橘姫乃は今日も幸せな過呼吸に苛まれる

下菊みこと

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氷室怜は今日も病弱な婚約者を溺愛する

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橘姫乃。日本の経済界を牛耳る橘グループの当主の一人娘であり、正真正銘のお嬢様である。そんな彼女には、誰にも言えない秘密があった。

(ああー!怜様かっこいいー、好きー!死ぬー!)

それは前世の記憶があるということ。その前世の記憶によると、今姫乃が生きる世界は前世でハマっていた乙女ゲーの世界だということ。

そして、姫乃がその世界の悪役令嬢であるということ。

姫乃の前世はいわゆるオタクで、二次元にガチ恋するタイプであった。特に怜というキャラにご執心だった姫乃は、悪役令嬢に生まれ変わったにもかかわらずガッツポーズを決めた。だって怜様と同じ空気を吸えるから。しかも一時的にとはいえ怜様の婚約者になれるから。

そんな姫乃は、特に悪役令嬢にならないように努力する気は無かった。ただ怜様のことを見つめられればそれで良かった。

だから、普通の子供として振る舞う気もさらさらなかった。

姫乃は一歳にして流暢に喋り、歩き、字を綺麗に書き、絵は最早プロ並み。学問も高校卒業レベルまでは押さえていた。誰もが姫乃を神童だと持て囃した。その時点で家柄しか取り柄がなかった悪役令嬢としての姫乃とはかけ離れたが、本人はそんなことどうでも良くさっさと怜様に会いたいなーなんて呑気に考えていた。

そして、ついに姫乃は婚約者氷室怜と出会う。その瞬間、姫乃は…過呼吸を起こした。

(あー!怜様ー!怜様が目の前にいるー!…好き)

「ひ、姫乃っ!大丈夫かっ!?」

「だめ…」

(怜様が…出逢って即姫乃呼びしてくれた…尊い…)

姫乃は気絶した。かくして姫乃は深窓の令嬢扱いされることとなる。これも悪役令嬢姫乃とは真逆である。そして、怜はそんな婚約者に〝俺が守ってやらなくては〟と要らん決意をすることとなる。

さて、そんな感じですぐに過呼吸を起こしながらもなんとか親交を深めていく幼馴染兼婚約者の二人。怜は自分にべったりの姫乃が可愛くて仕方がなく、乙女ゲーの世界ではあり得なかった溺愛っぷりである。それは最早界隈では有名だった。乙女ゲームの始まる、金持ちが集まった私立学校花園学園高等部一年生になる頃にはむしろ怜が姫乃にご執心だった。そして姫乃はそんな怜に〝ヤンデレ属性追加なの!?〟と狂喜乱舞。救えない二人である。

「姫乃、今日のおやつはガトーショコラだそうだ。今日は食べられるか?」

「はい、今日は調子が良いので大丈夫です」

この金持ち学校、三時のおやつが出る。贅沢である。しかもわざわざ世界的に有名なパティシエ特製のケーキである。羨ましい。

「そうか!それは良かった。ほら、姫乃。あーん」

「あっ…怜様のあーん…尊死する…でもその前に怜様のあーんを堪能したい…!」

気合いであーんを堪能し無事過呼吸を起こす姫乃。これが二人の日常である。しかし、そこに割って入る少女がいた。ヒロイン立夏である。

「ちょっと!姫乃は悪役令嬢でしょ!なんで怜様とあーんしてるのよ!そもそも怜様はそんなキャラじゃない!クールビューティなイケメンなのに!」

喚き散らすヒロイン(笑)に怜は冷たい視線を向ける。立夏はその目にキュンとして乙女の顔をする。手遅れである。

「あっ…怜様…素敵…」

「分かるわ…あの絶対零度の瞳が良いのよね…」

「そうよね…って、あんたがその怜様をキャラ崩壊させてるんでしょうが!」

「おい、お前たち。見てないでこの変態女を姫乃から遠ざけろ」

「は、はい!」

「れ、怜様ー!」

憐れ、ヒロイン(笑)は怜の部下候補である生徒達に拉致された。姫乃と怜は二人きりになる。

「過呼吸は落ち着いたな?ほら、もう一口。あーん」

「あーん…幸せ…もう死んでも良い…」

かくして全ての設定が崩壊した世界で、今日も二人は幸せである。
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