異世界恋愛の短編集

下菊みこと

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ある男の後悔の話

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婚約者がいた。

優しくて、可愛くて、天使のような天真爛漫な子だった。

「ナルシス、大好きよ!」

「俺もジョアンヌが、大好きだ!」

俺は彼女が好きだった。

でも大人になるにつれ、彼女は淑女の中の淑女と呼ばれるほどの女性に育った。

その代わり、あの天真爛漫さは失われた。

俺はそれが面白くなかった。

俺の惚れたあの子が、居なくなってしまったような気がして。

「ねえ、ナルシス。なんだか最近冷たくない?もし何かあるなら言って?」

「そのくらい自分で考えろよ」

「ナルシス………」

そして、俺たちは学生になった。

貴族の子女の通う学園で、唯一、あの頃の婚約者のような天真爛漫な少女を見つけた。

「コレットって言うんです!ココって呼んでください!仲良くしてくださいね!」

「俺はナルシスだ、よろしくな」

「ナルシス様ですね!とっても素敵なお名前ですね!」

男爵家の娘で、元は平民として育った妾腹の少女だった。

彼女を次第に気になり出した。

「コレットは可愛いな」

「えへへ、ありがとうございます」

「コレットといると癒されるよ」

彼女を構っていると、婚約者の幼い頃を思い出して心地よかった。

やがて婚約者は、俺に注意をしてくるようになった。

私という婚約者がいながら、他の女性と親しくしないでと。

「ねえ、ナルシス。そろそろあの子にちょっかいを掛けるのをやめて」

「なんでだ。ただの友達だ」

「それでも、人の噂はバカにできないわ。みんな貴方たちを恋仲だと噂してるの」

「なんだ?ヤキモチか?」

「そうじゃなくて…」

嬉しかった。

ヤキモチを焼いてくれたと思った。

だから俺は、余計にあの少女を可愛がるようになった。

「ココ、大好きだ」

「私もナルシスが大好き!」

そんな風に毎日戯れていた。

そうすると、あの少女に言われた。

婚約者が嫉妬して、あの少女を虐めている…という話だった。

「ジョアンヌ様に最近、ナルシスと仲がいいからって嫌われてしまったらしくて…嫌がらせを受けているんです」

「なんだって?」

「持ち物を隠されたり、教科書に陰湿な嫌がらせのような落書きをされたり…」

愉悦を覚えた。

あの淑女の中の淑女と呼ばれる婚約者が、俺のために嫉妬してくれていると思うと…快感だった。

「大丈夫。ココは俺が守るよ」

「ナルシス…ありがとう!」

俺はますますあの少女を可愛がるようになった。

そしてある日、唐突に。

婚約破棄を、告げられた。

「ど、どうして急にそんな話に!?」

「お前が婚約者を大事にしないからだ馬鹿者!!!」

「大事にしてた!」

「他の女に入れ込んで、あのご令嬢を放置しておいて何を言う!」

「そ、それは…!!!」

父は俺があの少女を構ってばかりで、婚約者を蔑ろにしていたのを知っていた。

「それに、あの女狐の〝あの子に虐められている〟という戯言に惑わされていたらしいな!あの子は泣いていたぞ!あの子がうちに嫁に来てくれるのを、私も妻も楽しみにしていたのに…全部、全部ぶち壊しよって!!!」

「ざ、戯言って…だって、あいつは俺にヤキモチを焼いて、それで…」

「あの子がお前なんぞにヤキモチを焼くものか!全部冤罪だったと証拠も上がってる!」

「え…?」

「あの子の友達が奮起して、色々証拠を集めてくれたらしい。見事な資料だった。あの子は友達に恵まれている。愛されている。それだけ素敵なご令嬢だということだ。だと言うのにお前は…目先の女狐のためにせっかくの婚約を………」

冤罪だった?ヤキモチを焼くはずがない?

そんな、じゃあ全部勘違いだった?

