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見た目だけで嫋やかな妻だと侮ってはいけない(戒め)

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ジェルメーヌ・マルタン。彼女はターフェルルンデ皇国の序列第1位、マルタン公爵家に嫁いできたばかり。しかしそんな彼女に、夫となったばかりの彼は言った。

「すまない…私はまだ、前妻を愛している。元々体が弱く、その分優しく可憐な人だった。…申し訳ないが、貴女を愛することは出来ない」

悲痛な面持ちでそう言う夫アルフレッドに、ジェルメーヌは悲しげな表情を浮かべつつも静かに頷いた。

「わかりました。しかし後継はどうします?」

「遠縁の親戚から養子をもらおう」

「…」

ジェルメーヌはその言葉を聞くと、静かにアルフレッドを睨みつける。大人しそうな見た目のジェルメーヌの、ゴミを見るような目にアルフレッドは固まる。

「つまり、私がこの屋敷でどのような立場に追い込まれても知ったこっちゃないと」

「そ、そうではないが」

「そう言っているも同然です」

ジェルメーヌの冷たい声に、心臓を鷲掴みにされるアルフレッド。今更ながら自分勝手な己の発言に罪悪感を覚えるが、前妻ミレイユを忘れることなどできない。どうしようもなかった。

「別に愛なんてなくても子供は作れます。愛してくれとは言いません。前妻への愛に勝手に殉じてください。でも私に血の繋がった後継はください」

「わ、私は…彼女以外は抱かないと決めている」

ジェルメーヌにたじたじながらも、貫かなくていい意思を貫くアルフレッド。

「それなら抱いて下さらなくて結構です」

「え」

「子供を宿すのに必要なものだけ提供してくださればそれで」

ジェルメーヌの言葉にアルフレッドはしばらく考え込み、頷いた。

「わかった。精液は渡すから、あとは頼む」

「ええ。人前では私のことも尊重してくださいね」

すっかり信用がない。好感度もない。むしろマイナスに振り切れている。だがそれだけの態度を取ったのは自分なので、アルフレッドはなんとも言えない感情に苛まれた。










夫婦の寝室は、それぞれの私室を挟んで真ん中にあり、私室から直接ドア越しに繋がっている。大きな寝室のベッドで、ジェルメーヌは目を覚ました。

「…最悪」

ジェルメーヌは昨日、あの後本当に精液をゴムに入れて持ってきたアルフレッドに形だけお礼を言って、私室に追い返した。アルフレッドは素直に私室に戻っていった。

ベッドを乱して、大人のおもちゃで処女を捨て血で汚す。そして精液を取り出して中に塗り込む。正直、ジェルメーヌにとっては屈辱だった。

ジェルメーヌは、これが初婚だ。愛ある幸せな結婚に憧れた。相手が再婚だとしても、前妻を愛していたとしても、せめて情をかけてくれれば、仲良くなれたらと夢見ていた。

結果がこれである。

ジェルメーヌは初夜、一夜にしてもう色々諦めた。そのかわり、たとえ自分一人でも、幸せになってやると決意する。初夜で最低な態度を取った夫に、幸せを見せつけてやるのだ。逃した魚は大きかったと思わせてやる。

そうと決まれば、ジェルメーヌは早かった。大人しく嫋やかなイメージの見た目に反して、彼女はなかなかに頑固で行動力の鬼だった。











ジェルメーヌは、曲がりなりにも公爵夫人だ。夫から自由になる金もいくらか渡される。それを彼女は、投資と寄付に使うことにした。

「執事長。至近国立の魔道具の開発部と連絡を取って」

「はい、奥様」

最近この国では、遠くの人と会話が出来る魔道具の開発が進められている。その事業に投資した。もちろんそれだけではなく、運用の難しい転移魔法を安全性を確保して利用する新たな宅配サービス、半永久的に動くペット型魔道具など様々な分野に投資する。

「奥様は先見の明がありますな。これから倍になって帰ってくることでしょう」

「公爵家の名前も売れるし一石二鳥ね」

領内の孤児院、養老院に寄付もする。寄付だけではなく慰問に訪れ、子供達に優しく接して、養老院のお年寄り達には上手に甘えた。ジェルメーヌは短期間で孤児院、養老院の人気者になった。

「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう!」

「僕と遊ぼうよー」

「私もー」

「はいはい、みんなで遊びましょうね」

そしてそんな充実した日々を送る中で、ジェルメーヌはアルフレッドから毎晩渡される精液を使い見事妊娠した。魔道具を使った検査ですぐに、正真正銘アルフレッドとジェルメーヌの子であること、三つ子であることがわかった。男の子二人と女の子一人である。アルフレッドはジェルメーヌを労ろうとするが、ジェルメーヌはそれを拒否した。

