落ちこぼれの魔術師と魔神

モモ

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第1部

魔の自己紹介

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 どうすればそんな凄い音を出せるのかは不明だが、明らかなことは一つ。

 音の犯人、つまり担任の先生らしき人は今朝の男教師ではなく、女性だと言うことだ。
 ストレートの長い茶髪に、切れ長の金色の瞳。身に纏うスーツは起伏に飛んでおり、いやでもそこに目が行ってしまう。
 更に、大人な雰囲気が漂う大層な美人ときた。
 陽平の奴、喜んでるだろうなぁ。まあ、俺もだけど。

 そして、また一人教室に入って来た。
 その人こそ、今朝の男教師。
 黒髪と眼鏡の奥の赤い瞳が特徴的だ。

 そんな感じで観察していると

「じゃ、自己紹介でもすっか」

 ボソッと女教師から、小さな呟きが聞こえたような気がした。
 え……
 何か……口調が違いませんか?
 気のせい……かな?
 いや、流石にそうだろう。
 そうだと信じたい。

 やはり先程聞こえた声は気のせいだった。
 この人がそんなことを言う訳無いじゃないか。
 それに、もしそうなら外見と性格が噛み合ってなさ過ぎ……

「今日からお前らの担任になった、朝倉 茜だ。この一年間、よろしく頼むな」

 ……!?
 教室に響き渡った声に、クラスメイト達は驚きを隠せない。当然、俺もだ。

「いてっ!」
 中には椅子から転げ落ちる人も。
 後ろの方から聞こえたんだけど、まさか陽平じゃないだろうな?

「何やってんだ、お前?」
 おそらく、女教師は椅子から転げ落ちた人物に声を掛けているのだろう。

「あっ、いえ……何でも無いっす。はは」
 苦笑混じりの返答が、後ろから聞こえたが、それは陽平だった。
 何やってんだよ、陽平……

「ふふっ……」
 ふと横を見ると、エミリアが口に手を当てて小さく笑っていた。


 取り敢えず、俺達の担任は朝倉先生だ。
 一応、茜さんと呼んでおこうか。
 姉貴と言う感じだし……


「僕は、松平・義彦です。朝倉先生が担任で、僕が副担任ですね。この一年間、よろしくお願いします」
 茜さんに次いで、眼鏡の男教師、改め松平先生が俺達に自己紹介をする。
 副担か……
 だから、今朝俺達のクラスに来たんだな。

「ま、そんな訳だ。じゃあ今から生徒手帳を配るから、自分の名前のを取れ。言っとくけど、校則は絶対に破るなよ」

 教卓の上に置かれた6つある赤い革の手帳の束を、それぞれの列の先頭の机の上に配りながら、茜さんは言う。

 俺の机にも生徒手帳が前から回ってきた。全部で4冊。
 生徒手帳の1ページに名前と自分の写真があるので、自分の分を取り、あとの3つを後ろに回す。

 直ぐに一通り目を通したが、書いてあるのは、そこいらの学校と似たようなもの。

 ただ違うのは、校則の中でも魔術に関することがある。

 例えば『政府及び学園の定める場所以外での他者に危害を及ぼす魔術の使用を禁ずる』

 当たり前だよな、魔術は使い方を間違えれば、誰かを簡単に殺してしまう恐れがある。
 魔術師間ならばともかく、魔術師ではない人間に魔術を使えば簡単に殺してしまう。
 後は
『魔具の使用は、第三級魔術師以上でなければ認められない。また、使用する魔具は魔道庁が定めた規格内の物であること』

 魔具って確かあれだ。魔術師の術式構築を補助等をしてくれる武器だ。
 やっぱり、高校からは魔具の使用が許可されるんだな。
 で、その魔具を扱うための資格なんだけど、俺まだ五級なんだよな……

 こんなことなら、去年の冬に資格試験を受けておけば良かった。年に三回しかないんだよな、試験って。
 まあ、近い内に今年第一回目の試験があるから、それに賭けようか。

 となると資格勉強は必須だ。
 春先から勉強か……

 それに五級から三級だなんて、厳しいなんてもんじゃない。四級無視してるし。
 でも最低限魔具は使えないと、俺の低い術式構築能力じゃ、この学園の実技を乗り越えれない。

 まあ、受かっても魔具を買わないといけない。
 兄貴、使わないのもってないかな?


