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本編
埃の奥の影【前編】
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春の陽は、教室の奥まで届いているようでいて、いつも何かを照らし残していた。窓際の机の列の向こうに、まだ座る人のいない沙織の席が、そこだけ春を拒んでいるように見えた。蒼野響平は、その机の端に埃がわずかに積もっているのを見ていた。風が吹けば、すぐに飛んでいくほどの重さだ。しかし誰も、あの机に息を吹きかけようとはしない。前の席の関谷天が、教科書を閉じる音が小さく響いた。その音が、どこか遠くの誰かの声と重なる。
「お前、昨日の封筒……どうした?」
天は振り返らずに言った。響平はすぐには答えなかった。
「ポケットにある。」
「……まだ開けてないのか。」
教室の窓を揺らす春の風が、黒板の隅のチョークの粉をわずかに舞い上げた。その白さが、封筒の白と重なって響平の視界をかすめる。
「開けなくても、中身は同じだ。」
響平の声は、自分の耳にも遠かった。誰が仕掛けたのか。誰がこの封筒を沙織に渡したのか。教室にいる誰かが、この空気の奥で笑っている気がした。
昼休みの校庭は、野球部の声が遠くに散っていた。響平は昇降口の階段に腰を下ろし、封筒をひとつずつ並べていた。紙の縁が、春の湿気を吸ってわずかに波打っている。墨の匂いが指先に沁みて、爪の隙間に残る気がした。足音が近づいた。振り返ると、諸星奏が立っていた。奏はいつものようにスマホを片手に持ち、画面を指先でなぞっていた。
「熱心だな、正義の味方。」
奏の声は笑っているようで、どこか乾いていた。
「何か知ってるのか。」
響平の問いに、奏は肩をすくめた。
「俺が何を知ってるか、知りたいか?」
奏の視線が封筒に落ちる。紙の白さが、陽に照らされてわずかに鈍く光った。
「誰が置いたんだ。」
問いは短く、しかし自分の声がどこか震えているのを、響平は自覚していた。奏はスマホの画面をちらりと見せた。そこには掲示板のスレッドが映っていた。
《#シクレの正体》《#沙織の呪い》
見慣れた文字列が、指先の光に反射して瞬いた。
「お前は知らなくていいことまで嗅ぎたがる。」
奏の声は、小さく笑う空気の音に似ていた。封筒の墨の匂いと混ざり合って、響平の耳を塞いだ。
昼休みが終わる頃、教室に戻ると、紅崎真菜が自分の席で小さく俯いていた。机の端に手を置き、爪で何かをひっかいている。響平が近づくと、真菜は顔を上げた。瞳に揺れる光は、教室の蛍光灯の白さよりも冷たかった。
「……誰か、沙織の机を見てた。」
真菜の声はかすかに震えていた。
「誰だ。」
響平の声もまた、どこか遠かった。真菜は首を振った。
「分からない。でも、誰かが……机の奥を探ってた。」
机の奥。封筒。沙織が残したかもしれない何か。教室の窓が小さく軋んだ。風の隙間を抜ける音が、封筒の擦れる音と同じに聞こえた。
「お前、昨日の封筒……どうした?」
天は振り返らずに言った。響平はすぐには答えなかった。
「ポケットにある。」
「……まだ開けてないのか。」
教室の窓を揺らす春の風が、黒板の隅のチョークの粉をわずかに舞い上げた。その白さが、封筒の白と重なって響平の視界をかすめる。
「開けなくても、中身は同じだ。」
響平の声は、自分の耳にも遠かった。誰が仕掛けたのか。誰がこの封筒を沙織に渡したのか。教室にいる誰かが、この空気の奥で笑っている気がした。
昼休みの校庭は、野球部の声が遠くに散っていた。響平は昇降口の階段に腰を下ろし、封筒をひとつずつ並べていた。紙の縁が、春の湿気を吸ってわずかに波打っている。墨の匂いが指先に沁みて、爪の隙間に残る気がした。足音が近づいた。振り返ると、諸星奏が立っていた。奏はいつものようにスマホを片手に持ち、画面を指先でなぞっていた。
「熱心だな、正義の味方。」
奏の声は笑っているようで、どこか乾いていた。
「何か知ってるのか。」
響平の問いに、奏は肩をすくめた。
「俺が何を知ってるか、知りたいか?」
奏の視線が封筒に落ちる。紙の白さが、陽に照らされてわずかに鈍く光った。
「誰が置いたんだ。」
問いは短く、しかし自分の声がどこか震えているのを、響平は自覚していた。奏はスマホの画面をちらりと見せた。そこには掲示板のスレッドが映っていた。
《#シクレの正体》《#沙織の呪い》
見慣れた文字列が、指先の光に反射して瞬いた。
「お前は知らなくていいことまで嗅ぎたがる。」
奏の声は、小さく笑う空気の音に似ていた。封筒の墨の匂いと混ざり合って、響平の耳を塞いだ。
昼休みが終わる頃、教室に戻ると、紅崎真菜が自分の席で小さく俯いていた。机の端に手を置き、爪で何かをひっかいている。響平が近づくと、真菜は顔を上げた。瞳に揺れる光は、教室の蛍光灯の白さよりも冷たかった。
「……誰か、沙織の机を見てた。」
真菜の声はかすかに震えていた。
「誰だ。」
響平の声もまた、どこか遠かった。真菜は首を振った。
「分からない。でも、誰かが……机の奥を探ってた。」
机の奥。封筒。沙織が残したかもしれない何か。教室の窓が小さく軋んだ。風の隙間を抜ける音が、封筒の擦れる音と同じに聞こえた。
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