異世界恋愛の短編集

下菊みこと

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婚約者が「婚約破棄しよう」という言葉に味を占めたので、お望み通りにしてやることにしました。

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突然だが、私には前世の記憶がある。

地球という世界の日本という国で育った女子高生の記憶だ。

最後の最後には、部活動の最中に熱中症でそのまま…夏の暑さは恐ろしい…。

水分補給と塩分補給の大切さを身をもって知った。

そして母のお腹に宿り、やがて生まれ、公爵様の末の娘としてひたすら可愛がられて育った。

上には兄が二人おり、兄二人はそれぞれ次期公爵様として、言い方は悪いがそのスペアとして…すごく優秀に育った。

上の兄は父の跡を継ぎ公爵様になったし甥っ子も生まれた、下の兄は優秀なので文官として自立しているが結婚はしていない仕事人間だ。

私はと言えば、知識チートというズルと超絶美少女な今世の肉体のおかげで子供の頃から神童扱い。

十八歳…結婚適齢期になった今は、淑女の中の淑女と呼ばれるほど猫被りも得意になった。

さて、そんな結婚も目前かと思える私だが…懸念がある。

婚約者との関係である。












婚約者と出会ったのは五歳の時。

生まれながらの婚約者は、幼い頃から顔立ちが整った美少年で…自分で言うのもなんだがお似合いの二人って感じだった。

彼は私を不器用ながらも大切にしてくれたし、私ももらった分だけ愛情を返していた。

だからなんにも心配していなかったのだが…。

「幼馴染、ね」

ぽつりと口からこぼれたのは、愚痴とも言えない一言。

婚約者には幼馴染がいる。

可愛らしい女の子だ。

その子は家族から虐待を受けているらしい。

妾腹なのだとか、なんとか。

「その幼馴染を、婚約者は引き取った」

引き取ったと言っても、彼の屋敷の敷地内にある別邸に泊めているだけ。

親や私の親にも許可をとっている。

いかがわしい関係でないのは彼の家族と使用人たちの証言するところ。

「…まあ、問題はないのだけど」

そう、問題はない。

出来る限りのことをした上で彼女を引き取ったのだから。

だから、問題があるとしたら。

私の、心のモヤモヤだけ。

「ようは、私の他に大切な女がいることが嫌なのよ。何かあった時、私ではなく彼女を真っ先に守りに行くことが想像できるのが嫌なの」

つまりは醜い嫉妬。

でも、彼は暇じゃない。

一度話し合いをしたら、そんな私の醜い嫉妬に付き合う暇はないと言われた。

そりゃあそうだ、最近彼も実家の辺境伯家の爵位を継いだばかりで忙しい。

伯爵家のお嬢様だという幼馴染の心のケアもあるらしい。

「だから、幼馴染に関する話し合いの時に言われたのよね。婚約破棄しようって」

最初の一回目は、言ってしまったとバツの悪い顔をしていた。

私はその時泣いて彼に縋った。

私の結婚相手は、彼しかいないと思っていたから。

だけど彼はその時泣く私を宥めて婚約破棄宣言を撤回しながらも、泣いて縋った私に対して嬉しそうにしていたのだ。

そしてそれ以降、なにかあるとすぐに「婚約破棄しよう」って言われるようになった。

















「………いっそ、本当に婚約破棄を受け入れようかしら」

なんだか、言われ疲れた。

あれだ、前世で居たすぐに「別れよう」って言ってくる彼氏と同じウザさだ。

もういいや、本当に婚約破棄してやろう。

私は周りに根回しをした。

根回しといっても、私を可愛がる両親と兄に「彼の幼馴染に嫉妬して、そのことを話し合おうとしたら婚約破棄しようと言われた」「その時泣き縋って以降何かある度婚約破棄しようと言われるようになった」と事実を伝えただけだが。

