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夏の訪れ
幸福な時間
しおりを挟む部屋に戻ると布団が敷かれていたので、窓辺のソファに3人で腰掛けた。
優と春ちゃんはお酒を飲み直す。
わたしは2人の横でアイスを楽しむことにした。
いつもなら、「こんな時間にアイスを食べて……!」とお小言の1つや2つを言いそうな春ちゃんも、今日はノーマークだ。
旅行はこういうところが特別なんだと楽しくなる。
「咲、今日、楽しかった?」
「うん」
春ちゃんに訊かれて、スプーンを口に運びながら頷く。思ったより満足そうな顔でアイスを食べていたらしい。
春ちゃんと優が、わたしの頭を順番に撫でた。
2人に撫でられるのがうれしくて、少し恥ずかしくて、顔が熱くなる。
その様子を見た春ちゃんが、ポツっとつぶやいた。
「あーあ。うちの娘も、いつか結婚して家を出て行っちゃうのかなぁ」
その早すぎる心配に、わたしは吹き出して笑った。アイスが変なところに入っていきそうになって、むせる。
「変なこと言うな! 咲、大丈夫か?! 」
優が背中をさすりながら少し焦った様子で言う。
「春ちゃん……、結婚って、わたしまだ14だよ……」
春ちゃんはもう、わたしがお嫁に行く未来を見据えていることに気付かされる。
春ちゃんは、鮮明にそのことをイメージしたらしい。鼻をすすり始めたので、驚いた。
「春斗……泣いてんのか……?」
「ごめん、想像したら泣けてきた」
わたしは慌ててティッシュを探して春ちゃんに手渡す。さっきからずっと熱い春ちゃんの体温に、酔うと涙のツボが変になることを察した。
「春ちゃん、飲み過ぎだよ。拭いてあげようか?」
「ありがとう、咲、優しいね」
酔っているとはいえ、初めてみた春ちゃんの涙が、わたしの程遠い未来の結婚のことで、少し嬉しかった。
春ちゃんは、ティッシュで目元を拭ったあとに、わたしのことをじっと見つめた。
「最初はさ、優の妹とか、生徒としての方が強かったんだけど。最近ね、娘としてしか、考えられないんだよ。俺、血の繋がった子どもとか、いたことないけどさ」
潤んだ目で笑う。わたしは、アイスで冷えた手で、春ちゃんの赤くなった頬に触れた。
「咲の手、気持ちいいね」
春ちゃんが、わたしの手を包むように触れる。
「いつだか、バージンロードは3人で歩くって決めたもんね」
言いつつ春ちゃんが優の方を見る。振り向くと、優まで目元を抑えていて、わたしたち2人は目を見開く。
「いや、優も泣いてるの?!」
「うるせぇー!」
春ちゃんと優がわいわいしている間に、わたしは春ちゃんのスマホでカメラを起動した。泣いてる2人にカメラを向けて、ボタンを押す。
笑い泣きの2人が向かい合ってソファに腰掛ける様子が、すごくよく撮れてしまった。
「「咲!!」」
2人同時に名前を呼ばれて、布団に潜る。
わたしが潜って寝ている布団に、優と春ちゃんが両側からせめてくる。
わたしはきゃっきゃと笑いながら、2人に抱きつかれた。優も春ちゃんも、酔っていていつもより温かい。
ひとしきり3人ではしゃいでいると、春ちゃんが言った。
「咲。咲がうちに来てくれてよかった。ありがとう」
わたしはお風呂で考えていたことを思い出していた。
こんなに幸せにしてもらって、わたしになにができるだろう。
ずっと考えていたことに、答えのようなものが少しだけ見えた。
そんなことで良いのかな……少しだけ躊躇われるけれど、今のわたしにできることはただ1つだ。
「優、春ちゃん、ありがとう。これからも一緒にいさせてね」
わたしは、ゆっくりと目を閉じた。
「当たり前だ」
「うん、飽きるまで一緒にいるよ」
2人にぎゅっと抱きしめられながら、その温かさに頬が緩む。
わたしは心地良さに身を委ねた瞬間から、ゆっくりとゆっくりと、眠りに落ちていった。
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