異世界に帰った想い人を待つ男と、異世界渡りで記憶と顔をなくした想い人が二度目の恋をする話

こぶじ

文字の大きさ
11 / 40
第一章

10:君の好きなもの1

しおりを挟む
 いつか酒場でイヴェット女史が口にしていたように、ユセと私は真逆の人間だと思う。だが、意外にもユセと共に過ごす時間は、話下手な私にとっても負担が無くとても心地が良いものだった。ユセが話上手である事も大きな要因だが、何よりも、私が長考して黙ろうが顎先の相槌だけで返そうが、ユセが気分を害さず笑顔を絶やさ無い事が非常に大きい。

 ユセが酒場の常連から勧められたと提案してきた肉料理の店に、私達は休みを合わせて昼食時に訪れた。夕食では無く昼食なのは、私がユセへの好奇心を隠さなかった結果だ。長く彼と話をしてみたかった。

 ユセは首都にやって来て半年程だと言うが、郊外には殆ど出た事が無く、宿舎と職場と繁華街程度しか知らないらしい。首都は北西に複数の低山を望む平地にあり、王城や研究所のある中央区周辺こそ人も物も多く賑やかだが、馬で郊外を少し駆ければ牧歌的な景色も多く見られる。首都から遠く離れた地方の出身のユセにとっては、中央区の喧騒より、郊外の方が親しみ易いのでは無いかと考えていたが、聞けばユセの故郷はこの首都以上に雑然とした町だったと言う。
 ふと、「故郷が恋しいか」という問いかけが頭を過ったが、またユセが悲しげに笑うのでは無いかと思うと、どうにも胸が痛んで口には出来なかった。代わりに郊外の長閑さや明媚さを交えて、「季節の良いうちに、馬を借りて一緒に散策に行かないか」と誘うと、予想していた通り諸手を挙げて喜んでくれた。ただ、急に何かに気付いた顔で酷く申し訳無さそうに「俺、馬に乗れないけど一緒に行けますか?」といじらしい事を言うので、可愛らしくてつい私の頬も緩む。「大丈夫。準備をすれば何とでも出来る」と答えながら、大事に大事に乗馬を教え込んでもいいし、相乗りでのんびり連れてってやるのもいい、などとらしくも無く年上風を吹かせた思考を巡らせた。

 肉料理店は、酒も美味いからとユセが気を利かせて選んだ店だったが、私は敢えて酒はグラス一つのみに控えた。それは、私に酒を勧めながらも、ユセ本人が「外で飲むのが怖い」と自身の分は果実水を頼んだからでもあるし、私自身も酒ではなくユセとの会話を楽しみたかったからでもある。どうやらユセは、私が謝礼として渡した酒も数口しか飲めなかったらしい。あんな癖の強い酒相手では当然だと私が笑うと、ユセは悔しそうに「今に見ててください」とよく分からない宣戦布告をした。ただ微笑ましいだけだ。


 昼食を終えて料理店を出ると日はまだ十分に高く、淡黄色の陽光の下でまだユセの琥珀色を見ていられる事がやたらと私の胸を満足感で満たした。

「ユセ、何処か行きたい所はあるか?」

 ユセが特に望む所が無いのであれば、それこそ馬の鞍や鐙の一つや二つ身繕いに行っても構わないなどと浮かれきった事を考えてすらいたが、ユセには思う所があるらしくいつもの笑顔を潜めてしばし険しい表情で口籠ってた後、「笑わないでくださいね」と前置いた。

「あの、ロードリックさんはボードゲームって興味ありますか?」

「ボードゲーム?子供の頃はよくやったが、今のものは分からないな。入り用なのか?」

 幼稚舎の頃はアーバインとよく遊んだものだ。当時はよく外遊びを好んだ私に反して、アーバインはボードゲームのような内遊びを好んでいた。兄としての譲歩でアーバインの遊びに付き合っていたつもりだったが、負け越して悔しがる私を気遣って、アーバインが勝ちを譲ってくれる事も多かった。昔からよく出来た自慢の弟だ。

「やっぱり、幼稚だと思いますか?」

「どういう意味だ?」

 落ち着かない気持ちの表れなのか、ユセは自身の下唇を指先で軽く摘みながら、控えめな上目遣いで私の顔色を窺う。何を懸念しているのかわからないが、私が無言で頷いて次の言葉を促すと、口元から指を離し、ゆっくり口を開いた。

「ボードゲームが好きだって言ったら、宿舎のみんなに子供っぽいって笑われたんです。でも、俺の故郷だと大人もやるものなんです。ロードリックさんはボードゲーム付き合ってくれますか?」

 気まずそうにしている理由に合点がいくと同時に、この話を持ち掛ける相手として私を選んでくれた事に、私は内心大いに喜んだ。誰からも可愛がられているユセを、今私だけが甘やかす権利を持っている。もしこの感情を表情に出したなら、相当やに下がっている事だろう。

「ユセは、私を趣味の相手に望んでくれるのか?」

 極力不安にさせてしまう事の無いように、間違ってもからかいや狐疑と受け取られてしまわないように、慎重に平坦な声色で聞き返す。折角の申し出を撤回されてしまっては堪らない。
 腹の前でふわふわと彷徨かせていた手を、もう一度口元に持っていこうとしてやめたユセは、耳先や首筋を赤らめて「うん」と頷きとしてはだいぶ弱々しく顎を引いた。

「嫌じゃないですか?」

「何も」

 言葉足らずな私の返答を、英明なユセは正しく理解していつもの調子で快活に笑った。そして徐に「あっちに」と通りの先を指差した。

「おもちゃ屋さんがあって、そこにいっぱい気になるのがあるんです。ちょっと見てみてもいいですか?」

 本人は逸る気持ちを抑えているつもりなのだろうが、薄い肩が期待で持ち上がっている。

「ああ、行こう。気に入るものがあれば買って、私の家でやればいい。どうだろう」

 今日の春空よりも晴れやかな表情を見るに、返事を聞くまでも無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

処理中です...