「何かある度って、例えば?」

「兄さん、そんなストレートに聞かなくても…」

「ちょっとした喧嘩をした時とか、彼の何気ない言葉に傷ついて泣いちゃった時とか…」

「ええ…」

「そうか…」

兄二人は複雑そうな顔をしたが味方してくれた。両親はそもそも最初から私の味方。

次に婚約者の両親だが、あちらには私の両親が次同じことがあったら婚約破棄は受け入れると付け加えた上で私が両親にしたのと同じ説明をしてくれた。

元々お互いあまり旨味のない婚約で、父と向こうのお義父様が仲が良かったから成立した婚約だった。

ぶっちゃけ婚約破棄しようが醜聞が広がる以外双方にダメージはない。

その醜聞が恐ろしいのだけど、そこは仕方がない。

「ごめんなさいね、うちの息子が」

「最後のチャンスをくれてありがとう。次同じことがあったら好きにしてくれ。息子にはこちらから言っておこう」

「はい、よろしくお願いします」

そして、両親とあちらの両親に根回しも済んでから婚約者に会いに行った。













久しぶりに会った時、彼はぶすっとむくれていた。

私は「あ、これはダメだな」と思った。

「なぁ、なんで両親にわざわざ言うんだよ。ただの痴話喧嘩だろ」

「痴話喧嘩とは思えないので報告しました」

「またそうやって俺に逆らって!そんなに俺が嫌なら婚約破棄しようか?」

あ、という顔を彼がした。

私は彼を無視して彼の両親の元へ急いだ。

そして、婚約破棄宣言があったので受け入れると言って今までお世話になったお礼を言った。

彼の両親は残念そうにしつつも、慰謝料は払うと約束してくれた上婚約破棄ではなく婚約の白紙化で手を打ってくれるという。

ということで嫌がる彼を捕まえて私の両親とも合流して、婚約の白紙化を教会に申請して慰謝料もその場でもらってはいさよなら。

なんとも呆気なく私たちの関係は終わった。


















婚約者と出会ったのは五歳の頃のことだ。

お互いの両親が仲が良くて実現したと言う生まれながらの婚約。

相手の女の子はとても可愛くて、一目惚れだった。

その上なんでもできちゃう出来のいい彼女に、俺は鼻高々だった。

彼女に置いていかれないように、勉強も運動も頑張れた。

ところが、完璧だと思われていた彼女にも醜い部分はあった。

俺がようやく彼女に釣り合う勉強も運動も出来る良い男になった頃。

幼馴染の受けていた虐待が明らかになった。

俺は幼馴染を屋敷内の別邸に保護した。

すると婚約者はヤキモチを焼いた。

幼馴染を優先されるのは辛い、何かあった時そちらを優先されそうで怖い。

そう言われたが、ようは嫉妬だ。

普段は完璧な彼女の醜い姿に、少し仄暗い優越感を覚えた。

だが段々話し合いが喧嘩になりヒートアップした時、俺は言ってしまった。

婚約破棄しようと。

言ってしまったと焦ったが、婚約者は泣いて縋ってきた。

俺は婚約破棄宣言を撤回して、彼女を宥めたが…嬉しかった。

泣くほど俺のことが好きなのかと。

それから、何かある度婚約破棄を持ち出した。

彼女は段々泣かなくなった。

彼女は段々縋らなくなった。

彼女は、いつしか俺の両親に告発した。

彼女は、次に婚約破棄宣言したら婚約破棄を受け入れるらしい。

おかしいだろう、泣き縋るほど好きな俺との婚約破棄を受け入れるなんて。

俺はその不満を隠さなかった。

そして、彼女にまた言ってしまった。

婚約破棄しようと。

彼女は両親に婚約破棄を受け入れると言った。

両親は彼女に少なくない慰謝料を払い、婚約を白紙化することにした。

俺は、大好きな、ずぅっと憧れていた彼女との婚約をなかったことにされた。


















私には好きな人がいた。

幼馴染の男の子だ。

でも彼には生まれながらの婚約者がいた。

そんな彼は日に日に素敵になる。

結婚適齢期には、最高の男性になっていた。

彼は辺境伯家を継いだ。

あとは結婚という段階で、彼に私が実家で暴力を振るわれているとバレた。

彼は結婚前にも関わらず私を別邸に保護してくれた。

彼の婚約者は、私に嫉妬しているらしく会うことはなかった。

彼は、婚約破棄をたびたび婚約者に突きつけているらしい。

彼は、婚約者とそのうち本当に婚約破棄…いや、婚約の白紙化をした。

彼の両親がこっそり少なくない慰謝料を私財から払ったらしいが、これで彼はフリーになった。

私は希望を胸に彼によかったら付き合って欲しいと求婚したが、彼には「俺は彼女以外とは結婚しない。生涯独身でいい」と言われてしまった。

その後私は、彼を通して金持ちのおじさんの後妻として嫁いだ。

今はそれなりに幸せだ。

後妻といっても、旦那様は子供がいなかったから生まれた子を溺愛してくれる。

私のことも大切にしてくれる。

お金にも困らない、むしろ贅沢できる。

ただ、幼馴染のことを思い返しては苦しくなる。

好き、だったのになぁ。

幼馴染は、本当に独身を貫いている。

後継者には歳の離れた弟を指名しているらしい。

弟くんも良い子なので大丈夫らしい。

………私、なにを間違えたんだろう。


















十八歳で婚約の白紙化をして、現在二十四歳。

まだ今ならギリギリ結婚適齢期だが、結婚する気がしない。

あれから上の兄には甥っ子が増え、姪っ子ができた。

下の兄もようやく結婚して、甥っ子が出来た。

未婚は私だけだが、家族は急かさないでくれる。

私は今、親の脛齧りでは申し訳ないのでデザイナーやら作曲家やらマルチに活躍している。

