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最終章
33:マサチカ2
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「ヒマリさんは日本から来た漂着物で、聖女候補でもあります。見ての通り天真爛漫な方です。ヒマリさんもロードリックさんのことを知りたがっているんですが、お伝えしてもいいですか?」
「構わない。ただ、もう一つだけ私から彼女に聞きたいことがあるんだが、尋ねてもらってもいいだろうか」
視線を一瞬だけヒマリさんから離して俺を見たロードリックさんは、どこか切羽詰まったような緊張感のある表情をしていた。
「はい。何を聞けばいいですか」
「マサチカ、という名前の二十歳程の青年を知っているか聞いて欲しい」
あまりに単刀直入な質問だけど、マサチカを知っているなら、ヒマリさんとの関連性は気になるだろう。でも、ヒマリさんとマサチカに面識がないことは誰よりも俺が一番よく知っている。
「……残念ながら、ヒマリさんはその方のことは知らないはずです」
「本人がそう言ったのか?」
思わず、ヒマリさんに尋ねることなく返答してしまったのはまずかった。不審に思われてしまったらしく、ロードリックさんの声色が俺を責めるように明らかに低くなった。眇められた目が刃先みたいに鋭い。
『ねえ、ユセ。なんでこのローなんとかって人怒ってるの?ちゃんとあたしのこと話してくれた?まさか変なこと言ったんじゃないの?』
『すみません。俺が、少し怒らせてしまいました。ヒマリさんのことで怒っているわけではないので大丈夫です。えっと……ロードリックさんは、ヒマリさんがマサチカって人を知ってるかって聞いてます』
『なにそれ。なんでそんなどーでもいい話してんの?意味わかんない。ちゃんとあたしの話して。デート取り付けてよ』
ヒマリさんの切れ長の目が、面白くなさそうに細くなる。完全にふてくされてしまう前になだめてあげたいけど、なぜだかうまく言葉が出てこない。思っているよりずっと、ロードリックさんからマサチカの名が出たことに俺自身動揺してるのかもしれない。
ひとまず『わかりました』と頷いてから、改めてロードリックさんに向き直る。
「やはり、ヒマリさんはマサチカという人は知らないそうです。お役に立てず申し訳ありません」
「……そうか」
力なく伏せられた長いまつ毛や気落ちした声に、とても悪いことをしてしまったような気持ちになる。ロードリックさんは、もう二年も前にいなくなった人間のことをまだ心配してくれているんだろうか。
そんな優しい理由で落ち込んでいるらしい相手に、すぐさまヒマリさんとの話を持ちかけるのは気が引ける。もう一度ヒマリさんを見ると焦れたのか下唇があどけなく尖っていて、どうやら本格的にご立腹らしい。
失敗したなと思ったけれど、俺がフォローを口にするより早く、ヒマリさんはつかつかとロードリックさんの隣まで歩み寄ると、護衛官が止める間もなくロードリックさんの肩にしなだれかかるみたいに抱きついた。
あまりの想定外に、俺は驚きすぎて椅子を倒すような勢いで立ち上がってしまったし、ロードリックさん本人は完全に固まっているし、フィービーさんたち護衛官は手荒にヒマリさんを引き剥がすし、壁際からはどデカい溜め息も聞こえた気がする。たぶん溜め息はマヌエルさんのだ。
「ネェ、なかよし、しタイ」
初めてヒマリさんが発した記念すべき公用語だった。こんな場でのこんな発言じゃなければ、いっぱい褒めてご褒美すら検討しただろう。だけど、意味深な言葉選びとその行動も相まって不埒なお誘いのようにも聞こえる。
俺は慌てて誤解を解こうと、「ヒマリさんはまだ公用語の勉強途中で、変な意味はないんです!」と取り繕うけど、ロードリックさんは不愉快そうに眉間にくっきりしわを寄せてヒマリさんを鋭く睨みつけた。それでもめげないヒマリさんは、護衛官につかまれた腕を取り戻そうとしている。
『ヒマリさん、初対面の人に抱きつくのはよくないです』
『なんでよ。ユセがちゃんと話つけてくれないせいじゃん。あたしだけ悪いみたいに言うの卑怯じゃん』
『そんなつもりは少しもないです。でも、ごめんなさい。ひとまず座りましょう』
元の席に促すために俺がヒマリさんのもとに駆け寄るけど、当のヒマリさんは子供みたいにぷいっとそっぽを向いて、またロードリックさんに向き直る。
「オエガイ、なかよし。ネェ、ローさん!」
ヒマリさんから距離をとろうとしていたロードリックさんの動きが、ヒマリさんがロードリックさんを独特な呼び方をした途端になぜかぴたりと止まった。そして、今度は反対にゆったりとした挙動でヒマリさんに近づくと、その顔をじっと見つめ返した。きっとあの距離で見るロードリックさんの顔面はとんでもない威力だろう。ヒマリさんの白い顔がみるみるうちに真っ赤になって、うっとり呆けるみたいにもう一度「ローさん」とロードリックさんを呼んだ。
「ユセ。君は、私を騙そうとしているのか?」
悠然とこちらを見たロードリックさんは、明らかに俺に強い不信感を示していた。
騙そうだなんてしてない。でも、醜い保身からマサチカの話を黙っている俺に反論する権利なんてあるんだろうか。唇を噛んで押し黙った俺を、ロードリックさんはより一層強く睨みつけた。それこそ、怒りだけじゃなく嫌悪感のようなものも感じられた。