「ジェルメーヌ、その…」

「子供達はちゃんと私と貴方の子です。魔道具で証明されました。これで問題ありませんね?」

「あ、ああ」

「では失礼します」

「ジェルメーヌ…!…はぁ。自分が情け無い…」














出産が間近になった。いつ生まれてもおかしくない。そんな中で出資した事業はいずれも成功し、潤沢な資金が手に入った。孤児院の子供達はジェルメーヌの子供の誕生を心から楽しみにしているし、養老院のお年寄り達はジェルメーヌを気遣ってくれた。ジェルメーヌは確かに幸せを掴んだ。そんなジェルメーヌを、アルフレッドはただ邪魔にならないように見守るしかない。

「ジェルメーヌ様、お腹いっぱい食べるんだよぉ」

「ジェルメーヌ様、旦那様が嫌になったらいつでも養老院に逃げておいでねぇ」

「亭主元気で留守がいいって言うからねぇ。毎日顔を合わせるのもたまには面倒だろうしねぇ」

「ふふ、おばあちゃん達ったら」

アルフレッドはここに至ってやっと気付いた。前妻は優しく可憐な人だったが、それは目の前の〝妻〟もそうなのだと。孤児院や養老院に寄付して、今ではアイドルのようになっている。そんな彼女に〝愛することは出来ない〟なんて、最低な態度を取った自分を情けなく思う。

「私は一体何てことをやらかしてしまったんだ…」

「旦那様。私は妻一人すら幸せに出来ない旦那様に大変失望しております」

「言わないでくれ、オーバーキルだ…」

第一、冷静になって考えてみれば前妻ミレイユはそんなことを望むような人ではなかった。今の妻にも、前妻にも失礼な言葉と態度だった。冷静になればなるほど恥ずかしい。

「ミレイユ様も現在の旦那様を見てさぞ失望なさっていることでしょう」

「もうやめてくれ、すまなかった…」

「謝る相手は私ではございません」

そんな二人に、運命の時は訪れた。

「旦那様!奥様が産気づきました!今助産師が奥様の部屋に入っています!」

「…!私もすぐに行く!」

ベッドの上でジェルメーヌは呻いていた。三つ子の出産は過酷の一言に尽きた。様々な魔道具を使い、最大限痛みを取り除く。それでもなお、出産の痛みがジェルメーヌを襲う。

「ジェルメーヌ…!」

そんなジェルメーヌを見て、アルフレッドは思わず駆け寄ってその手を握りしめた。ジェルメーヌは冷静ではない頭で、必死に叫んだ。

「なんで来やがったクソ野郎!」

それは、普段から言葉遣いに気を遣っている優しいジェルメーヌから出た言葉とは思えない一言だった。が、アルフレッドはそんなことを気に留める余裕がない。二人はそのままの調子で話す。

「君が心配で!」

「嘘つけ!ミレイユ様のことしか考えてない癖に!この薄情男!」

「その節は失礼な態度を取ってすまなかった!」

「本当にな馬鹿野郎!私は、これが初婚なんだよ!愛ある幸せな結婚に憧れてたんだよ!相手が再婚だとしても、前妻を愛していたとしても、せめて情をかけてくれれば、仲良くなれたらと夢見ていたんだよ!それを!あんたは!くたばれクソ野郎!」

ジェルメーヌの言葉に、どれだけ自分がジェルメーヌを傷つけてしまったのか改めて思い知らされるアルフレッド。ちなみにその場にいた使用人たちや助産師は、なんとなく夫婦の会話で色々と察してアルフレッドに軽く引いた。

「今はもう反省した!君のことも大切にする!」

「遅いわ馬鹿野郎!」

「子供を立派に育てる!愛を注ぐ!」

「当たり前でしょ何言ってんだ!子供達を大切にしなかったらタコ殴りにしてやる!」

「愛してる!」

アルフレッドの言葉に、ジェルメーヌの暴言が止まった。

「ミレイユのことを忘れるわけじゃない。彼女のことはもちろん今でも愛してる。でも、君のことも愛してしまった!許してくれ、この通りだ!」

「…出産が済んだら五発は平手打ちしてやる!」

ジェルメーヌは力んだ。ジェルメーヌが出資したことで世に出ることができた様々な魔道具のお陰で、無事に生まれた元気な子供達が産声を上げた。













その後、見事に五発の往復ビンタを食らったアルフレッドは、ジェルメーヌに許された。ジェルメーヌはちょっと甘いかなとは思ったが、子煩悩なパパになったおバカさんを見てこれでよかったんだろうと思う。

「パパでちゅよー」

「うー」

「可愛いでちゅねー」

「…ふふ。幸せね」

まだ乳飲み子の子供達に一生懸命愛情を注ぐその人を、なんだかんだで愛している自分に小さく笑ったジェルメーヌだった。
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