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番外編
4.(前編)『模倣者の封筒』
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白石晃は、深夜の自室でひとり机に向かっていた。
古びたノートパソコンのモニターには、かつての「シクレさん事件」をまとめた記事が並んでいる。8年前に椿ヶ丘高校で起きた封筒の噂、少女の死、ネットに溢れる考察動画。誰もが答えを探しているのに、誰も真実を知らない。
「シクレさん……。」
晃はつぶやき、机の上の白い封筒に指を滑らせた。安物の封筒の質感が、掌の汗でじっとりと湿っていく。彼はずっと、誰からも気づかれない生徒だった。目立たず、話題にもならない。成績も中の下。部活にも入れず、帰宅部で帰る途中に誰かと会うこともない。
だが、「シクレさんの呪い」を初めて知った夜だけは違った。ネットに流れる当時の封筒の画像、真っ黒な墨の文字、
《私は、シクレ。私を怒らせれば、災いを起こす。》
その一文だけが、晃の胸の奥を震わせた。
「誰かを見返す方法がある。」
晃はスマホのメモ帳を開き、何度も封筒の文面を書き写した。そして、模倣犯の掲示板に初めて書き込んだ夜、心臓が爆音のように鳴った。
それから数日、晃は大学の講義室や下駄箱、図書館の隅を歩き回った。友人のフリをして、封筒を落とす場所を探した。
「誰かが拾えばいい。誰かが怯えればいい。誰かが噂をするだけで、この教室は俺のものになる。」
晃は自分で自分にそう囁いた。封筒を量産するのは深夜の部屋だった。墨汁を安い筆に浸し、封筒の内側ににじむ文字を試し書きする。最初は震えた筆が、回数を重ねるほどに滑らかになった。
晃は夜のベランダに出て、小さく深呼吸した。遠い校舎の明かりの向こうに、かつての椿ヶ丘高校がある気がした。
その夜、掲示板には誰かの返信があった。
《手伝わせてくれない?》
晃は一瞬スマホを落としそうになった。
数日後、夜の公園で、晃はその“誰か”と会った。黒田紗耶――同じ大学の後輩だった。小柄で大人しそうなその少女が、封筒を覗き込み、小さな声で言った。
「私も撒きたい。」
晃は笑った。
「なんで?」
紗耶は目を伏せて言った。
「……この街、黙ってる人が多すぎる。」
晃の胸が高鳴る。理解者だ。同じ影だ。
二人は公園のベンチで封筒を並べた。古びた広告チラシを折り直して封筒に見立てる。墨汁の匂いが夜風に混じった。
「明日、撒こう。」
晃の声に、紗耶は頷いた。帰り道、晃はスマホの画面に手を滑らせた。SNSに《#シクレさん再来》とだけ投稿する。画面の奥で通知が鳴る。誰かが見ている。誰かが信じる。誰かが怯える。自分が、誰かにとっての《シクレ》になる。封筒の中身は空だ。だが空白こそが、最も恐ろしい。晃は笑った。ベランダの外には、埃のない春の風が吹いていた。
誰かがもう一度、《シクレさん》を呼ぶのを待っていた。
――封筒が、街角に落ちる。まだ誰もそれを知らない。
古びたノートパソコンのモニターには、かつての「シクレさん事件」をまとめた記事が並んでいる。8年前に椿ヶ丘高校で起きた封筒の噂、少女の死、ネットに溢れる考察動画。誰もが答えを探しているのに、誰も真実を知らない。
「シクレさん……。」
晃はつぶやき、机の上の白い封筒に指を滑らせた。安物の封筒の質感が、掌の汗でじっとりと湿っていく。彼はずっと、誰からも気づかれない生徒だった。目立たず、話題にもならない。成績も中の下。部活にも入れず、帰宅部で帰る途中に誰かと会うこともない。
だが、「シクレさんの呪い」を初めて知った夜だけは違った。ネットに流れる当時の封筒の画像、真っ黒な墨の文字、
《私は、シクレ。私を怒らせれば、災いを起こす。》
その一文だけが、晃の胸の奥を震わせた。
「誰かを見返す方法がある。」
晃はスマホのメモ帳を開き、何度も封筒の文面を書き写した。そして、模倣犯の掲示板に初めて書き込んだ夜、心臓が爆音のように鳴った。
それから数日、晃は大学の講義室や下駄箱、図書館の隅を歩き回った。友人のフリをして、封筒を落とす場所を探した。
「誰かが拾えばいい。誰かが怯えればいい。誰かが噂をするだけで、この教室は俺のものになる。」
晃は自分で自分にそう囁いた。封筒を量産するのは深夜の部屋だった。墨汁を安い筆に浸し、封筒の内側ににじむ文字を試し書きする。最初は震えた筆が、回数を重ねるほどに滑らかになった。
晃は夜のベランダに出て、小さく深呼吸した。遠い校舎の明かりの向こうに、かつての椿ヶ丘高校がある気がした。
その夜、掲示板には誰かの返信があった。
《手伝わせてくれない?》
晃は一瞬スマホを落としそうになった。
数日後、夜の公園で、晃はその“誰か”と会った。黒田紗耶――同じ大学の後輩だった。小柄で大人しそうなその少女が、封筒を覗き込み、小さな声で言った。
「私も撒きたい。」
晃は笑った。
「なんで?」
紗耶は目を伏せて言った。
「……この街、黙ってる人が多すぎる。」
晃の胸が高鳴る。理解者だ。同じ影だ。
二人は公園のベンチで封筒を並べた。古びた広告チラシを折り直して封筒に見立てる。墨汁の匂いが夜風に混じった。
「明日、撒こう。」
晃の声に、紗耶は頷いた。帰り道、晃はスマホの画面に手を滑らせた。SNSに《#シクレさん再来》とだけ投稿する。画面の奥で通知が鳴る。誰かが見ている。誰かが信じる。誰かが怯える。自分が、誰かにとっての《シクレ》になる。封筒の中身は空だ。だが空白こそが、最も恐ろしい。晃は笑った。ベランダの外には、埃のない春の風が吹いていた。
誰かがもう一度、《シクレさん》を呼ぶのを待っていた。
――封筒が、街角に落ちる。まだ誰もそれを知らない。
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