると必要ないというのにどうにも食が進んでしまう。
自制が必要だ。
「太ってるベス可愛いのになあ」
『私はかっこよくありたいんですよ』
「しゅっとしてても可愛いよベスは。でも球体みたいになったベスも可愛いと思う」
『どれだけ太らせるつもりですか……』
少年だった刹那はすっかり成長した。
しかし今でも無謀な無茶をするかよわきいのちだ。
「……なんで突然卵産んだ!?」
『かよわきいのち……守る……かよわきいのち……』
「どこでスイッチ入ったんだベスー!?」
刹那の頭の上に座りムリムリムリと卵を産み付けると、刹那は苦笑しながら受け止めた。
刹那相手ならいくらでも出る卵だ、適当に捨て転がしても問題ない。昔は質に入れたこともあったが今は特に必要としていないはずだ。
しかし刹那は取りこぼさないよう丁寧に拾った。
「レインが朝ごはん作ってくれてるんだ。食べるだろ?」
『…………少量なら』
「やった。ベスの好物にしといてって言ったんだ」
『もう太りませんからね!』
「えー」
刹那はおそらく平均以上に食べ物を大事にしている。
執着と言っても過言でないかもしれない。
路上で生活していた刹那にとって飢えは身近であり、食べ物は貴重なものだった。
その感覚が今も染み付いているのだろう。
刹那は大切な相手には何かと食事を摂らせたがる。
つまり、食べさせるという行為は刹那にとって最大級の愛情表現なのだ。
――俺のベース。大事にするよ
飢えて毒草さえも齧っていた刹那はそれでも言葉通り、私を大事にした。
苦労して調達した食事を常に半分かそれ以上私に与えたのだ。
食べ物に困らなくなってからもそれは続いた。
食事が必要ない私から根気強く好物を引き出し、食の楽しみを思い出させるほどに。
"幸せ太り"という言葉がある。
刹那は明確に口にしたことがないが、長い付き合いの中で何度となく意識しているのを察していた。
刹那は私が死ぬ時、幸福の中にいてほしいと思っているのだ。
炎の中で痛みと苦しみに苛まれながら死ぬのではなく、美味しいものを食べて沢山の人に囲まれて、痛みも苦しみもない中で死ぬようにと。
口にはしないが、刹那が私の余生をそのようにデザインしているのを察していた。
(大事にされていますねえ……)
我が終の巣は言葉を違えず献身的な愛情を注いでくれている。
それでもいつか死ぬ時、私はきっと後悔の中にあるのだろう。
"刹那をなぜもっと長生きさせてやれなかったのだ"と。
刹那が例えあと百年生きて大往生したとしても、かよわきいのちにもっと何かしてやれなかったのかときっと私は悔いながら死ぬのだ。
愛は一方通行ではなく、私から刹那にも向かっているのだから。
しかし後悔できることのなんと幸福なことか。
後悔するほどの相手を私は永い生の最後で再び見つけることができた。共に歩むことができた。支え合い、認め合うことができた。
全てが、私には二度と望めないと思っていた幸福だ。
(――だからこそ、太るわけにいかないんですよ)
私のお気に入りは刹那の上だ。
刹那は私の終の巣。
そして私にはいわゆる引きこもり癖がある。
休日は家で過ごす派だが、休日以外も大体家で過ごしたいのだ。
刹那の頭なり腹なりの上に乗ってふくふくと温める――私の趣味でありライフワークと言ってもいい。
だからこそ、私は自分の体型には特に強くこだわるのである。
かよわきいのちを長生きさせるために。
(太ったら、頭に乗れないじゃないですか)
長年連れ添う私達だが噛み合う所があれば噛み合わないところもある。
私の幸福な死を目指し食事を与える刹那と、刹那を長生きさせるために太れない私。
互いの愛情はこれからも噛み合わないだろうが――そんな余生も悪くなかった。
【番外編:ベス、ダイエットをする 完】
(うるせ~~~~~~!!!!!)
