シクレさんの呪い

KO

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番外編

1. 『春の埃と、小さな声』

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――響平と紅崎が結婚し、子どもが生まれるまでの物語

 春の終わり、椿ヶ丘高校の旧校舎が取り壊されるというニュースが流れた頃。
蒼野響平と紅崎真菜は、小さなアパートで暮らし始めていた。
 「机、持ってきてよかったの?」
真菜が訊く。埃の匂いが染み込んだあの古い机を、響平は処分できなかった。
 「別にいいだろ。……お守りみたいなもんだ。」
響平は笑った。窓の向こうには、新しく建て替えられた校舎の白い壁が遠く見える。
 二人が結婚したのは大学を卒業してすぐだった。式は挙げなかった。あの封筒の噂を知る者たちがまだ街にいたからだ。
 それでも真菜は小さな指輪を嵌め、響平の机に花を置いた。
 「春の埃はもうないね。」
 「ないさ。……でも、埃がないと何か落ち着かない。」
二人は小さく笑い合った。やがて真菜のお腹に新しい命が宿った。春の埃が舞わない部屋で、二人は生まれてくる子にどんな名前をつけるか話した。
 「女の子だったら?」
 「……沙織。」
響平の声に、真菜は目を伏せた。
 「いい名前だね。」
埃の残る机の奥で、封筒はもう何も語らない。
 夜風に花弁が一枚だけ机に落ちた。響平はそっとそれを手に取った。
 かつて誰かが囁いた《災い》は、もう彼らの背中を追いかけない。
 埃は春を越え、花は机の奥で咲いたまま。小さな声がまた、この家で息をする。
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