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第一章
10:君の好きなもの1
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いつか酒場でイヴェット女史が口にしていたように、ユセと私は真逆の人間だと思う。だが、意外にもユセと共に過ごす時間は、話下手な私にとっても負担が無くとても心地が良いものだった。ユセが話上手である事も大きな要因だが、何よりも、私が長考して黙ろうが顎先の相槌だけで返そうが、ユセが気分を害さず笑顔を絶やさ無い事が非常に大きい。
ユセが酒場の常連から勧められたと提案してきた肉料理の店に、私達は休みを合わせて昼食時に訪れた。夕食では無く昼食なのは、私がユセへの好奇心を隠さなかった結果だ。長く彼と話をしてみたかった。
ユセは首都にやって来て半年程だと言うが、郊外には殆ど出た事が無く、宿舎と職場と繁華街程度しか知らないらしい。首都は北西に複数の低山を望む平地にあり、王城や研究所のある中央区周辺こそ人も物も多く賑やかだが、馬で郊外を少し駆ければ牧歌的な景色も多く見られる。首都から遠く離れた地方の出身のユセにとっては、中央区の喧騒より、郊外の方が親しみ易いのでは無いかと考えていたが、聞けばユセの故郷はこの首都以上に雑然とした町だったと言う。
ふと、「故郷が恋しいか」という問いかけが頭を過ったが、またユセが悲しげに笑うのでは無いかと思うと、どうにも胸が痛んで口には出来なかった。代わりに郊外の長閑さや明媚さを交えて、「季節の良いうちに、馬を借りて一緒に散策に行かないか」と誘うと、予想していた通り諸手を挙げて喜んでくれた。ただ、急に何かに気付いた顔で酷く申し訳無さそうに「俺、馬に乗れないけど一緒に行けますか?」といじらしい事を言うので、可愛らしくてつい私の頬も緩む。「大丈夫。準備をすれば何とでも出来る」と答えながら、大事に大事に乗馬を教え込んでもいいし、相乗りでのんびり連れてってやるのもいい、などとらしくも無く年上風を吹かせた思考を巡らせた。
肉料理店は、酒も美味いからとユセが気を利かせて選んだ店だったが、私は敢えて酒はグラス一つのみに控えた。それは、私に酒を勧めながらも、ユセ本人が「外で飲むのが怖い」と自身の分は果実水を頼んだからでもあるし、私自身も酒ではなくユセとの会話を楽しみたかったからでもある。どうやらユセは、私が謝礼として渡した酒も数口しか飲めなかったらしい。あんな癖の強い酒相手では当然だと私が笑うと、ユセは悔しそうに「今に見ててください」とよく分からない宣戦布告をした。ただ微笑ましいだけだ。
昼食を終えて料理店を出ると日はまだ十分に高く、淡黄色の陽光の下でまだユセの琥珀色を見ていられる事がやたらと私の胸を満足感で満たした。
「ユセ、何処か行きたい所はあるか?」
ユセが特に望む所が無いのであれば、それこそ馬の鞍や鐙の一つや二つ身繕いに行っても構わないなどと浮かれきった事を考えてすらいたが、ユセには思う所があるらしくいつもの笑顔を潜めてしばし険しい表情で口籠ってた後、「笑わないでくださいね」と前置いた。
「あの、ロードリックさんはボードゲームって興味ありますか?」
「ボードゲーム?子供の頃はよくやったが、今のものは分からないな。入り用なのか?」
幼稚舎の頃はアーバインとよく遊んだものだ。当時はよく外遊びを好んだ私に反して、アーバインはボードゲームのような内遊びを好んでいた。兄としての譲歩でアーバインの遊びに付き合っていたつもりだったが、負け越して悔しがる私を気遣って、アーバインが勝ちを譲ってくれる事も多かった。昔からよく出来た自慢の弟だ。
「やっぱり、幼稚だと思いますか?」
「どういう意味だ?」
落ち着かない気持ちの表れなのか、ユセは自身の下唇を指先で軽く摘みながら、控えめな上目遣いで私の顔色を窺う。何を懸念しているのかわからないが、私が無言で頷いて次の言葉を促すと、口元から指を離し、ゆっくり口を開いた。
「ボードゲームが好きだって言ったら、宿舎のみんなに子供っぽいって笑われたんです。でも、俺の故郷だと大人もやるものなんです。ロードリックさんはボードゲーム付き合ってくれますか?」
気まずそうにしている理由に合点がいくと同時に、この話を持ち掛ける相手として私を選んでくれた事に、私は内心大いに喜んだ。誰からも可愛がられているユセを、今私だけが甘やかす権利を持っている。もしこの感情を表情に出したなら、相当やに下がっている事だろう。
「ユセは、私を趣味の相手に望んでくれるのか?」
極力不安にさせてしまう事の無いように、間違ってもからかいや狐疑と受け取られてしまわないように、慎重に平坦な声色で聞き返す。折角の申し出を撤回されてしまっては堪らない。
腹の前でふわふわと彷徨かせていた手を、もう一度口元に持っていこうとしてやめたユセは、耳先や首筋を赤らめて「うん」と頷きとしてはだいぶ弱々しく顎を引いた。
「嫌じゃないですか?」
「何も」
言葉足らずな私の返答を、英明なユセは正しく理解していつもの調子で快活に笑った。そして徐に「あっちに」と通りの先を指差した。
