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隠しきれないもの
優の秘密
しおりを挟むその夜は、早めに布団に入った。
咲は、病院で目が覚めてからも、ぼんやりとしていて、家に帰って来てからもずっと寝ていた。
春斗がかろうじてご飯を食べさせて、薬を飲ませる。咲自身にも、相当つらい治療になっていたことに、嫌でも気づかされた。
春斗は、そんな咲を心配そうに見つめる。
いつもは見せない、不安な表情をしていた。
夜、咲がベッドでぐったりと休むのを確認した俺と春斗は、そのまま布団に入った。
疲れたのに眠れない。
お互いがそう感じていたと思う。春斗が、急に、ぽつっと口にした。
「ねぇ、優……。咲に本当のこと、いつ話すの?」
きっと、今日、早乙女先生に親みたいだと言われたことが、お互いの心に引っかかっていた。
一緒に暮らして3ヶ月が経とうとしている。
傍からみた俺たち3人家族が、どんなものなのか、今日、初めて第三者の目を通して知った。
「咲がまだ、精神的には安定してるとは言えない。時々、眠れなくてこの部屋に来る。トラウマを抱えてるのは見ればわかる。本当のこと告げて、記憶を刺激したらと思うと……心配なんだ」
仰向けになっていた俺は、春斗に背を向けるように寝返りを打つ。
違う。
心のどこかで、俺が、俺に向けて、声を上げる。
春斗に背中を向けたのは、春斗から本当のことを突きつけられるのが怖かったからだ。
母親を憎む咲。咲が、俺との本当の関係について知ったら……咲は、俺を軽蔑するだろうか。
早く、早く眠りにつけるように、目を瞑る。
しかし春斗は、俺の心の中に、しっかりと踏み込んできた。今しかないと言うように。
「それは違うよ、優。優が、怖いんでしょ?」
なんでもないような声で、核心をつかれて、息が止まる。ため息をつくかのように、ゆっくりと息を吐いた。
春斗は、俺の背中にぶつけるように、言葉を選んだ。
「例え咲が、母親を憎んでいたとしても、それがそのまま、優への憎しみになることはないだろ」
春斗の言葉は、こぼれそうな俺の心を掬っていた。無言で、言葉を受け止め続ける。
「言わずにずっと、このままって手もあるけれど。きっと、母親も咲を痛めつけた男も、もう二度と咲の前に現れないでしょ。咲が望まない限りは」
言わないなんて選択はできない。
咲の母親のことも、父親のことも教えた上で、今の家族3人を続けたかった。
「男の方は懲役5年。母親の方は親権剥奪、咲との面会は禁止。あいつ、俺が医者になったってきいて、病院乗り込んできたしな……」
『白河咲』
俺は、その名前と体の傷を見た瞬間から、嫌な予感はしていた。
俺の両親は、俺が大学に入ってから離婚した。
酷い母親だった。
外で男を作って、取っかえ引っ変えしているのは、物心ついた時から薄々気づいていた。
俺はほとんど、父親に育てられた。
離婚する間際、母は妊娠していた。当然、外の男と出来てしまった子どもだろう。
父は、離婚すると決めたとき、母のお腹の中にいた子どもも保護しようとしていた。
確実に自分の子どもではないそのお腹の子を、引き取ってから離婚しようとしていた。
俺は、父がどうしてそこまでして、母のお腹の子を引き取ろうとしているのか、わからなかった。
最初は、勝手にさせればいいと思っていた。
父は俺に、こう言っていた。
「俺の子じゃないのはわかってるよ、でもあいつが産んで、まともに育てられるとは思えない。生まれたその瞬間から、酷い将来が待っているとわかっているなら。それなら、俺が保護して育てたい」
血が繋がっていない、まだ生まれてもいないその子を、父は想っていた。
だが、それは叶わなかった。
叶わぬまま、父はその5年後に、病気で死んだ。
最期の最期まで、母のお腹にいた子どもが心残りだった父は、死に際に言った。
「優……。お前の母親のお腹の中にいた子は、今のところ生きている。この先、巡り会うことがあったら……、優、サキのことを頼む。お前の妹だ」
『サキ』と言っていた。
父から、名前を聞いたのは、その1度だけ。
母親の旧姓は『白河』。
『白河咲』
俺と咲は、母親を同一にする、兄妹だった。
咲と学校の健康診断で会ったとき、父が言っていた「酷い将来」に、すでに身を置いていた。
咲のその姿を見て、亡くなった父を想った。
何としても、守らなければ。と。
咲が入院してから、咲の母親が病院に乗り込んできた。それは紛れもなく俺の母親だった。
「優! 久しぶり、医者になったんだね! お金貸してよ」
……母親はクズのままだった。
重症を負う咲の心配をすることなく、俺に向かってそう言ったのだ。
殴ってやりたくなって、拳をぎゅっと握った。
「帰れよ。それが、娘が死ぬかもしれない親の言うセリフかよ……」
怒りで声を絞り出すのが精一杯だった。
そんな俺の気持ちなんか踏みにじるかのように、母親は言った。
「あの子、死ぬの? 死んでもいいよ」
軽く、どうでもいいと言うように。
1つの命を蹴散らした。
「お前……!!」
沸点に達して、拳を振り上げそうになったとき、春斗が止めに入った。その春斗の表情も、怒りを隠しきれていなかった。
ここで暴力をふるえば、誰も幸せにならない。
直感的に思って、拳を握りしめたまま下げる。
それを見計らって、母親は言った。
「優。優だって咲のこと、見捨てたでしょ? 離婚するとき、勝手にしろって言ったのよ、あんたは」
母親はそう言って、病院を去っていった。
その言葉に、心は深くえぐられた。
咲が、心肺停止の状態になったとき、俺は胸骨圧迫をしながら、心の中で咲に謝り続けていた。
俺が見捨てなければ。俺が父さんと協力して、咲をどうにか保護していたら……。
酷く後悔していた。
あの時は、後悔してもしきれなかった。
見かねた神様が、春斗をあの場にいざなったんだと思う。春斗は咲を、自分の過去と重ねた。
お互い、思い思いの気持ちで、咲のことを助けて……。
助けたから、今がある。
俺はもう、咲を手放せない。いや、手放さない。
俺の意思で、手放さないと決めた。
「優……春ちゃん……なんの話し?」
その声に、俺も春斗も飛び起きた。その小さな体を震わせている。
「男……お母さん……?」
咲が枕をぎゅっと握って、部屋の入口に立っていた。俺も春斗も気づかない程に、弱々しく小さな体をしていた。
震える声で、泣きそうになりながら、咲は呟いた。
春斗が慌てて、咲のもとに駆け寄って、抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だ。今日も眠れなかったの?」
「……目が覚めちゃった。怖くて眠れない。春ちゃん……」
「よしよし、よく来たね。お布団に入ろうか」
春斗が優しく咲の背中をさすりながら、手を繋ぐ。咲は布団に入ると、春斗にしがみつくように抱きついた。
3人で布団に入り直す。
「さっきの話……聞きたい」
咲は震えながらも真実にたどり着こうとしている。春斗は俺に目配せをした。『大丈夫だ』そう言うように、俺の目をみる。
俺は、春斗に対して、ゆっくりと頷いた。
「……咲、本当の話をしよう」
春斗の腕にすっぽりとうまった、その小さな体後ろ姿に、声をかけた。
春斗は、咲の頭を優しく撫でる。
俺は、全てを伝える決意を固めた。
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