「目は通したか? まあ、そうでなくても、お前らは高校生なんだ。そこら辺の自覚とかなんちゃらはもう分かるだろ?」
 右手に着けた腕時計を一度だけ見て、茜さんは続ける。
「そんな訳で今日の連絡は以上……だけど、結構時間が余ったな。話っつっても、全然話題がねぇし……」

 うん、物凄く親近感の沸く先生だ。
 そんな俺達の担任は少し悩んだ後、顔を松平先生の方へ向けて口を開いた。

「あと10分もあるんですけど、松平先生から何か無いですか?」
 その口から出たのは、敬語。何か茜さんが敬語って、似合わないな……

「何か、ですか……では、自己紹介はどうでしょう? 初対面の人が多いと思いますし」

 眼鏡の奥の赤い瞳を細め、松平先生は答えた。
 どうでも良いんだけど、目を細めたりするのは癖なんだろうな。
 まあ、そんなどうでも良い事はおいておいて。

「ピンチだ」
 誰にも聞こえないような小声で呟く俺。
 妙に緊張感がこの教室に広がり始めたのは、俺の気のせいなのだろうか?

 いや、違う。気のせいなんかじゃない。
 名門校ならではの名物だ、きっと。

 簡単に言えば、ライバル意識みたいなもんだよな。この学園、エリート多いし。

 当然ながら、俺には関係の無いことだ。
 自分で言ってて悲しくなってくるけどね。

「じゃあ、そうすっか。なら順番は、出席番号で良いよな?」
 茜さんの呼び掛けに、クラスメイト達は首を縦に振る。俺は振りたくなかったが、場の雰囲気に流されてしまった。

「よし。一番の奴から一人ずつ前に来い。内容は、名前と……あとは適当で良いか。あ、短く頼むな。長ったらしいのは嫌いだからよ」

 ……適当?
 その適当って、何ですか!?
 あ、でも趣味と好きな食べ物なら即言えるぞ。趣味はマンガ。好きな食べ物はラーメンだ。
 でもやっぱり好きな食べ物は恥ずかしいので、内容は名前と趣味で良いかな。

 よし、後は順番が来るのを待つのみ。
 今回は何とか上手く行きそうだな……。

「言い忘れたけど、得意な魔術もな。お前らも誰が何を得意か知りてぇだろ?」

 …………

 終わった
 得意な魔術とか、言いたくないのに……

 とやかく言っても仕方が無い。全身全霊を賭けて策を練ろう。

 ただ補助魔術が得意です、じゃ駄目だ。
 でも他の人達がしているように、一芸を交えてするったって、そんな技術とアイデアは俺には無い。

 悲しいかな、自己紹介は男子からスタートしている。しかも俺の出席番号は比較的早い方なんだよ……
 取り敢えず、今は早く打開策を考えよう。俺の番なんてあっという間に
「次は……坂本か。前に来い」
 来てしまう。ため息つきたい。