喉奥が引き攣るのをこらえて俺が口元だけで笑うと、ロードリックさんが小さく息を飲んだ。
「構わない。ただ、もう一つだけ私から彼女に聞きたいことがあるんだが、尋ねてもらってもいいだろうか」
視線を一瞬だけヒマリさんから離して俺を見たロードリックさんは、どこか切羽詰まったような緊張感のある表情をしていた。
「はい。何を聞けばいいですか」
「マサチカ、という名前の二十歳程の青年を知っているか聞いて欲しい」
あまりに単刀直入な質問だけど、マサチカを知っているなら、ヒマリさんとの関連性は気になるだろう。でも、ヒマリさんとマサチカに面識がないことは誰よりも俺が一番よく知っている。
「……残念ながら、ヒマリさんはその方のことは知らないはずです」
「本人がそう言ったのか?」
思わず、ヒマリさんに尋ねることなく返答してしまったのはまずかった。不審に思われてしまったらしく、ロードリックさんの声色が俺を責めるように明らかに低くなった。眇められた目が刃先みたいに鋭い。
『ねえ、ユセ。なんでこのローなんとかって人怒ってるの?ちゃんとあたしのこと話してくれた?まさか変なこと言ったんじゃないの?』
『すみません。俺が、少し怒らせてしまいました。ヒマリさんのことで怒っているわけではないので大丈夫です。えっと……ロードリックさんは、ヒマリさんがマサチカって人を知ってるかって聞いてます』
『なにそれ。なんでそんなどーでもいい話してんの?意味わかんない。ちゃんとあたしの話して。デート取り付けてよ』
ヒマリさんの切れ長の目が、面白くなさそうに細くなる。完全にふてくされてしまう前になだめてあげたいけど、なぜだかうまく言葉が出てこない。思っているよりずっと、ロードリックさんからマサチカの名が出たことに俺自身動揺してるのかもしれない。
ひとまず『わかりました』と頷いてから、改めてロードリックさんに向き直る。
「やはり、ヒマリさんはマサチカという人は知らないそうです。お役に立てず申し訳ありません」
「……そうか」
力なく伏せられた長いまつ毛や気落ちした声に、とても悪いことをしてしまったような気持ちになる。ロードリックさんは、もう二年も前にいなくなった人間のことをまだ心配してくれているんだろうか。
そんな優しい理由で落ち込んでいるらしい相手に、すぐさまヒマリさんとの話を持ちかけるのは気が引ける。もう一度ヒマリさんを見ると焦れたのか下唇があどけなく尖っていて、どうやら本格的にご立腹らしい。
失敗したなと思ったけれど、俺がフォローを口にするより早く、ヒマリさんはつかつかとロードリックさんの隣まで歩み寄ると、護衛官が止める間もなくロードリックさんの肩にしなだれかかるみたいに抱きついた。
あまりの想定外に、俺は驚きすぎて椅子を倒すような勢いで立ち上がってしまったし、ロードリックさん本人は完全に固まっているし、フィービーさんたち護衛官は手荒にヒマリさんを引き剥がすし、壁際からはどデカい溜め息も聞こえた気がする。たぶん溜め息はマヌエルさんのだ。
「ネェ、なかよし、しタイ」
初めてヒマリさんが発した記念すべき公用語だった。こんな場でのこんな発言じゃなければ、いっぱい褒めてご褒美すら検討しただろう。だけど、意味深な言葉選びとその行動も相まって不埒なお誘いのようにも聞こえる。
俺は慌てて誤解を解こうと、「ヒマリさんはまだ公用語の勉強途中で、変な意味はないんです!」と取り繕うけど、ロードリックさんは不愉快そうに眉間にくっきりしわを寄せてヒマリさんを鋭く睨みつけた。それでもめげないヒマリさんは、護衛官につかまれた腕を取り戻そうとしている。
『ヒマリさん、初対面の人に抱きつくのはよくないです』
『なんでよ。ユセがちゃんと話つけてくれないせいじゃん。あたしだけ悪いみたいに言うの卑怯じゃん』
『そんなつもりは少しもないです。でも、ごめんなさい。ひとまず座りましょう』
元の席に促すために俺がヒマリさんのもとに駆け寄るけど、当のヒマリさんは子供みたいにぷいっとそっぽを向いて、またロードリックさんに向き直る。
「オエガイ、なかよし。ネェ、ローさん!」
ヒマリさんから距離をとろうとしていたロードリックさんの動きが、ヒマリさんがロードリックさんを独特な呼び方をした途端になぜかぴたりと止まった。そして、今度は反対にゆったりとした挙動でヒマリさんに近づくと、その顔をじっと見つめ返した。きっとあの距離で見るロードリックさんの顔面はとんでもない威力だろう。ヒマリさんの白い顔がみるみるうちに真っ赤になって、うっとり呆けるみたいにもう一度「ローさん」とロードリックさんを呼んだ。
「ユセ。君は、私を騙そうとしているのか?」
悠然とこちらを見たロードリックさんは、明らかに俺に強い不信感を示していた。
騙そうだなんてしてない。でも、醜い保身からマサチカの話を黙っている俺に反論する権利なんてあるんだろうか。唇を噛んで押し黙った俺を、ロードリックさんはより一層強く睨みつけた。それこそ、怒りだけじゃなく嫌悪感のようなものも感じられた。
喉奥が引き攣るのをこらえて俺が口元だけで笑うと、ロードリックさんが小さく息を飲んだ。
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