出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第二章  帝国編

第42話  目覚めた場所は………②

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姿シェイラとオーギュストが見据える中、
複数の足音が地下に反響する。
一人は迷いのない足取り、一人はかなり足音を消して歩いているようだ。
その後から荒っぽい足音もいくつか聞こえる。


(あとは……何かを引き摺る音?)


彼らの足音に混じって、ズズ……ズズ……と荷物でも引き摺る音が聞こえる。
やがてぼんやりとした明かりとともに、
足音の主が暗闇に姿を浮き上がらせる。


『!!?………貴様ら……仕事を果たしたなどと戯言をほざいたか!!?』


カンテラをを手に、開口一番そう怒鳴ったのが一人目の男。
歳は40を過ぎた頃だろうか。
金のかかった衣服に身を包み、肌は充分張りがある様子なのに、
でっぷりと迫り出した腹回りに顎の下にもたっぷりと無駄な肉を蓄えた肥満体が男を酷く醜くみせていた。

シェイラ達が今なおこの場に留まってその様子を正面から見ていることなど露とも気付いていないようで、空の牢の隅から隅まで明かりで照らして見回した後、再び背後の誰かを怒鳴りつける。

『そんな!確かにこの牢の中に放り込んだ筈ですぜ!?』

『そ、そうよ!っいい加減離しなさいよこのっ……!!』


慌てたように牢へと駆け寄り答えるのは身なりからして破落戸風の男と、
その男に引き摺られて文句をいうかの令嬢ー…ジョルダン嬢。
上階からずっと引き摺られてきたのか、
シンプルでも質の良さげなドレスが見るも無残に擦れたり破けたりしている。
頬にも強く叩かれた跡があり、満身創痍の体を醸している。


『現にこうして確認に来てみれば、いないではないか!!
これで仕事をしたとは、巫山戯ているにも程があるわっ!!
……忌々しい…やはり小娘など使えたものではないな。
折角ここまで引き摺ってきたんだ、こいつを放り込んでおけ!』


『へ、へい!!』



『なっ!はどうなるの!?
散々人をいいように使っておいてこれは…!!』

『“いいように使っておいて”?
それはちゃんと使いを果たしてから言って欲しいものだな。
元はといえばあの邪魔な女に手を下さなければいけなくなったのも、
お前が交流会でしくじったせいだぞ?
手間ばかりかけさせる……役立たずが!!』

『ッッガッ……』


容赦なく腹を蹴飛ばして、シェイラ達が入っている牢へと彼女を放り込む連中に、ギリッと唇を噛む。
こういう、人を人とも思わぬ扱いをする人間がシェイラはこの世で一番嫌いだ。
彼女が自分の誘拐に加担していることは明らかだが、
それとこれとは別なのである。

暫く呻き声を上げていた彼女はキッ!と眼前の男を牢越しに睨みつける。


『っ痛いじゃないこの豚野郎!!』

『ふん!何とでも吠えるがいい。
どうせ機をみて“処分”するつもりだったんだ』

『最初から…約束を守るつもりがなかったのね?』

『そもそも私はお前のような愚かな小娘と約束などした覚えはないわ。
貴様が約束だのとほざいて、偶々あの場にいたあのがお前の言葉に頷いたに過ぎん。
逆にあれをどうしたら約束できたと考えられるのか…だから貴様は愚かだというんだ。
分かったらそこで人生の終わりが来るまで静かにしていろ』

『っくっ………ふふふ、あははは!!』

利用されるだけされて、消される。
彼女の人生に終わりを宣告した豚野郎(おっといけない)……貴族の男性は嘲笑を浮かべて彼女を見下す。
が、不意に彼女が笑い出したのに太い眉を顰める。


『静かにしていろと言ったばかりではないか。
……気でも触れたか?』

『やっぱり!アンタみたいな豚が約束を守るはずがないってことぐらい
馬鹿な私でも分かってたわよ!!
母様を犯して捨てた最低な男…アンタなんか最初からあてにしてなかったけれど、
念のため、万に一つも約束を果たしてくれるかもと思ってあの娘を連れ出すのにも協力しただけ…。
死ぬなら死ぬで別に構わないわ、
アンタとこの身体なんてどうでもいいもの!

