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3rd STAGE はぐれエルフと魔蟲軍団

Data.113 魔が来る

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 どういう……ことかしら?
 茂みから現れたのは確かに人だ。それも二人。

 一人は男性。森の中にはふさわしくないキッチリとしたスーツを着て肌は浅黒くクセッ毛。
 もう一人は背の高い女性。黄色い土みたいな色をした全身を覆う革製の服を着て、胸元ははだけさせている。そして、長い黒い髪は流れ落ちる水の様に体に絡みついている。
 どちらもなんだか異質で奇妙だ。

 エルフ……ではない。彼らが判断基準にしている尖った耳をしていない。
 だとしたらここらへんに住んでる人間?
 このモンスターが大量発生している森の中を平然と歩いてきたというの?
 何のために……?

「サブリナ、あの人たちのこと知ってる?」

「知らない。この周辺に人間など住んでいないし、無論この里のものでもないわよ。なんだか怪しいし嫌な予感がする……」

 私も同感。
 モンスターに襲われて逃げてきたとも思えない雰囲気だ。
 勘だけで結論を出すなら、この人たちは敵に限りなく近い存在!

「虫たちが命令を無視してどこに向かっているのかと思ったら、こんなところにエルフの里があったんだね」

 先に口を開いたのは男の方だ。

「しかしこんなところに里などあったかしら? ただ気付かなかったというには不自然だわ」

 女はキョロキョロとこちら側を眺める。

「まあこの里になぜ気づかなかったのかも気になるけど、一番気になるのはなぜモンスターたちが命令を無視してこの里に執着するかだよね。ほんの少し前までは一部の虫だけに起こっていた異変だけど、ここにきてほぼ全ての虫がこの里に興味を示しているのも見逃せない点さ。一体なにが原因なのだろうね」

「私に聞かれてもわからないわ。どうせならこの里の人間に聞いた方が早いんじゃないの? ほらそこにたくさんいるし」

「ああ、そうか」

 二人が明確にこちらに視線を合わせた。
 その瞬間、全身が震え本能が激しく危険を訴えてきた。こいつらは……マズイ!

「みんなここから離れて! 今回は守りながら戦えそうもないから!」

「で、でも……」

 エルフの女子たちも本能的恐怖を感じたのか、今にも逃げ出したいという顔をしている。
 ただそれを必死で堪えているのはおそらく私への気遣いや心配なんだ。嬉しい……でも今は……。

「心配してくれてありがとう。でもごめんなさい。今は大人しく逃げてくれるのが一番私を助けることになるわ。みんなが危ない目にあったら私きっと冷静に戦えないから」

「う、うん……わかったわ。アチルちゃんも気をつけてね! 私たちもアチルちゃんに何かあったら悲しいから!」

 私に背を向けて少女たちは駆けていく。
 流石土地勘があるのか上手く建物の裏に隠れながら逃げていくのですぐに姿は追えなくなった。

「健気な子もいたもんね。自分一人だけ残るだなんて」

「うーん、でもこの子エルフじゃないね。他の子はエルフに見えたけど」

「別にどっちでもいいじゃない。言葉さえ通じれば話を聞くことぐらい出来るわ」

「ふむ……一理あるけど、エルフは他種族に対して排他的だと記憶している。気になるなぁ……」

「それも聞けばいいじゃない」

「そうか」

 何ともぎこちない二人だ。慣れ親しんだ関係というワケでもないのかな。

「ねえキミ、なぜ虫たちがこの里に集まるのか知っているかい?」

「知らないけど知ってても答えないわ。それよりあなた達は何者? 普通の人間じゃないわよね?」

「普通の人間ではない……か。確かにキミとは違う種族だ。僕たちは魔蟲人まちゅうじん。虫の魔物が人へと進化した姿だ。といっても自力で進化したわけではないけどね」

「おいおい、それは話していいの?」

「話して何か困ることあるかな。それに正体ぐらい明かさないと話をしてくれそうもないよ」

「力づくで聞きだせばいい」

「しんどいよきっと。彼女は弱くない」

「嫌なら手を出さなくてもいい。私一人でも十分よ」

「それでキミに何かあったら見てた僕も責任をとらないといけなくなる。仕方ない、今回はキミの策にのろう」

 魔蟲人? 人の形をした……虫?
 自力で進化したわけではない……こいつらもそれなりに知能が高そうだけど、もっと裏に虫に力を与えて操る存在がいるってこと?
 情報が多い。マココさん達に伝えたいけど今は里を守らないと。
 しかし向こうは二人。私とクララの接続形態リンクフォームでどこまで出来るか……。

