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落とし物に気づくとき
始業式の日に
しおりを挟むside:咲
夏休みの最終日は、気づけば寝落ちで終わっていた。
春ちゃんに起こされて、目を開ける。
おはようより先に、春ちゃんは「ごめん」と口にした。
なんの事かわからずに、首を傾げる。
訊くと、昨日の治療前に春ちゃんが言ったことを謝っていた。
わたしは春ちゃんが無闇に厳しくしているわけではないことを、なんとなくわかっていたから、首を横に振る。
……わたしの方が悪かった。やらなきゃいけないことだったのに、駄々を捏ねたから。
仲直りというか、なんとも言えない気まずい空気感の中で、今朝は朝食を摂った。
いつもより、口数が少なくなる。
優はその様子を何でもないように見守りながら、食卓についていた。
***
今日から2学期。
始業式が行われるため、体育館に整列する。
始業式は少し長い。校長先生の話も長い。
体育感は空調が効いているとはいえ、制服のままでは少し暑かった。
立ったままの状態で、20分程経過した時、下腹部に痛みを感じた。
……大丈夫、そんなに痛くない。
知らないふりをしようとしてそのまま立ち続ける。
しかし、それと同時に、下着がぬるっと濡れる感覚がする。生理が来たんだと直感した。
……こんな時に……。
下唇をぎゅっと噛んで、痛みに耐える。
今日が予定日だったから、ナプキンはあてていたけれど、痛み止めはカバンの中だ。
春ちゃん……井田先生に助けを求めようと思って見渡すが、体育館の端の方にいて、わたしから姿が見えない。
校長先生の長い話は続く。
下腹部の痛みは少しずつ増していき、変な汗が吹き出た。暑いはずなのに、体が徐々に冷えていく。
痛みに、恐怖を感じる。
下腹部を押さえて、そっとその場にしゃがみこもうとしたとき、ふらついて後ろに重心がかかる。
足の踏ん張りが全然効かないことに焦ったが、もはやどうすることもできない。
体が、ゆっくりと後ろに傾いて行った。
前に並んでいる人の背中が遠くなって、代わりに視界に映った体育館の天井が、ぼやけて見える。
自分のお腹や足に、感覚がなくなり、溺れるように息ができなくなった。
「あっ…………」
短く声を上げる。
……まずい、倒れる……。
思うより先に、温かい何かが、わたしの体の支えになる。すっぽりと、わたしの体を包んでいた。
状況を理解するのに、たっぷり5秒はかかる。
……誰かの手がわたしの両肩をしっかり支えていたのだった。
「あっ……あっぶな」
低くて小さな、呟く声が、耳元で聞こえた。
とっさに肩を支えられて、驚いていた。
全てがスローモーションのようになる。
衝撃で閉じた目を、ゆっくりと開けると、目の前には男の子の横顔があった。
顔を見た瞬間に、その澄んだ茶色の瞳と、長いまつ毛に釘付けになる。
……綺麗。
たった一瞬。
その一瞬でも、整った横顔をなんとなく見てはいけなかった気がして目を逸らした。
わたしを支えてくれたのは、隣のクラスの列に並んでいた、男の子だった。
同い年なのに、頭1つ分背が高く、しっかりとしたその力に身を委ねる。
「大丈夫?」
彼は、小声で声をかけて、わたしの顔を覗き込んできた。柔らかな前髪が、わたしの顔に当たりそうになるくらいに近い。
瞳に吸い込まれそうになって、どうにか足の力を取り戻して、直立する。
俯くと、お腹に痛みが耐えられないものになっていく。
「だ、だいじょぶ……です……ごめん……なさい」
突然のことと、一瞬忘れていたお腹の痛みが戻ってきて、少し焦っていた。痛みで上手く声が出なくて、苦しい。
名前も顔も知らない子だった。
きっと、わたしのこともよく知らないその子は、それでも咄嗟の判断で体を支えてくれた。
「どこか痛い?」
「おなかが……」
さらに、男の子の後ろに並んでいた女の子も、わたしに声をかけてくれた。
「大丈夫……?! 代わるよ」
ショートカットの聡明な顔をした女の子だった。
肩を支える手を、男の子と交代する。
「ゆっくり座ろう」
青ざめるわたしの顔を見て、一緒にしゃがんでくれた。
わたしの周囲が少しずつざわめき出す。
彼女は、わたしが下腹部を押さえていることを気にかける。周りに聞こえないように、耳打ちするように言ってきた。
「もしかして、生理……?」
コクコクと頷く。
丸まったわたしの背中を、さすってくれた。
「大丈夫、大丈夫。しんどいよね」
小さな手だったが、まるでカイロのように温かくて泣いてしまいそうだった。自分の痛みをわかってくれる子がいたことに、安心した。
心底、よかったと思う。
彼はすぐに、介抱を彼女に任せる方が良いと判断した。
「……俺、先生呼んでくるわ」
列から抜け出すと、さっと走り出す。
数分もしないうちに、井田先生が飛んできて、状況をすぐに把握する。
「保健室行こう、もう大丈夫だよ」
井田先生の大きな手がわたしの腕に触れた時、ほっとして力が抜けていった。
朝から気まずかったのもあって、なんとなく目を合わせられないでいたが、体は正直だ。
井田先生の温かさは、わたしの体に刻み込まれている。
いつもの体温だ……。
そう思ったら、ゆるゆると心が溶けていくような感覚になって、もう足に力が入らなくなっていた。
井田先生はわたしの救護に当たった生徒達に代わりにお礼を言うと、わたしを列から連れ出した。抜け出たところで、養護の水野木先生が合流する。
2人に肩を抱えられながら、保健室へ入った。
井田先生は、お腹を押さえて冷や汗をかくわたしを、ソファに座らせる。
「薬、これで大丈夫?」
水野木先生が、井田先生に確認する。
井田先生はソファで横になってしまいそうなわたしをしっかり抱きながら頷く。
すぐに薬を飲まされて、ベッドに横になった。
安心すると、痛みが徐々に柔らいでいく。
「白河さん、ちょっとごめん」
井田先生は、ベッドの上でうずくまるわたしのお腹を、制服の上から触れた。
触っても、痛みが酷くなることはなかった。
「多分、大丈夫。寝ていれば治ると思うんだ。生理の初日で立ちっぱなしは、少しきつかったね」
言いながらわたしに声をかける。
それは半分くらい春ちゃんで、井田先生だった。
わたしは病院行きにならなかったことにほっとしつつ、目を閉じた。
「少し寝ていいよ」
井田先生の声に頷いて、少し眠ることにした。
目を閉じると、わたしを抱きとめた、あの男の子の綺麗な瞳が鮮明に思い出されて、深呼吸を繰り返す。
井田先生は、そんなわたしのことを心配して、背中を何度か撫でてくれたが、上がった心拍数は、なかなか落ち着いてはくれなかった。
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