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番外編
3.『埃を越えて』
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――鹿羽勝が出所し、くるみと鹿羽里奈と再会する物語
春の風がまだ冷たいある日、刑務所の門の前に立つ鹿羽勝の足元に、小さな砂埃が舞っていた。
獄中での年月は、彼の背筋をわずかに曲げたが、その眼だけはあの夜と同じ光を帯びていた。
くるみの未遂の夜。屋上で震える娘の肩を抱いたまま、何を守れたのか、何を壊したのか。
すべてが頭の奥で反響していた。門をくぐると、遠くに小さな影が二つ立っていた。鹿羽里奈と、娘のくるみ。 くるみは俯いていた。里奈は夫の顔を見つめていたが、何も言わなかった。勝は一歩、また一歩と歩いた。獄中で何度も考えた再会の台詞は、一つも口をついて出てこなかった。
「……くるみ。」
それだけで、くるみの肩が小さく震えた。勝は大きく開いた空を見上げた。塀の奥の空とは違う、埃のない澄んだ青が広がっていた。里奈が小さく笑った。
「おかえりなさい。」
その言葉に、勝はようやく首を縦に振った。くるみは勝の胸に額を押し付けた。小さな声で、父にだけ聞こえる声で言った。
「……ありがとう。」
守れなかった。守ろうとして壊した。それでも、ここにいる。埃の積もる机も、封筒の墨も、ここにはもうない。勝は娘の肩にそっと手を置いた。塀の向こうに残してきた夜を、
もう振り返らないと決めた。
遠くで、春の埃が風に舞った。だがそれは、もう誰の秘密も隠さない。
父と母と娘。小さな家族は、埃を越えて歩き出した。
春の風がまだ冷たいある日、刑務所の門の前に立つ鹿羽勝の足元に、小さな砂埃が舞っていた。
獄中での年月は、彼の背筋をわずかに曲げたが、その眼だけはあの夜と同じ光を帯びていた。
くるみの未遂の夜。屋上で震える娘の肩を抱いたまま、何を守れたのか、何を壊したのか。
すべてが頭の奥で反響していた。門をくぐると、遠くに小さな影が二つ立っていた。鹿羽里奈と、娘のくるみ。 くるみは俯いていた。里奈は夫の顔を見つめていたが、何も言わなかった。勝は一歩、また一歩と歩いた。獄中で何度も考えた再会の台詞は、一つも口をついて出てこなかった。
「……くるみ。」
それだけで、くるみの肩が小さく震えた。勝は大きく開いた空を見上げた。塀の奥の空とは違う、埃のない澄んだ青が広がっていた。里奈が小さく笑った。
「おかえりなさい。」
その言葉に、勝はようやく首を縦に振った。くるみは勝の胸に額を押し付けた。小さな声で、父にだけ聞こえる声で言った。
「……ありがとう。」
守れなかった。守ろうとして壊した。それでも、ここにいる。埃の積もる机も、封筒の墨も、ここにはもうない。勝は娘の肩にそっと手を置いた。塀の向こうに残してきた夜を、
もう振り返らないと決めた。
遠くで、春の埃が風に舞った。だがそれは、もう誰の秘密も隠さない。
父と母と娘。小さな家族は、埃を越えて歩き出した。
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