異世界に帰った想い人を待つ男と、異世界渡りで記憶と顔をなくした想い人が二度目の恋をする話

こぶじ

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第二章

22:恋心と嫉妬2

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 ロードリックさんの家は中央区の外れの閑静な住宅街にある。一人暮らしだって聞いてたから、てっきりアパートみたいな集合住宅を想像してたんだけど来てみたらきれいな一軒家で、初めてお呼ばれした時はびっくりした。
 例のお父さんとの件があるからあまり踏み込んで聞いてないけど、ここが生家ってわけではないらしい。間取りも部屋数が少なめで、なんとなく親子で住むっていう感じでもない。まるで、新婚の夫婦が住むような慎ましい広さだ。
 そう気づいてしまったら、俺はそれ以上この家についてロードリックさんに聞けなくなった。だってもし、恋人と暮らすための家だなんて言われてしまったら、俺の心情的にもうここには来れなくなりそうだから。
 台所のカウンターにも、大きな出窓にも、目の前のダイニングテーブルにも、小物の一つもない質素な家は女性の影を微塵も感じない。きっとそれも恋人がそばにいない今だけのことなんだろう。この家のたった二脚のイスに、当たり前に腰を下ろしていいのは本来俺じゃない。


「疲れたかな?」

 とりとめのないことを考えながらテーブルの角っこをぼけっと見てたら、急に目の前に大きな手のひらが現れた。視線を上げようとしたけど、ロードリックさんの顔を見るより先に、その乾いた温かな手が俺のおでこにぺったり触れた。たぶん熱がないか確認したんだと思うけど、ロードリックさんはゆったりと頷いただけで何も言わずに手のひらをどけた。この人本当に心臓に悪い。

「疲れてないです。大丈夫。ちょっと、考え事してただけです」

 俺の前にたっぷり具のはさまった薄焼きパンが乗った皿と、ミルクの入ったカップを置くと、ロードリックさんはテーブルの向かい側に腰掛けた。目線と指先を少し動かして早く食べるように俺に促すので、俺は「いただきます」とパンを手に取った。

「考え事?」

 答えにくいことを聞き返されてしまい、両手でパンを持ったまま俺は「あー……」と唸る。あなたの恋人に嫉妬してました、なんて言えるわけもなく俺は目を泳がせた。

「全然大したことじゃなくて………そういえば、最近導入された主教会病院の診療記録の魔導具って、ロードリックさんの職場で作ったものなんですか?」

 無理やりひねり出した話題はかなり突飛だったけど、ロードリックさんは少し口元を緩めただけで、俺の不自然さに特別言及したりしなかった。そういうガツガツしてないところも好きだ。
 安心してパンにかじりつく。バターの風味がついた甘めの薄焼きパンの中に、チリビーンズみたいな辛い豆と、薄く切った蕪の酢漬けが挟まっててうまい。

「耳が早いね。うちの研究室の室長と同期が作ったものだな。私は殆ど携わっていないが、マヌエル司祭からの依頼内容はなかなか難儀だったようだ」

 仕事に関してマヌエルさんは結構シビアだから、かなり難しい注文もしてたのかもしれない。

「大病院での記録改ざん事件の裁判が終わる前に、再発防止策をどうしても形にしなきゃいけなかったらしいです。間に合わせてくれた研究所の人たちには本当に感謝しかないです」

 隣町の大病院で起きた今回の薬物横領に関して、防止策を以前から準備していたことと、そのための記録媒体の魔道機構が問題なく運用を始められたこと、その二つを裁判内で提示できたことはとても大きかった。

「……ああ。そう言えば、君は主教会と縁があるんだったね。医療犯罪裁判にまで関心があるのは意外だな」

 そう言いながら、ロードリックさんはかすかに眉をしかめた。「意外だ」なんて言う割に、その顔には驚きよりどこか不快感があるように見えた。もしかしたら今回の裁判の裏に、ロードリックさんをやり込めようとした例の少将家令嬢の件が絡んでいることを察しているんだろうか。あれは本当に女性不信になってもおかしくないくらいのものだし、ロードリックさんの前では裁判の内容に触れない方が無難かもしれない。

「気になりますよ。責任者のマヌエルさんの進退にも関わるって言われてたのですごく心配してたんです。こっちはハラハラしてるのに、マヌエルさん本人はあっけらかんとしてて困りました」

 無難な世間話をしたつもりだったのに、なぜかロードリックさんの眉間のしわが増えた。意味がわからない。眉間をじっと見つめながら何か不快になるような話があったか考えてみるけど全然思い当たるものがない。会話の内容じゃなく、別のことで俺が怒らせてしまったんだろうか。
 もんもんと考えてたら、突然「美味くないか?」と聞かれた。つまりは、早く食えってことだろう。慌てて小さく首を横に振って、大口でパンをかじる。

「ユセ、君はマヌエル司祭と特別懇意なのか?」

 もしかして、マヌエルさんに何か思うところがあるのかも。無理難題ばっかり言う依頼主ってきっと目の上のたんこぶだっただろうし。
 でもマヌエルさんは俺が知ってる中で断トツでいい人だ。勘違いされてるのは両者のためにならない。
 俺は大急ぎでパンを咀嚼してから、「ママなんです」と我ながら間抜けな弁護をし始めた。
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