「はい……」
 当たり前だけど、無視することも出来ない。
 促されるまま、教卓の前に立ってはみたが……

 うん、緊張するね。

 陽平は目を輝かせ、エミリアは満面の笑みで俺の口が開くのを待っている。

 それ以外の人の反応も様々で、俺を凝視する者や、興味無そうに頬杖をついている者も。

 中でも目を引かれたのは、教室の微妙な所の席で俺に視線を送ってきている女子生徒だ。

 目に止まった理由は幾つかあるが、最も大きなのは一つ。
 魔人にしては珍しく、髪が赤いせいなのかもしれないけど、何より彼女が大層な美人だったからだ。

 黒真珠のような切れ長の瞳と、整った唇を始めとする顔のパーツ達。
 そんな彼女を言葉で表すなら、大和撫子がピッタリだろう。何かが足りないような気がするけど。

 ……っと、そんか事考えてる場合じゃなかった。
 まずは現状を打破しなければ。と言っても、良いアイデアなんてないし

 ……

 駄目だ、時間と余裕が無い! 永遠と前に立っているなんて事は出来ない。

 とにかく早く済ませよう。
 適当だろうが面白みに欠けていようが、俺は俺の信念を貫くのみ。


「坂本・翔護です。趣味は読書。得意な魔術は…………補助です。よろしくお願いします」


 出来るだけ早口かつ、『補助』の部分を最小のボリュームに。
 これがとっさに思い付いた、俺の秘策。

 で、茜さんの反応は……

「わりぃ、もう一回言ってくれねぇか? よく聞こえなかったんだけど」

 ……

 どうやら、俺の策は失敗したらしい。

 泣く泣く俺は、再度自己紹介。もう秘策も糞も無い。
 あるのは虚しさだけ。

 ちなみに陽平は肩を震わせてまで笑いを堪えていて、エミリアは先程と変わらない微笑みを俺に向けている。

 で、赤髪の彼女だが、あからさまに驚いた様子で俺を凝視している。
 他のクラスメイト達も彼女と似たようなものだ。そんなに俺が珍しいのかね。
 さて、もう充分に恥ずかしさを味わった。
 もう大丈夫だと俺は信じたい

「良いですか?」

 俺はちらりと横に視線を動かし、黒板にもたれている茜さんに訴えかける。

 すると
「はいはい、坂本・翔護ね。補助が得意だなんて、珍しいよな……ま、良いっか。戻って良いぞ」

 案外、どこも詮索することなく戻してくれた。
「え……」
 驚きは隠せないが、今は茜さんの言葉に従って自分の席に戻るとしよう。
 取り敢えず……無事に終わって良かった。

 俺が席に着いた後、自己紹介は何事も無かったかのように再開され、次々と進んでいく。
 そして遂に男子の最後、つまり陽平の番となった。

 果たして、陽平はどんな爆弾を落とす……じゃない、どんな自己紹介をするのだろうか。

 楽しみだ。
 色んな意味で。

 待っていると、陽平が教卓の前に立った。何故か笑いが込み上げて来るのは、陽平が俺の席と教卓の間にいるせいに違いない。
 開口一番、何を口走るんだか……
「えっと……俺は渡瀬・陽平です。趣味は特に無いけど、得意な魔術は風です。この一年間、よろしくお願いします」

 …………え?
 俺は思わず耳を疑った。
 おそらくエミリアも同じこと考えてるんだろう。笑顔のままで硬直しておられます。

 陽平には是非ともボケてほしかった。クラスのムードメーカーになれる才能を陽平は兼ね備えているのに。

 クラスの約二名が落胆する中、男子の自己紹介は終わりに
「あっ、ついでに彼女募集中です! 優しくて料理が旨い、かつ可愛い女子、是非俺の所まで!」
 ならなかった。

 教室全体にクスクスと笑い声が一気に伝染していき、それは廊下まで響く程の大きな笑い声へ。
 少し遅れて期待には答えてくれたけど、これはこれで恥ずかしい……

 かくして、クラスのムードメーカーを担うことになった陽平。

「えっと……朝倉先生。もう戻って良いっすかね?」

「おう。あと先生付けは勘弁な。どうも慣れねぇから」


 怪しく口元を歪めている……ように見える茜さんは、陽平に言う。

 先生付けは勘弁……か。改めて思ったけど、かなり親近感の沸く先生だ。
 まあ、俺は元々『茜さん』と呼ぼうと考えていたから、丁度良いと言えば良いかも。


 そんなこんなで、暖かい雰囲気のまま、女子の自己紹介は進んでいく。
 物凄くどうでもいい話だけど、今朝陽平がD組のレベルが高いって言った理由が何と無く分かった気がした。
 その中でも、断突一位の女の子。
 自己紹介の時に目に止まった、赤髪の彼女が遂に教卓の前に立った。