熱にうなされていた少年は薄っすらと意識があったようで、元気になるなり私を質問攻めにしてきたのだ。
「あれって<異能>だよな? それでずっと火の中にいても無事なの? 卵産むってことはメス?」
『……』
「助けてくれてありがとう。体が熱いのに寒くて、俺このまま死んじゃうのかと思ってたけど、やっぱり死にたくないなあって時にさ、触れた卵がひやっこくて、でも温かくて、力が出てきて――ああ生きられるんだって救われたんだ。だから本当にありがとう」
『……』
私が返事しなくても子どもは構わず話し続ける。
(次に近くの人間が来るのはいつだったか……早くこの子どもを見つけて回収してくれないものか)
「俺、あんたに興味出てきちゃった。名前とかあるの? あ、俺は刹那。阿僧祇刹那」
それから少年――刹那は、返事をしない私に向かって自分の話をよくするようになった。
変な人間に唆されて気まぐれでここに来たこと。
元は路上で生活していたこと。
自分の<異能>を厭うこと。
こんなにも小さな子どもが、自らの<異能>を厭い路上生活までするとは何があったのか。
私も自らの<異能>から逃げようとしている身だ。
僅かに、ほんの僅かに親近感が湧いた。
そんな私の数十年あるいは数百年ぶりかもしれない変化に刹那は気づいてもないだろう。
しかし彼は的確に――私が刹那に興味を抱いた瞬きほどの時間に、私が最も欲する言葉を投げかけた。
「あんたの<異能>、俺なら封じられるよ」
『――……!?』
それはありえないことだった。
この数百年、私がどれだけ『身代わり卵』を停止させ死を得る方法を渇望し求めたことか。
世界中回っても見つからなかったのだ。
自らを炎に投じながら、世界の終わりを待つ程度にはもはや諦めきっていた。
子どもの嘘だ、戯言だと流すべきだと理性は告げている。
しかしどうしても抗えない魅力があった。もし本当だったなら、世界が終わる日まで諦念と絶望の中を揺蕩わずに済むのだと思うと、私の百分の一も生きていない存在に縋り付きたくなる。
炎の中、私は刹那の前で初めて身を起こした。
少年は目が合うと微笑む。表情には子どもに似つかわしくない暗さが滲んでいた。
「……証明してみせようか?」
刹那は当然のような仕草で手を伸ばしてきた。だから翼を掴まれる時まで、反応が遅れた。
『火が……!』
「ッ……ぐ、ぅう……!!」
私を取り巻く炎が刹那の腕を炙る。
壮絶な痛みに襲われているはずだが噛みちぎらんばかりに唇に歯を突き立てて声を殺した刹那は、私を炎の中から引っ張り出し、その胸の内に抱き込んだ。
「一瞬、<異能>を停止しろ」
私が抱く熱が刹那の肌を焦がす最中だった。
近くで囁かれた刹那の声が耳に届いた――瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。
『あ……ああ、あ……!?』
感じたのは痛み。熱さ。だるさ。苦しさ。老い。
<異能>が未熟だった頃に感じた覚えがあるものから初めての感覚まで、様々なものが私の全身を襲った。
「……ベース、大丈夫?」
『い、今のは……本当、に……?』
刹那の言葉通り、『身代わり卵』が停止したのはほんの一瞬だったのだろう。
しかし長年感じなかったあらゆる感覚の奔流に無限の時間を体験した。
刹那は私が落ち着くまで背を撫で続ける。
なぜかその最中、頻繁に「ベース」と繰り返した。
「――俺は、精神に干渉することができる。多分すごく強いよ、あんたよりも。だからあんたが死にたいなら死なせてあげる」
『……!』
「ただし」
刹那は私に鼻先をつきつけていたずらっぽく笑った。
思えばあれこそが刹那の悪の総統としての道のスタートだったのだろう。
自分の目的のためなら他者の苦しみをも利用してやると、あの時少年は心に決めたのだ。
「ベースが死ぬのは俺が死ぬ時だ。俺の一生の間だけ、協力してくれ、ベース」
『……そのベースというのはまさか私のことですか』
この頃の刹那に私の言葉は伝わらない。ただの鳥の鳴き声に聞こえたはずだ。
しかしわざとらしく首を傾げてやったのが効いたのか、刹那は頷いた。
「あんたの名前わからないからベースって呼ぶことにした。野球って知ってる? 父さんに教えてもらったんだ。ベース……皆が帰る場所、基盤、皆で守る大事なもの」
いまだに痛みの余韻で震える私を、刹那はそうっと抱き締め立ち上がる。
「俺のベース。大事にするよ。俺が守る」
『守ってなんていりません。私は――死にたいのに』
「あはは、不満そうな声」
刹那は私を連れて下山した。
しばらくして渡した『身代わり卵』によって友の火で焼かれた腕は治ったのに、不思議と胸の痕は残り続けている。
刹那の火傷に近づくと友の気配を感じることができた。
きっとあの時。刹那が抱き締めた時。
私の半身として炎が刹那に移ったのだろう。
刹那は私の終の巣。私は刹那の翼。
こうして、刹那は私が痛みと苦しみの中で死ぬことがないよう炎の巣から引っ張り出し、私は刹那の孤独を癒やす半身となったのだ。
