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校医、澤北優の内科検診
痣
しおりを挟むside:咲
翌週、わたしは健康診断の内科検診の列に並んでいた。
カーテンで区切られた簡易の診察室が6つほど並んでいる。この時期の体操着の薄着は寒い。
半袖の裾ギリギリのところに痣ができてしまって、寒いふりをして隠しながら順番を待っている。
保健室での約束から3日が経ったが、お昼ご飯は井田先生にお世話になりっぱなしという結果だった。
井田先生は、そんなわたしの家庭事情について、深くは聞いてこない。探りを入れてくることはあったけれど、わたしが答えたくない雰囲気を出すと直ぐに引いた。
その代わりに、放課後、井田先生に生き物の世話に誘われて、学校にいる動植物について、少しずつ教えてもらった。
井田先生が言っていたイチゴも、本当になっていて、少し食べさせてもらって、感動した。
動物に触れるだけで、草木の中に身を委ねるだけで、こんなにもほっとするのかと、家に帰る前の嫌な気持ちを少しだけ減らすことができた。
休みの日に家にいたくない日も、部活がある生徒に紛れてフラっと現れて、井田先生を見つけると手伝いを申し出た。
春はいろんな作物を育て始める時期で、今年はキュウリとナスの苗を植えた。学校にある小さな畑で作業をする。井田先生は慣れた手つきで畑を耕し、それがとても新鮮だった。
来月はプランターに朝顔の種を植えるらしい。
それもすごく楽しみだった。
そんなことを考えている間に、順番は直ぐにまわってくる。
「白河咲さん、2番の部屋へどうぞ」
カーテンをめくった看護師さんがわたしの方をみてにっこりと微笑む。
わたしは小さく返事をすると、カーテンの中に入っていった。
カーテンをくぐって、用意されていた椅子に腰掛ける。女性の先生がよかったなぁ……と思うが、仕方ない。
中にいたのは無造作に伸びた髪の毛をひとつに束ねた男性の先生だった。白衣についた名札に「桜堂大学病院 小児科 澤北 優」と記されている。
この学校と提携している大学病院からの医師だった。
よく見ると若いし、顔が整っていることに気づいて俯いた。
「名前は?」
先生に名前を確認され、「白河咲です」と返事をする。
先生は看護師からカルテを受け取ると、わたしと向かい合って、あらかじめとっておいた問診票と同じことを聞いた。
異常なしの欄に淡々とレ点を打っていく。
「じゃあ、胸の音聴くから、服まくってくれる?」
発された言葉から少しの間を置くことなく、「ごめんね」と言いつつ、看護師さんがわたしの体操着に手をかけた。
今日だけでも数十人という生徒の胸の音を聴かなくてはいけないから、急がないといけないのもわかるけれど……。
「あっ……」
まだ膨らみきらない胸と、それ以上に、無防備に晒された肌の痣を見られたくなくて、小さな声が出る。何事もないかのように振る舞いたかったが、動揺してしまった。
先生からの視線が恥ずかしい。
看護師さんが息を飲むのがわかる。
心臓の音が少し早くなるのを感じた。
医師は表情ひとつ変えずに、真剣な目をして聴診器を胸に当てていく。
「深呼吸できる? 大きく吸って」
言われた通りに息を吸う。
「吐いて」
早く終われと祈る他、無かった。
先生の目が鋭くて、少し怖い。
「次、背中ね」
まだあるのか……と反射的に思ったが、仕方ない。
先生がそう言うと、丸椅子が回転して、今度は背面の方から体操着を捲られる。
普段、生活していて見えないところ。
そこが、痣の刻まれる場所だ。
きっと先生の目には、わたしの背中にある無数の痣が映っている。
先生は背中に聴診器を当てながら、さっきと同じように深呼吸を促す。
痣について問い詰められたりしたらどうしようと震えそうになった。
でも、隠すことも抵抗することもしなかったのは、わたし自身も誰かに気づいて欲しかったからかもしれない。
先生は声を潜めると、わたしの目を見てきいた。
「痣、どうした? 痛いか?」
とうとう来てしまったその質問に、困惑して俯く。本当のことを言うのをはばかられて、適当にぎこちない笑顔をつくりながら、
「……痛くないです! 転んだりぶつけたり、しました」
体操着をいそいそと整えながらはっきりと言った。
「そうか」
先生は、全てを見透かす、井田先生と同じ目をしている気がした。
わかっている、自分でも転んだりぶつけたりしただけじゃ、こんなに痣ができないことを。
だからこそ、言いたくないのだ。
先生は持ってきていたバッグのなかから、モニター付きの小さな機械と、ジェルを取り出しながら、わたしに言った。
「そこに簡易ベッドあるから、仰向けになって。エコーで検査するぞ」
「え……?」
不安になってためらっていると、看護師さんにも急かされる。
「大丈夫、ちょっと機械で詳しくお腹を診るだけだから。すぐ終わるよ」
渋々靴を脱いでベッドに横になった。
体が微かに震える。
看護師さんが、わたしの体操着を胸の下までたくしあげた。
「この痣が、君の体の中を傷つけてないかだけ、機械を使って確認させて欲しい」
先生の手が痣に触れながら言う。体に触れられたことに対して、反射でビクッとしてしまった。
その痣は小めだったが、みぞおちの辺りにあって、比較的新しい。
これから始まる検査で、変な結果が出たらどうしようと、顔を強ばらせた。
「少し冷たいよ」
先生がそう言うと同時に、ヒヤッとしたジェルが、お腹の上の方に塗られる。冷たくて息が止まりそうになった。
「大丈夫、痛いことしないから力抜いて」
先生は、そういうと痣に沿ってそっと機械を滑らせる。
「うぅ……」
その感触の気持ち悪さに思わず声を漏らした。
モニターを真剣に見つめる先生の顔が怖い。
検査は数分で終わり、看護師さんが暖かいタオルでお腹についたジェルを拭き取った。
「異常なし。念の為、お腹に痛みが出たり吐いたりしたら、学校の先生に言うこと。わかったか?」
検査の結果に少しほっとしていた。
先生はわたしが静かに頷くのを見届けた後に、解放の合図を出す。
「次、行って良いよ」
わたしは先生からカルテを受け取って礼を言うと、急いで立ち上がり、カーテンの外へ出て行った。
とりあえず何ともなくて安心はしたものの、痣のことが気になった。井田先生にも報告されちゃうのかな……。親に連絡が行ったらどうしよう。
心臓がどきどきするのを抑えながら、次の検診を確認して、逃げるようにその場を立ち去った。
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