優しく咲く春〜先生とわたし〜

おにぎりマーケット

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本当の話をしよう

夏の始まり

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「はーい、ペン置いて~、答案裏返す~。後ろの人、回収よろしく~」

井田先生の一言で、張り詰めた空気が一瞬で緩んでいった。

1学期の期末試験。気づけば季節は夏になり、7月も後半に差し掛かっていた。

わたしはどっと溜息をついた。解けないことはなかったけど、手応えが前より薄い。
もっと勉強すればもう少し良かったかもなぁと思いつつ、2学期は頑張ろうとも思っていた。

みんなもザワザワと緩んだ空気の中で呟く。

「もーう、難しい……」

「井田先生のテストにしては捻ってた……」

言いながら、机に突っ伏す生徒を横目に、井田先生は笑う。

「ははっ。中間テストの出来がみんな結構良かったから、今回はふるいをかけてみたよ~。みんなの点数が楽しみだなぁ」

怖すぎ。サイコパスとはこのこと。
クラス中からのブーイングを受け止めて、答案を脇に抱える。

「じゃあ、期末試験はここまで~! 今週は続々とテストが返ってくるから、覚悟しておいてよ~。来週から夏休みね。みんなお疲れ様~」

颯爽と井田先生は去っていった。
落とされたテンションが、『夏休み』の単語だけで一気に上がる。
すでにクラスではどこに行くとか何をするとかの話でもちきりだった。

今年はわたしも、のんびりできる。休みがちゃんと嬉しい。どこにも行けなくても、十分だった。
じんわりと喜びが湧き上がる。
ちゃんと、優と春ちゃんがいる家があって、そこに居てもいいのだ。

去年までは家にいたくなくて、図書館に入り浸って……休館日の月曜日と、お盆休みは最悪だった。

『いまが幸せ』

先日、自分で言った一言を噛み締めて、頬が緩んだ。
来週から、夏休み。


その前に……。

「明日、夏祭りじゃんね……!!」

クラスの1人が言った。
浮ついた空気の中で、わくわくが伝染していく。

「そうだ、テストですっかり忘れてたけど!」

夏祭りと、夏休み。

そっか……お祭り、考えてもみなかったなぁ。
わたしも行けたりするのかな?
お祭りなんて、行ったことなかった。

行ってみたいな……。

今日、帰ったら、優と春ちゃんに相談してみよう。
密かに期待を胸に、帰りの時間を待った。

夜、3人で食卓を囲んだ。
わたしは優と春ちゃんに、お祭りに行きたいということを、恐る恐る話してみる。

優と春ちゃんは、驚いたような顔をした。

「咲がこの家来てから、やりたいと思ったこと言ってくれるの、初めてだから」

春ちゃんは驚いた顔から笑顔になって、そう言った。しかし、直ぐにその表情は曇ってしまう。

「夏祭り……ごめんね、俺は学校の先生方と、見回り出なきゃいけないかな。優は……仕事あるよね……」

そっか。そうだよなぁ。
しょんぼりと俯いて箸を持ち直すと、優が言った。

「良いぞ。行っても」

「ほんと?! 」

嬉しくて、持った箸を置くと、身を乗り出した。
目を見開いて、優のことを見る。優は、1口お茶をすすると、なんてことのないように言った。

「定時に上がれたら、抜けられる……まぁ、あまり期待はするな」

「ありがとう……!!」

少しだけでも良かった。お祭りってどんなものなのか、体験したことがなかったから。
でも、楽しそうだったし、行ってみたかった。

想像するだけで、胸が踊る。
ぼんやりしていると、いつの間にかわたしだけが食卓に残されていて、春ちゃんが片付けを始めていた。

「ほら、咲。さっさとご飯食べちゃいなね。片付かないし、お薬飲まなきゃいけないんだから」

「う、ごめんなさい」

いつもより急いで、ご飯を口に含む。
顔がにやけてしまいそうで、俯く。

……早く、明日にならないかなぁ。
そう思ったら、明日が楽しみなのも、久しぶりだということに気づいた。
楽しみすぎて、体が勝手に動いてしまう。
机の下で足をパタパタしていたら、また春ちゃんに怒られた。

「こら、咲。行儀悪いよ」

春ちゃんは、言ったあとに呆れたように笑った。

「ごめんなさい……」

反省しつつ、静かに味噌汁を口に含む。

優は、ようやく静かになったわたしの頭をぽんっと撫でた。

「明日、学校終わったら病院に来い」

「えっ……?」

び、病院ですか……。

嫌な予感しかしなくて、優を見上げる。
検査か、治療か、定期検診か……。
早乙女先生の治療は恥ずかしくて痛くて怖かった……。

身構えると、優が吹き出した。
笑うと目じりにクシャッとなって、人懐っこそうな顔になるから不思議だ。

「そんな怯えたような顔をするな。大丈夫だ。浴衣、貸してやる。早乙女先生に着付してもらえるように、頼んでおくから」

「浴衣……!!!」

思いがけないワードに、落ち着いていた心がまたも跳ね上がった。

またも無意識に足が動いて、キッチンの奥から春ちゃんに睨まれる。

「咲。ちゃんと食べるよ」


春ちゃんに釘を刺されて、ご飯を口に入れる。
きっとこの次はないぞ……。
そう思って、無言で無心で、とにかくご飯を食べる。
その様子を見て、優と春ちゃんがクスクスと笑い合う。

すぐに浮つきそうになる心を落ち着かせるのに、わたしは、一生懸命もぐもぐと口を動かした。

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