「限界まで頑張るわよクララ」
「どうやらそうするしかなさそうね」

 黒い炎と共に一瞬で接続形態リンクフォームを展開。
 さあ、早めにどちらかを行動不能にして数的不利を覆さないと……。

「あれ? 黒い炎だ。テオから聞いた話の中に砦を守る黒い炎の使い手の話があったね。もしかしてキミがそうなのかな? 今はテオがいないから確認が取れないや」

 む、こいつらはマココさんの情報は持っているのか。
 やっぱりあの天に昇る黒い炎の柱は目立つなぁ。

「さっきから言ってるけど、あなた達に私が持ってる情報を与えるつもりは一切ないわ! さっさとかかってきなさい!」

「素直でいい子じゃない。猫みたいに毛を逆立てて威嚇してくる」

「猫だと虫は仕留められちゃうね。普通だと、だけど」

「私たちは魔の蟲、仕留めるのはこちらの方。殺しはしないわ。ただ泣かせるぐらいは我慢してよね!」

 私に向かって直進しながら急造結界をいとも簡単に破壊。そして二人の蟲人が左右に分かれる。
 挟み撃ちか! あまり仲が良さそうには見えなかったけど連携はとれるようね……!
 こうなるとどこまで持つか……。

「ん、どうやらヴィノール曰く健気な子は他にもいたみたいだね」

 男の方が私に背を向ける。
 同時に物陰から何かが飛び出し彼の首筋目がけてナイフを振り下ろす。

「なかなか」

 男は指でナイフの刃をつまんで勢いを殺す。
 早い……っ、手の動きが見えない。
 いや、それよりも物陰から現れたのは……。

「サブリナ! どうして戻ってきたの!?」

「元から逃げてないわ! アチルが二人を退治してくれそうなら出て来る気もなかった! でも、あんたの顔から不安が漏れ出してるから助けに来てあげたのよ!」

「へっ……私が?」

「誰かに助けを求めてる目立ったわ! 私こう見えて弱い者を見捨てるほど薄情なエルフじゃなかったのよ! 責任取りなさいよね!」

 くっ……私が弱気を見せたばっかりにサブリナが……。

「ほら今もよ! 勝手に私のこと憐れんでんじゃないわよ! これでも里を守る戦士、敵と戦うのは自分で決めたこと。あんたなんて関係ないんだからね! こっちの男は私の獲物! 手を出さないでよね!」

「ふむ……。ヴィノール、僕は彼女のお誘いにのるね。こっちの方が楽できそうだから」

 男は二度目のナイフの斬撃をかわすと軽い掌底をサブリナの胸に打ちこんだ。
 これも目で捉えるのが難しい速さだ。

「がっ……」

 呻き声を上げサブリナは吹っ飛ぶ。
 やはり彼女では……!

「ずっと無視なんて酷いじゃないの」

 サブリナの元へ一歩踏み出そうとしたとき、触手のような黒い髪の毛が体に絡みついてきた。

「くっ! 離してよ!」

「そうはいかないわ。さっさとかかってきなさいって言ったんだからちゃんと相手してくれないと嫌よ」

 髪の毛はみるみる全身を縛り上げ、ほとんど動けない状態になってしまった。
 力を込めてもまったく動じない。なんて硬い髪なの!?

「無駄よ。あなたみたいな人間の力ではどうにもならないわ。にしてもなんて柔らかくて脆そうな身体。それに温かい。私たちとは違う」

 髪の毛は私の身体の感触を確かめるかのように絞めたり緩めたりを繰り返す。この髪の毛には神経が通っているようね。

「さっきの友情って言うのかしら。そういうのも私たちにはまだわかりにくい感覚よ。馬が合う仲間はいないし、虫は生きるためなら共食いもする奴もいるからね。でもなんとなく特別なものだってことはわかる。だから壊したくなるのかも。そうしたら私にもわかるかしら?」

 髪の毛の絞め付けが強まる。

「まだ息は出来るわよね。情報を話しなさい。そうすれば無傷でお友達も逃がしてあげる。サイアスもあっちの子を殺す気はないわ。そもそもこっちもこの里に手を出したくて出したわけじゃないからね。ただ虫が里に惹かれる原因を潰さないと作戦が滞るのよ」

 この人たちは敵だ。間違いない。
 でも邪気を感じない。強いのは確かだから、出会った時の本能からくる危機感も正しいんだけど……。
 なんだろう、ただ機械のように命令をこなしているだけなのだろうか。それは結局普通の虫モンスターと変わらないのでは?
 ……誰が彼女らを動かしているのか、悩んだ時は本人に聞けばいいのよ!