 彼女がどんな自己紹介をするのか、心待ちにしていると、遂に赤髪の女子生徒はその整った唇を開いた。

「私の名前は、九条・香恋です。趣味は魔術書あさり。得意な魔術は火です」

 言い終えると同時に、彼女の絹糸のような赤髪は風にでも吹かれたようになびき、言い表し難い雰囲気を辺りに充満させる。
 次第に彼女の周りが薄紅色に色付き始め、熱気を漂わせた。

 精神エネルギーである魔力は本来、濃密な魔力や魔術に変換する場合を除けば視覚化することは出来ない。

 見たところ、彼女は魔術を行使していない。それはつまり、極限に濃くした魔力を体外に噴出させたということで、彼女の魔力がより強力なことを示している。

 クラスメイト達がざわめくのは結構なんだけど、正直俺には迷惑極まりない。

 何故なら
 暑い……暑過ぎる。
 何で4月の始めから汗を流さなくちゃいけないんだろう?
 そんな訳で、俺は彼女の凄さに驚く前に、上昇し続ける気温と戦っていた。

 ちなみに、何故かエミリアは汗をかいていない。女子って凄いな……色んな意味で。


 俺の額から汗が流れ落ちる中、徐々に彼女を包むように広がっていた薄紅色の魔力は引いていく。

 そして、教室の気温がやっと元の温度に戻ったところで

「この一年間、よろしくお願いします」
 赤髪の彼女、九条香恋はこの一言で自己紹介を締め括った。

 その直後
「変異型……ですか」
 ぽつりと松平先生の声が耳に入って来た……と思う。

 どういう訳か松平先生は怪しげに目を細め、九条に視線を注いでいる。
 その瞳に宿っているのは、獲物を捕捉した獣のようなもの。

 何故だか知らないが、松平先生に悪寒を感じたのはこれで二回目だ。しかも今日一日で。

 他の人は九条・香恋に意識が行ってて、松平先生の漏らした言葉に気付いていないようだ。

 あくまで、松平先生の言葉が気のせいではない場合の話だけど。
 まあ、これ以上考えても仕方がないか……


 しかし、赤髪の彼女の声は意外にも高圧的で覇気が漲っていたな。
 俺が何かが足りないと思ったのは、このことなのだろうか?
 ともあれ、滅多に見られない美少女を目にすることができて良かったと俺は思うよ。


 その後も自己紹介は次々と進んでいき、次は俺の横の席に座る彼女の番となった。

 その彼女、つまりエミリアは教卓の前に立ってニコリと微笑む。
 この笑顔で愛に飢えた男が何人癒されたことか。少なくともここに一人いますよ。

「エミリア・シュターデです。大和語が喋れるのは、大和育ちだからで……、えっと趣味は特に無いけど、得意な魔術は雷です。よろしくお願いします」

 そこそこ砕けた感じで言った後、エミリアは笑顔のまま右手を胸の前まで持っていく。
 その右手には、ほとばしる紫色の稲妻。
 空間に紫色のヒビが入っているようにも見えるそれは、バチバチと小刻みに小さな音を発している。

 えらく得意な魔術を簡単に公表したな。

 それとも後のお楽しみと言うのは、こうなるのか解っていたのだろうか。
 女性って何か勘が鋭いね。

 まあ、それにいくら隠したいと言っても、先生が言えってたんじゃ、隠そうにも隠せないか

 まあ、エミリアの得意な魔術が分かったから、まあ良いか。
 にしても、エミリアは雷系が得意だったんだなぁ。回復系と思ったんだけど
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