その収入で屋敷を出て、一人で自立して生活している。

ちなみにドレスなどのデザインも、曲の作詞作曲も、全て前世の知識頼りのズルである。

まあそこは許して欲しい。

じゃないと生きていけないから。

ともかく前世の知識のお陰様で、一人で自立して生活していても、その上で十分すぎるほど贅沢してもなお余るお金に恵まれている。

元婚約者は独り身をなぜか貫いているが元気そうだ。

元婚約者の幼馴染も幸せそうに暮らしていると聞く。

お互いの家の風評被害も幸いすぐおさまったし、お互いの家への影響はそんなになかった。

あとは私自身が幸せになるだけだ。

だが、今十分自立して生活しているし無理して結婚する必要がない。

なにも結婚だけが幸せじゃない。

そう思っていた時のことだった。

「…お父様の従兄の隠し子の子供?」

「ああ、魔術で血縁を確認したが間違いない」

まあつまり近いんだか遠いんだかの親戚の子だ。

その子が親を亡くしてひとりぼっちになったらしい。

で、なぜかうちを頼ってきたと。

「なぜうちに?」

「知らん。だが無視もできない…」

「あー…うん…そうだね…」

うるうると瞳を潤ませるガリガリに痩せた子供に、出て行けと言える冷血漢など我が家にはいない。

元婚約者も、幼馴染を引き取った時こんな感情だったのだろう。

ごめんよ、と今では思える。

それはそれとして、婚約破棄宣言の連発はいまだに許してないが。

「…じゃあ、私の養子にする」

「え、結婚もまだなのに」

「兄さん!ごめんな、レティシア。でも今早まるのは…」

「どうせ結婚するつもりになれなかったし、でも子供は欲しかったし、絶対大切にするって約束するから…だめ?」

「…まあ、レティシアなら自立して生活できてるし金銭的余裕もあるし………いいのでは?」

ということで、父の従兄の隠し子の子供を養子に迎えた。

教会で書類を提出して、魔術で血縁を確認して、手続き完了。

この子は…レオナルドは私の子となった。

ちなみにレオのご両親は通り魔に襲われたらしい。

まずはショックを受けたこの子のケアからだな。












レオを引き取って一年。

だいぶ体格が良くなってきた。

精神的にも安定してきた。

貴族社会には初めは慣れなかったが、幼い五歳のうちに受け入れたのが良かったようでスルスルとマナーと常識を吸収してくれた。

あとはまあ教養さえ身につければ生きていけるだろう。

そもそも厳密に言うと私は貴族籍はあるが爵位持ちじゃないし。

レオも私みたいになにかしらでお金を稼いで自立して生きていければ上等上等。

そのための教養、ね。

「レオ、これからはお勉強も始めようか」

「うん、お母様」

レオに有り余るお金から家庭教師をつける。

…さて、後は。

「レオに父親が必要か、ね」

そこなんだよなぁ~~~~~…!!!!!

やっぱり必要かなぁ?

でもレオを大切にしてくれる人じゃないと…。

そう悩んでいた時だった。

「ねえ、シア。レオのためにも、シアのためにも、良い男性と結婚しない?」

そう言ってきたのは下の兄。

なんでも文官仲間で優秀で独り身の男がいるから紹介したい、らしい。

私は迷いながらも承諾した。















「レティシアです、こっちは息子のレオです」

「マイクです、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします…」

とりあえず三人で会ってみて、それから考えようということになった。

で、レオは…。

「マイクさんすごい!どうやるの?」

「ここをこう折って、こう!」

「わー、綺麗なちょうちょ!」

マイクさん、子育て経験はないはずだけどやけに手慣れてる…と思ったけど、弟妹が多いんだっけ。

…この人となら、結婚しても良いかも。

「ねえ、レオ」

「なに?お母様」

「レオはマイクさんがお父様になったらどう?」

私の質問に二人とも目を丸くする。

しかしレオは言った。

「嬉しい!」

「ということでマイクさん、私と結婚を前提にお付き合いください」

「本当にご子息を愛してらっしゃるのですね。そういうことでしたら喜んで」

そして私はマイクさんと結婚を前提にお付き合いした。

その後三年経ってから入籍した。

式も挙げたが、真ん中にレオを挟んでの幸せな式になった。

風の噂では、元婚約者は私が結婚したのを知ると体調を崩して床に伏せったらしいが知らない。

元婚約者の幼馴染は変わらず幸せそうだそうだ。














「レオー、リアー!おやつの時間よー!」

「はーい、お兄様はやく行こう!」

「じゃあどっちが先につくか競争だ!」

「はいはい走らないのー」

「子供たちは元気だなぁ」

あれからレオの妹…私とマイクさんの子供も生まれた。

歳の離れた妹ともうまくやってくれてるレオ、そんなレオを慕うレミリア、二人を愛する私たち。

絵に描いたような幸せな家族。

あの時、元婚約者と別れたばかりの頃は本当にこれで良かったのかと正直迷っていたが…今は胸を張って言える、あれでよかったのだ。

なぜなら今が、こんなにも幸せなのだから。

「お母様ただいま!」

「お父様もただいま!」

「おかえりなさい、レオ、リア」

「おかえり、二人とも」

願わくば、この幸せがずっと続きますように。
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