***
「ベスーおはようー」
『ふぅ……もう朝ですか』
いつの間にか夜が明け、屋根の上で背筋1000回をこなしていた私を刹那が呼びに来た。
羽ばたいて頭上に降り立つ。
「ベス、夜通し運動してたの?」
『ええ、まあ』
大事にする――なんて言っていたのに「言いにくいから」なんて理由でベースはすぐにベスになった。
今ではすっかりベスと呼ばれることに慣れきっている。
これまでの鳥生でつけられた名前の中で最も短い雑な響き。
しかしどうにも気に入ってしまっている。
「頭が軽い……すっかり痩せちゃったなあ」
『ふふん、これがベス流スーパーダイエットですよ』
一晩中限界を越えた運動を続けた結果、余分なカロリーをすっかり消費し私は元の完璧なフォルムに戻っていた。
無茶な運動をしたところで『身代わり卵』の効果によって負担はない。
しかし一晩中運動しているとどうにも過去の黒歴史を思い出して精神が疲弊した。
この体型を維持することを心に誓う。
最近は刹那のアルバイト先に行くことが多く、ついついスコーンやクッキーを食してしまっていた。
また、刹那とレインと共に食事していると必要ないというのにどうにも食が進んでしまう。
自制が必要だ。
「太ってるベス可愛いのになあ」
『私はかっこよくありたいんですよ』
「しゅっとしてても可愛いよベスは。でも球体みたいになったベスも可愛いと思う」
『どれだけ太らせるつもりですか……』
少年だった刹那はすっかり成長した。
しかし今でも無謀な無茶をするかよわきいのちだ。
「……なんで突然卵産んだ!?」
『かよわきいのち……守る……かよわきいのち……』
「どこでスイッチ入ったんだベスー!?」
刹那の頭の上に座りムリムリムリと卵を産み付けると、刹那は苦笑しながら受け止めた。
刹那相手ならいくらでも出る卵だ、適当に捨て転がしても問題ない。昔は質に入れたこともあったが今は特に必要としていないはずだ。
しかし刹那は取りこぼさないよう丁寧に拾った。
「レインが朝ごはん作ってくれてるんだ。食べるだろ?」
『…………少量なら』
「やった。ベスの好物にしといてって言ったんだ」
『もう太りませんからね!』
「えー」
刹那はおそらく平均以上に食べ物を大事にしている。
執着と言っても過言でないかもしれない。
路上で生活していた刹那にとって飢えは身近であり、食べ物は貴重なものだった。
その感覚が今も染み付いているのだろう。
刹那は大切な相手には何かと食事を摂らせたがる。
つまり、食べさせるという行為は刹那にとって最大級の愛情表現なのだ。
――俺のベース。大事にするよ
飢えて毒草さえも齧っていた刹那はそれでも言葉通り、私を大事にした。
苦労して調達した食事を常に半分かそれ以上私に与えたのだ。
食べ物に困らなくなってからもそれは続いた。
食事が必要ない私から根気強く好物を引き出し、食の楽しみを思い出させるほどに。
"幸せ太り"という言葉がある。
刹那は明確に口にしたことがないが、長い付き合いの中で何度となく意識しているのを察していた。
刹那は私が死ぬ時、幸福の中にいてほしいと思っているのだ。
炎の中で痛みと苦しみに苛まれながら死ぬのではなく、美味しいものを食べて沢山の人に囲まれて、痛みも苦しみもない中で死ぬようにと。
口にはしないが、刹那が私の余生をそのようにデザインしているのを察していた。
(大事にされていますねえ……)
我が終の巣は言葉を違えず献身的な愛情を注いでくれている。
それでもいつか死ぬ時、私はきっと後悔の中にあるのだろう。
"刹那をなぜもっと長生きさせてやれなかったのだ"と。
刹那が例えあと百年生きて大往生したとしても、かよわきいのちにもっと何かしてやれなかったのかときっと私は悔いながら死ぬのだ。
愛は一方通行ではなく、私から刹那にも向かっているのだから。
しかし後悔できることのなんと幸福なことか。
後悔するほどの相手を私は永い生の最後で再び見つけることができた。共に歩むことができた。支え合い、認め合うことができた。
全てが、私には二度と望めないと思っていた幸福だ。
(――だからこそ、太るわけにいかないんですよ)
私のお気に入りは刹那の上だ。
刹那は私の終の巣。
そして私にはいわゆる引きこもり癖がある。
休日は家で過ごす派だが、休日以外も大体家で過ごしたいのだ。
刹那の頭なり腹なりの上に乗ってふくふくと温める――私の趣味でありライフワークと言ってもいい。
だからこそ、私は自分の体型には特に強くこだわるのである。
かよわきいのちを長生きさせるために。
(太ったら、頭に乗れないじゃないですか)
長年連れ添う私達だが噛み合う所があれば噛み合わないところもある。
私の幸福な死を目指し食事を与える刹那と、刹那を長生きさせるために太れない私。
互いの愛情はこれからも噛み合わないだろうが――そんな余生も悪くなかった。
【番外編:ベス、ダイエットをする 完】
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