異世界に帰った想い人を待つ男と、異世界渡りで記憶と顔をなくした想い人が二度目の恋をする話

こぶじ

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最終章

32:マサチカ1

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「初回魔導具に組み込む訳述範囲は、試料提供者の負担を加味し、こちらで汎用性が高いと判断した日常会話のみに限定させて頂きます。魔導具の使用者からの要望反映は後日となります」

 他人行儀に淡々と説明をするロードリックさんに、俺は俯いたまま「はい」と最低限の相槌を打つ。
 王立研究所内の魔導具操作用の特別室で、大きな作業用の机を挟んで俺とロードリックさんは向かい合って座っている。俺の横にはヒマリさんもいて、いつもなら俺にぴったりくっついていることが多いけど、今は机に頬杖をついて機嫌よくロードリックさんを見つめている。
 最初こそロードリックさんを質問責めにしたものの、言葉が通じない以上俺を間に挟まざるを得ないから、通訳の魔導具調整のためのこの時間は静かに待つことに納得してくれた。
 異性に積極的なヒマリさんのことだから、魔導具の最終的な完成を待ってからロードリックさんに突撃する、なんて悠長な真似はしないだろう。きっと、今日この時間が終われば即俺に通訳を要求して、ロードリックさんとの距離を縮めようとするはずだ。それが今の俺にとって一番の憂鬱だった。

 研究所受付前でアクロイドさんが言っていた通り、魔導具研究室の責任者であるルウェリン室長が緊急案件処理でこちらに手が回らないと言うことで、丁重な謝罪と応対者交代を申し出られた。
 想定通りルウェリン室長から一連の魔導具への試料収集作業を引き継ぐことになったロードリックさんだったけど、ヒマリさんと顔を合わせてからはいつもの甘やかさが微塵もなくなって、事務的な機械みたいな応対しか返さなくなった。仕事中なんだから、それ自体は仕方ないと思う。
 思うけど、ロードリックさんが機械みたいな態度なのは、たぶん「仕事だから」じゃなくて「ヒマリさんへの関心を隠すため」だ。だって、俺への説明に徹しながらも、ロードリックさんの視線は時々熱心にヒマリさんに向けられている。

 本来同席の必要のないヒマリさんがこの特別室内にまでついてきたことで、必然的にヒマリさんの護衛の二人も入り口横とヒマリさんの斜め後ろに控えている。さらに、なぜかマヌエルさんまで「仕事ぶりを確認したい」なんて言い出して、壁際の安楽椅子で優雅に足を組んでいる。うっすら微笑みながらも、穴が空きそうなくらいこちらを凝視していて怖い。


「そこに書かれている文章を、公用語とそちらの母国語で二回ずつこの集音部位に向かって読み上げてください」

 無言で頷いてから、指示に従って厚手の紙に書かれた各文章を大型の鉄箱のような魔導具に吹き込む。魔導具は、妙に濃い鈍色の鎖でロードリックさんの手元の別の鉄箱に繋がっていて、よく見えないがロードリックさん側で何か操作をしているようだった。
 ロードリックさんにとっては手慣れた作業なのか、操作している途中も定期的に顔を上げて、俺と、そしてヒマリさんを物言いたげに見る。


 俺の聞き間違いでなければ、あの時ロードリックさんはヒマリさんを一目見て「マサチカ」と口にした。ロードリックさんは以前の俺を知っているらしい。思い返せば、アクロイドさんもヒマリさんを見て何か含みのある物言いをしていたし、二年前の俺はこの研究所に縁があった可能性が高い。もしロードリックさんたちが二年前の俺を知っているのなら、その繋がりから“愛おしいあの人”を見つけることができるかもしれない。でも、俺はそれを素直に喜べないでいる。
 あの人への恋しさは消えたわけじゃない。ロードリックさんたちに全てを話してあの人を探したらいいってわかってる。でもいまさら会えたところで、相手の何を好きになったのかすら覚えていない薄情な俺が、相手と心から想い会える関係になれる自信がなくて、良くない想像ばかりが捗る。
 結局幸せになれもしない虚しい恋に一喜一憂して馬鹿みたいだ。



「ユセ、疲れてしまったか?」

「え?」

 声をかけられると思っていなかったから少し驚いて紙面から慌てて顔を上げるけど、仕事用でないいつも通りの口調のロードリックさんはその一瞬だけで、すぐに「少々休憩を取りましょう」と硬い仕草に戻ってしまった。俺はもやつく気持ちを少しでも消化したくて大きく深呼吸をした。思っていたよりずっと緊張してたみたいで、肩からどっと力が抜けた。

『おしゃべりしていい感じ?』

 すかさずヒマリさんが俺の腕にしがみついてくる。当然おしゃべりの相手は俺ではなく、俺を介したロードリックさんだ。今なら多少のおしゃべりにも応えてくれるだろうけど、俺は気が進まなくて曖昧に笑ってごまかそうとした。

「……ヒマリさん、は漂着物なのか?」

 予期せず口火を切ったのはロードリックさんだった。ロードリックさんがまっすぐヒマリさんを見つめているので、ヒマリさん自身も自分が話しかけられていることがわかって、嬉しそうに『通訳して』と俺の手を掴んでせっついてくる。

『ヒマリさんが他の世界から来たのかって聞いてます』

『わっ!あたしに関心ある感じ?ユセ、ユセ、代わりにあたしの自己紹介して!』

 俺から離れて立ち上がったヒマリさんが机越しにロードリックさんの方へ身を乗り出す。その勢いに押されることなく、ロードリックさんはヒマリさんから目をそらさない。
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