異世界に帰った想い人を待つ男と、異世界渡りで記憶と顔をなくした想い人が二度目の恋をする話

こぶじ

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第一章

11:君の好きなもの2

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 ふたつの衣料品店に挟まれた小さな玩具屋は書店も兼ねていて、店内は古書の湿っぽさと木細工の香りが混じり合っていた。そう広い店内では無いが、木製の簡素な手押し車から、魔導仕掛け人形まで揃っていて興味深い。
 目の惹かれるままに大きく首を回している私を置いて、ユセは店内奥の木棚に一目散に向かった。この様子だと、この店にはかなり前から目を付けていたんだろう。

「良いものはありそうか?」

 棚上から順にじっくりと視線を巡らせているユセに背後から声を掛ける。こちらを見る事無く、ユセは「悩ましい」と低く唸った。これは時間が掛かりそうだ。
 ユセから離れて、店内をぐるりと回り書棚の前まで来ると、見出しを斜め読んでいく。適当に著名な聖女の魔導装置集を引っ張り出してぱらぱらと繰る。魔力の蓄量の多い聖女だからこそ構築出来る装置ばかりでいまいち汎用性に欠ける。
 主教会は今代の聖女を擁立していない。特別、王家も主教会も聖女の不要論を称えるような動きも見ないので、単に適任者がいないだけなのだろう。聖女は戦火の中でこそより高く担がれるものだ。聖女が強く求められていない現状は、国が安泰な証拠でもある。軍部には常に過激派が一定数存在するが、私は出来得るなら兵器など作る事のないまま研究者人生を終えたい。
 開いていた魔導装置集を元の場所に戻し、代わりに新式の魔導年表を抱える。そのままゆったりと書棚を二巡程見て回ってからユセの下に戻る。手に持った二つの紙束の他に、棚に乗った二、三の戯盤にまで視線が彷徨っていて思わず苦笑する。

「何を迷っている?」

 興奮からか頬の血色を良くしたユセは、こちらを振り返りはふはふと口を何度かまごつかせる。何から話したらいいのかわからないのかもしれない。可愛らしいが、これでは埒が明かない。
 私は問答無用で先程までユセの視線が注がれていた戯盤全てを畳んで重ねて、持っていた年表の上に乗せる。

「ユセ、その手に持ってるものも全部一緒に持っておいで」

「え」

「いいから、急いで」

 あーとか、うーとか、ユセの口から出る意味の無い言葉は全て無視して、店員を呼び付けて会計台に私の手の中のものとユセの持っていたもの全ての勘定を頼む。

「ロードリックさん、あの」

 口前に人差し指を立てて、静かに、の手振り指示をしてみせると反射的にユセが口を噤んだ。素直で大変宜しい。

「ユセ。いい子だから外で待ってなさい。私もすぐ行くから。君の話は後で聞こう」

 口を真一文字に結んだまま、躊躇いつつも頷いたユセが店外に出て行くのを見送ってから全てまとめて会計を済ませる。この量を買い込む客もあまりいないのだろう。店員が気を利かせて大きな綿布で包んでくれた。

 包みを抱えて店外に出ると、私の言いつけを守り続けているユセが目で発言の許可を求めてきた。私が無言で頷くと同時に、ユセは前のめりになって口を開いた。

「全部買ったんですか!?」

「買った」

 問い詰められる事は予見済みだ。じゃれつく子犬の相手をするつもりで手招きすると、例によって私の後を従順に付いてくる。

「なんで!?」

「買いたかったから」

「……買いたかったんですか?」

「そうだね」

 私の予想通り語気を弱めたユセは、不思議そうに目を丸くしてから目線を落とし、しばし思案する仕草をした。
 比較的広い小路を選んで曲がり、ひとつ隣の大きな通りに出て辻馬車を探す。

「……全然興味なさそうだったじゃないですか」

「そんな事は無い」

「もしかして、まだ俺に恩があるとか思ってたりしませんよね?」

 やはりそうきたか。つい楽しくなってしまい、緩み切った顔でユセを見るが、まるで目を逸らしたら負けだとでも思っているように妙に強い目で睨まれた。

「そうじゃないよ」

「じゃあなんで?」

 私の否定を少しも信じていないユセは、肩を怒らせて「せめて俺が持ちます」と健気な事を言うが、ユセに従者の真似事をさせたい訳では無いので、それをひらつかせた手のひらだけで辞退する。

「これがうちにあれば君がまた私と遊んでくれるかと思ったんだ。そうでもないだろうか」

「え。えっと、それは、もちろん遊びますけど」

「それは良かった」

 もちろん持ち出してもらっても構わないのだが、それを情けなく私がぼそぼそと付け足すと、ユセは首を横に振って「ロードリックさんと一緒がいいです」と愛らしい事を言ってくれたので満足だった。

 先の十字路で客を降ろした馬車があったので、ユセをその場で待たせて御者に声を掛けに行く。今すぐ乗車出来るか尋ねると、運の良い事にとても気安く首肯された。
 荷物を積み込み、ユセを呼び寄せようと来た道を振り返ると、ユセが通りすがりらしき若い女性と何やら話し込んでいた。ユセの表情は酒場でよく見る普段通りの色男らしい柔和なものだったが、どうにも嫌な予感がする。
 急く気持ちを抑えてゆっくりと歩み寄りながらも、薄く聞こえて来る女性の声色の甘さに嫌な感情がじりじりと腹奥から迫り上がってくる。

「あのね、わたしすごくいい店知ってるの。昼からお酒が飲めて、そのまま宿も取れるのよ」

「もうお酒飲んでるの?」

「ううん。まだ飲んでないわ。今日こそわたしの相手してよ。酒場だといつもユセ君誰かに取られちゃうんだもの。わたし、すごく尽くすよ。きっとわたしたちいいオトモダチになれると思うの」

 案の定、行為の誘いらしい。折角の楽しい気分が完全に白けてしまった。ユセが女性好きな遊び人だとわかっていたのに、こんな茶々が入ったくらいでどうにも消化出来ない程に怒りが湧く。今ユセの前に立てば、如何にも不機嫌な様を晒してしまいそうだ。
 数歩離れた場所で足を止めた。幸いにもユセはこちらに背を向けている。このままいじけて立ち去ってしまいたい、子供のような衝動に悩まされる。

「ごめん。俺これから本当に大事な用事があるから君とは遊べない」

 一瞬、あまりに都合が良過ぎて、私の願望から出た幻聴かと思った。
 綺麗に切り整えられている彼の濃褐色の後頭部を真っ直ぐに見つめる。

「大事な用事ってなあに?仕事じゃないんでしょ?ならそんなのどうでもいいじゃない」

 女性の語気が荒い。どういった自信なのかわからないが、自分が蔑ろにされると思っていなかったのだろう。

「仕事じゃないけど全然どうでもよくないよ。すんげえ大事。ごめんね」

 ただ単純に、彼女の誘いに乗り気でなかっただけかもしれない。もしくは、彼女に対して何か思う所があっただけかもしれない。
 例え、断りの口実に使われただけだとしても、彼が私との時間を「大事」だと口にしてくれた事が嬉しい。
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