「うおおおおおおーーーーっ!! カースドライバー展開! 邪悪火炎ノ矢カースドフレイムアロー!!」

 右手のガントレットが髪の毛の拘束を押し返しながら巨大化。そして同時に黒い炎を纏う。
 そう接続形態リンクフォーム時に使用可能になるガントレット一体型巨大クロスボウ『カースドライバー』は装填した矢の能力を宿すことが出来る。
 黒い炎はヴィノールの髪の毛に引火、そのまま体をも燃やさんと広がっていく。

「なにっ!? やはりアンタが黒い炎の使い手なのかしら!」

 女は拘束しているのとは別の髪の房を片手に巻き付け、燃え盛る髪の毛をカット。どうやら硬度まで自由自在みたいね。
 ただ、これで私の拘束も解かれた!

「うりゃああああああ!!」

 間髪入れずに女の懐に潜り込む。

「っ!」

 刃物状の髪の斬撃を避ける。ほぼ零距離!

「ゼロショット!!」

 カースドライバーで腹を殴り、黒炎の矢を放つ。
 手ごたえは十分。女は炎の尾をひきながら吹っ飛び、近くの木に衝突した。

「んッ……ぐはッ!! いたたたた……いきなりお腹を殴るなんて酷いじゃないの。ゲホッ……!」

 ワザとらしく咳き込んではいるけど傷は浅い。あの距離から矢を放っても貫通すらしない身体……。やはり並のモンスターではないという事ね。

「あなた……アチルって呼ばれてたわね。私はヴィノール。確かにサイアス……さっきの男が言うようにあなたは弱くはないわ。殺さないように手加減するのが大変そうよ」

「ふんっ! 私も手加減してあなたを殺さないわ! 安心して! ただ、私が勝ったらあなたの知ってることを話してもらうんだから!」

 ヴィノールが持ってる情報をマココさんに届ければこのモンスターの大量発生の原因に辿り着くカギになるかもしれない。
 何としても聞き出すんだ!

「いいわね……いいわ。人間って初めて話したけど悪くないじゃない。こんなに素直で真っ直ぐな子がいるなんて。でも、私好きな子は虐めたくなるタイプみたいよ!」

 髪の毛を逆立てカブトムシの角を形作るヴィノール。

「人間の子、甲蟲魔人こうちゅうまじんである私にどこまでついてこられるかしら? 本当は魔蟲王様のためにも早く虫たちに起こった異変の原因を取り除かなくてはならないのだけれど、なぜか無視できない。この理由もあなたを負かせばわかるかもしれないわね」

「それなら一生わからないわね」

 不敵な笑みを浮かべるヴィノール。会話をする前まではつまらなそうな顔をしていたのに今は好奇心旺盛な少女のような目をしている。
 そんな笑顔も一瞬で失われることになった。

 私が攻撃を仕掛けたとかではない。
 私自身も突如として体を襲った恐怖の原因がわからずに動けなくなっていた。
 蟲人たちと目が合った時とは比べ物にならない空気の張りつめ方。
 あの時の危機感は戦わなければならないと本能が感じたから起こったものだ。でも今は恐怖が何よりも強い。足が震え逃げ出したいという気持ちで胸がいっぱいになる。
 い、一体何が……私の視界の外で何が起こっているの……。

 足音が聞こえてくる。里に向かってくる足音が。
 恐怖の原因は生き物だ。モンスター? でもヴィノールもさっきから冷や汗をかき極度の緊張状態だ。
 彼女も動揺する存在……それが私の右側から近づいてきている。
 頭が重い、首が回らない、でも意を決しその方向を向く。

 人だ。
 私の倍はある身長、筋肉隆々の身体、顔全体を隠す仮面、その後ろから生えるたてがみ……。
 体格の時点で強さしか感じさせないけど、本当に恐ろしいのはその禍々しいオーラだ。周囲の景色が黒ずんでいきそうな……そう錯覚してしまいそうな邪悪な……。

「ま、魔蟲王様……」

 青ざめた顔をしたヴィノールがかすれ声で言った。
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