「おもちゃ屋さんがあって、そこにいっぱい気になるのがあるんです。ちょっと見てみてもいいですか?」
本人は逸る気持ちを抑えているつもりなのだろうが、薄い肩が期待で持ち上がっている。
「ああ、行こう。気に入るものがあれば買って、私の家でやればいい。どうだろう」
今日の春空よりも晴れやかな表情を見るに、返事を聞くまでも無かった。
ユセが酒場の常連から勧められたと提案してきた肉料理の店に、私達は休みを合わせて昼食時に訪れた。夕食では無く昼食なのは、私がユセへの好奇心を隠さなかった結果だ。長く彼と話をしてみたかった。
ユセは首都にやって来て半年程だと言うが、郊外には殆ど出た事が無く、宿舎と職場と繁華街程度しか知らないらしい。首都は北西に複数の低山を望む平地にあり、王城や研究所のある中央区周辺こそ人も物も多く賑やかだが、馬で郊外を少し駆ければ牧歌的な景色も多く見られる。首都から遠く離れた地方の出身のユセにとっては、中央区の喧騒より、郊外の方が親しみ易いのでは無いかと考えていたが、聞けばユセの故郷はこの首都以上に雑然とした町だったと言う。
ふと、「故郷が恋しいか」という問いかけが頭を過ったが、またユセが悲しげに笑うのでは無いかと思うと、どうにも胸が痛んで口には出来なかった。代わりに郊外の長閑さや明媚さを交えて、「季節の良いうちに、馬を借りて一緒に散策に行かないか」と誘うと、予想していた通り諸手を挙げて喜んでくれた。ただ、急に何かに気付いた顔で酷く申し訳無さそうに「俺、馬に乗れないけど一緒に行けますか?」といじらしい事を言うので、可愛らしくてつい私の頬も緩む。「大丈夫。準備をすれば何とでも出来る」と答えながら、大事に大事に乗馬を教え込んでもいいし、相乗りでのんびり連れてってやるのもいい、などとらしくも無く年上風を吹かせた思考を巡らせた。
肉料理店は、酒も美味いからとユセが気を利かせて選んだ店だったが、私は敢えて酒はグラス一つのみに控えた。それは、私に酒を勧めながらも、ユセ本人が「外で飲むのが怖い」と自身の分は果実水を頼んだからでもあるし、私自身も酒ではなくユセとの会話を楽しみたかったからでもある。どうやらユセは、私が謝礼として渡した酒も数口しか飲めなかったらしい。あんな癖の強い酒相手では当然だと私が笑うと、ユセは悔しそうに「今に見ててください」とよく分からない宣戦布告をした。ただ微笑ましいだけだ。
昼食を終えて料理店を出ると日はまだ十分に高く、淡黄色の陽光の下でまだユセの琥珀色を見ていられる事がやたらと私の胸を満足感で満たした。
「ユセ、何処か行きたい所はあるか?」
ユセが特に望む所が無いのであれば、それこそ馬の鞍や鐙の一つや二つ身繕いに行っても構わないなどと浮かれきった事を考えてすらいたが、ユセには思う所があるらしくいつもの笑顔を潜めてしばし険しい表情で口籠ってた後、「笑わないでくださいね」と前置いた。
「あの、ロードリックさんはボードゲームって興味ありますか?」
「ボードゲーム?子供の頃はよくやったが、今のものは分からないな。入り用なのか?」
幼稚舎の頃はアーバインとよく遊んだものだ。当時はよく外遊びを好んだ私に反して、アーバインはボードゲームのような内遊びを好んでいた。兄としての譲歩でアーバインの遊びに付き合っていたつもりだったが、負け越して悔しがる私を気遣って、アーバインが勝ちを譲ってくれる事も多かった。昔からよく出来た自慢の弟だ。
「やっぱり、幼稚だと思いますか?」
「どういう意味だ?」
落ち着かない気持ちの表れなのか、ユセは自身の下唇を指先で軽く摘みながら、控えめな上目遣いで私の顔色を窺う。何を懸念しているのかわからないが、私が無言で頷いて次の言葉を促すと、口元から指を離し、ゆっくり口を開いた。
「ボードゲームが好きだって言ったら、宿舎のみんなに子供っぽいって笑われたんです。でも、俺の故郷だと大人もやるものなんです。ロードリックさんはボードゲーム付き合ってくれますか?」
気まずそうにしている理由に合点がいくと同時に、この話を持ち掛ける相手として私を選んでくれた事に、私は内心大いに喜んだ。誰からも可愛がられているユセを、今私だけが甘やかす権利を持っている。もしこの感情を表情に出したなら、相当やに下がっている事だろう。
「ユセは、私を趣味の相手に望んでくれるのか?」
極力不安にさせてしまう事の無いように、間違ってもからかいや狐疑と受け取られてしまわないように、慎重に平坦な声色で聞き返す。折角の申し出を撤回されてしまっては堪らない。
腹の前でふわふわと彷徨かせていた手を、もう一度口元に持っていこうとしてやめたユセは、耳先や首筋を赤らめて「うん」と頷きとしてはだいぶ弱々しく顎を引いた。
「嫌じゃないですか?」
「何も」
言葉足らずな私の返答を、英明なユセは正しく理解していつもの調子で快活に笑った。そして徐に「あっちに」と通りの先を指差した。
「おもちゃ屋さんがあって、そこにいっぱい気になるのがあるんです。ちょっと見てみてもいいですか?」
本人は逸る気持ちを抑えているつもりなのだろうが、薄い肩が期待で持ち上がっている。
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