「俺…俺は……」

とんだ道化だ…。




























「…というのが〝ある男の後悔の話〟よ」

婚約者が最近ハマっていると言う小説。

その大体の流れを彼女が紹介してくれた。

そう、今まさに彼女にヤキモチ焼かれている俺最高!!!という勘違い状態だった俺に。

「…すみませんでした」

「なにが?」

「ヤキモチ焼かれて気持ち良くなってました!ごめんなさい!捨てないでください!」

「そのヤキモチも幻想なんだけど」

「それも今理解しました!ごめんなさい!許してください!この通りです!」

ビシッとお辞儀を決める。

「…言っておくけど、二度目はないわよ」

「わかってる、ごめん!!!」

「あの女狐とはさっさと縁を切りなさい。あとアンタの責任なんだから、あの女狐に流された私の悪評もアンタがなんとかしなさい」

「了解しましたー!」

彼女に捨てられたら大変だ。

だってこんなに素晴らしい女性は他にいないのだから。

今回だって結局俺を諭してくれたし、俺が行動で反省を示したら許してくれるつもりだ。

こんな女神のような女性他にいない。

「…ねえ、私のこと、好き?まだ、愛してる?」

「愛してる!もちろん!」

「じゃあどうして他に目移りしたの?」

「それは…だから、その主人公と一緒で…君に愛されている実感が得られて、嬉しくて……」

「つまりあの女狐を当て馬役にしていただけと」

シラーっとした目に焦る。

「ごめん、本当にごめん!もうしません、反省してます、二度と裏切りません!あともう他人を俺の身勝手な欲に巻き込みません!」

「よく言った。有言実行なさい」

「もちろんです!」

強気に振る舞う彼女だが、小説に出てきた婚約者…ジョアンヌと同じくらい傷ついているのだろう。

何も言わずに身を引くほど…と思うとゾッとする。

何も告げられず、一方的に終わりにされずに済んで本当に良かった。

「…本当に、傷つけてごめん」

「うん、すごく傷ついた」

「ごめん」

「許すけど、さっきの有言実行してプラスアルファで私のご機嫌取りもしなさいよ」

「うん、どうしたらいい?」

問えば、彼女はしばらく悩んだあと言った。

「甘いものが食べたい」

「甘いもの?」

「うん」

「具体的には?」

「それを考えて、私の一番望むものを出してきなさいよ」

これはまた高いハードル…だが、俺には楽勝だ。

「わかった、任せろ」

「うん!」

俺はそのままの足でケーキ屋に行きチーズケーキを買って、愛おしい婚約者の元へ戻った。

「はい、ケーキ」

「ありがとう…あ、チーズケーキだ!」

「昔から好きだろ?」

「うん!」

屈託のない笑顔に、昔の婚約者を思い出す。

そうだ、淑女として成長しても…中身の一番大事なところだけは変わらない。

何も、変わってなかったんだ。

「なぁ、ごめんな」

「うん」

「本当にごめん」

「うん」

「ごめん………」

泣きたいのは彼女の方なのに、涙が溢れてしまう。

「馬鹿ね、本当に馬鹿」

「うん」

「間抜けよね、貴方って」

「うん」

「一番大切な人が誰かも自分で気付けないなんて、本当に馬鹿」

情けなく泣く俺のほっぺをぐにょーんと伸ばして弄ぶ婚約者。

「でもね、そんな馬鹿な貴方が好きよ。こんな仕打ちを受けても…まだ、好きなの」

「うん」

「それだけ愛しているのよ、ダーリン」

「………ありがとう」

「あら、お返事はくれないの?」

可愛らしく小首を傾げる彼女を思いっきり抱きしめる。

「わっ…!ちょっと、苦しいでしょ!」

「愛してる!!!」

「わかったから一旦離して、馬鹿力!!!」

彼女を離す。

彼女はスッキリした表情をしていた。

「ふふ、よかった。私たち、まだ両想いなのね」

「うん、よかった…よかった」

「今からはやり直しの時間ね」

「たくさん償うよ」

「それより、たくさん愛を伝えてくれたら嬉しいわ」

その言葉に、彼女の前に跪いた。

そして、左手を恭しく取ってその薬指にキスをする。

「いずれ必ず、この指に相応しいアクセサリーを贈るよ。これから先は、ずっとずっと大切にする」

「うん」

「愛してるよ、誰よりも」

「…私も、誰よりも愛しているわ」

泣きながら笑みを浮かべる彼女を、今度は優しく抱きしめる。

腕の中で泣く彼女を、今度こそ大切にしなければと誓った。
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