ー…でもね』


一度言葉を切ってニタァ……と不気味な笑みを浮かべた彼女は、
心底軽蔑した眼差しで男を睨めつけたまま、言った。


『こんなこともあろうかと、アンタが今までしてきた仕打ちも、今回の企みも。
全部ぜぇんぶ書きだした書類と証言の紙を私の侍女に持たせたわ。
私が戻らなければ全て皇帝陛下に届けるよう言い含めてね!!』

『なんだとっ!!?』

に届けてもらおうとも思ったけれど、
彼が身動きが取れないこともアンタ達から薬を買っていることも知ってるもの。
アンタ達を裏切れないかもしれない…だったらいっそ、アンタ達を道連れにしてやるわ!!』

『っなんてことをしてくれたんだこのクズ!!
くそッ!おいお前達、急ぎ後宮に忍び込んでこいつの侍女を始末してこい!
勿論書類はその場で破棄だ急げ!!!』

『くふふ!なぁにをそんなに慌てているのかしら。
良かったわねぇ?書類にはくっきりはっきりと貴方の名前が記載済みよぉ~?
これであとはここを逃げ出した陛下のの証言も加われば……
先に人生を終えるのは私とアンタのどっちかしらねぇ…!!?』


『クソクソクソ!!お前達急げ!
何のためにいつも馬鹿高い金を払っていると思ってる!!』

『い、いやでもですね旦那!
あのシェイラとかって令嬢を拐って
今頃出入りのチェックと警備は厳重になっててとてもじゃないが入れな』

『ええい煩いっ!!
おい翁!貴様のはまだ宮にいるだろう!?
繋ぎをつけて始末に協力させろ!!』



そこで初めて、男の後ろに立っていた老人が言葉を発する。
改めて明かりに照らされたその老人は、
困った困ったと呟きながら呑気な笑みを浮かべている。

『ほっほ。さて困りましたなぁ、
まさか貴方様が小馬鹿にしていたにしてやられようとは…。
これは少々骨が折れますぞ?
料金を上乗せしてもらわんことには孫にも頼み辛うてですなぁ』

『金だと!?
そんなもの後でいくらでも払ってやる!
そうだついでに逃げ出した女も捕まえてこい!!
今すぐにだ!!』

『本当にせっかちなお方じゃの?
それに、……ですかな?』


(!!?)



そう呟いて目を細めた。
まるで姿を消しているシェイラが見えているかのように。
背中に冷たい汗が伝う。
暫くこちらを見つめていた老人だったが、
早くしろ!!と男の急き立てる声にもう一度ほっほ!と笑い声を上げて、
男と共に地下から離れていった。
こちらに愉快げな一瞥を残して。



(怖い……あの老人は本当に)
人なのだろうか?

好好爺然としているのに、あの目を見つめ返していると怖気が走る。

辺りに静寂が戻り、同じ牢内へと入れられた彼女も嘲笑う対象を失って冷たい床に腰を下ろし、膝を抱えて蹲る。


『本当…馬鹿よねぇ、豚野郎も、私も………』

はぁ~…と心底深いため息を吐く彼女を何ともいえない表情で見つめていると。


【ボーッとしているところ悪いんじゃがの…
そろそろここを出んかシェイラよ】

『ぴゃっ!?』

『ヒッ!!?』


遠慮がちに、だけど唐突に頭に響いたオーギュストの声に、
ジョルダン嬢とほぼ同時に


『なっ……!なっ………!』

(あ。)


声を上げたことにより魔法が解けてしまい、ジョルダン嬢の前に姿を露呈したシェイラ。
パクパクと魚の如く口を開閉するジョルダン嬢が、息を深く吸い込んだのを見て、
思わず彼女の口を手で覆う。


『ご、ご機嫌よう?(超小声)』


『んーーーーーーーー(何でアンタがここにいるのよぉー)!!!?』



突然現れたシェイラにパニックを起こした彼女を前に、
随分と間抜けな挨拶もあったもんですわ、と乾いた笑いを浮かべたシェイラだった。


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※作者多忙につき、更新が遅れておりますm(_ _)m
次回第43話、“脱獄成功(プリズンブレイク)?”は今夜遅くか明日の朝に更新予定です!!









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