美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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【前世】神殿での密事

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 日中、礼拝堂までの通路は一般人の出入りを制限するものはなく、朝の四の刻から夕方の三の刻半まで開放されている正門から本殿に掛けて人の行き来が激しい。しかし、礼拝堂より奥にある修行棟や神官の住居棟へは、正門側からは進めないよう平素は堅く戸を閉ざされている。因って、小間使いの神官が出入りする為の通用門が神殿には別途あるわけだ。


 本来、王族がその通用門を通ることなどあってはならない。建前上は王家の直下の機関として国教会があるとしているが、国教会の生起は王家とは異なるところにあり、はっきりと分立した権力を持っている。国を動かす上では、国民から厚い信仰を集める国教会は必要な存在で蔑ろにはできないが、王家からすれば時にご機嫌伺いすらしなければならない目の上の瘤なのだ。そして、国教会側からしても、王家は国益を成す為の協力者であると同時に自身の権威を奪おうとする宿敵でもある。
 つまりは、表面上は良好な関係を装いつつ、程々の距離感をとって牽制し合う関係だ。


 その王家の現王弟であるミラードが大神殿の通用門をくぐるのは今回が初めてではない。一応は目元を覆う程目深にローブを羽織っているものの、上質な布地をたっぷり使った濃紺のローブは、白やそれに準じる淡色の祭服しか着ない神官の装いとは明らかに異なっている。
 しかし、ミラードの出入りを咎めるものは誰もおらず、それどころか目配せをした小間使いの神官がいそいそと住居棟へと導く。

 そして辿り着いた先のささやかな中庭で、花に例えられる美貌を満面の笑みにしてミラードを待っていたのは、このふた月程で大いに“親しく”なった特別位神官のエゼキエルである。

「よく来てくれた。いつも君にばかり足労をかけて悪いね」

「構わない。貴方は神殿から出られないのだから仕方がない」

 小間使いや見習いの神官以外は、祭事でもない限り神殿から出られないのは周知の決まり事だ。

「本当にありがたいよ。私にとっては君の来訪が何よりの楽しみなんだから」

 無邪気な表情のまま、エゼキエルはミラードを中庭に置かれたガーデンテーブルのイスに腰掛けるよう促す。一見質素な作りに見えるが、高位神官にあてがわれるものなので良い花心木を使っている。

「楽しみにしているのは私のことではなくこちらだろう」

 わざと呆れたような態度で、ミラードはローブの中に隠れていた大きな布製の旅鞄を取り出した。そして、中から次々と色鮮やかな瓶や装飾の美しい平缶などを取り出しガーデンテーブルに積んでいく。見る間にエゼキエルは頰を紅潮させ、幼子のように両手を上げた。

「うわあ、嬉しい!玻璃印の糖蜜飴だ!こちらはフルーツクリームのダックワーズだね!バターケーキも大好きだ!」

 飛び跳ねでもしそうな喜びように、白百合の儚さは消し飛んでただただ微笑ましい。ミラードはイスにゆったり腰掛けながら、自分の頬の緩みを止められずにしばし可愛らしい彼の様子を眺めた。

「バーツ、イーリア、殿下に良い花茶を出して差し上げてね。あと、これはみんなでわけなさい」

 世話係の神官たちに指示を出しつつ、口止めとばかりに細々と取り分けた菓子を次々に持たせる。世話係たちも慣れたもので楚々と黙礼で菓子を受け取っているが、その目元や口元に喜びが隠しきれずに溢れている。ミラードは彼らが静かに中庭から立ち去るまで、餌付けが進んだ犬猫を見るような愉快な気持ちで見守った。

「天下の大神殿の最奥に、菓子ごときで人ひとり潜り込めてしまうのはどうかと常々思うよ。なあ、特別位神官様」

「何を言ってるんだ。神殿内では甘いものは金よりも価値が高いんだからな。特に君が持ってきてくれる菓子はハズレないからそりゃあもう大暴騰だよ」

「それはよかった」


 ミラードが大神殿の内部に容易に出入りできるのは、この金より価値のあるものとやらを持ち込む為だ。もはやエゼキエル付きの神官だけでなく、神殿内では広くミラードの“仕事”は認知されている。つい先日、エゼキエルよりも高位のお偉方までこの密輸を待ち望んでいると漏れ聞いた。つまり、ミラードの荷物は回を増すごとに増えざるを得なかった。





 新王即位の宴の場にて、囁かれる悪意に顔を青褪めさせた令嬢に助け舟を出したミラードのお人好しを、エゼキエルは「信頼に足る」と評した。さすがに過大評価だとミラードは感じたが、エゼキエルとの接点を繋ぎたかった為に請われるままに依頼を受け、今も神殿通いを続けている。

 この神殿通いに、ミラードが適任だった理由はもう一つある。地位の高い王族だったからだ。どんな人間だろうと、真っ当に複数回通えば必ずどこからか身元がバレる。しかし、それが王位継承権を持つが、政の表舞台にいない王弟であった場合、生半可な立場からの叱責などは有耶無耶にして跳ね除けてしまえる。そして、“特別位神官と王弟の逢引”は互いに牽制し合いたいが、お互いに探る伝手と相手を懐柔する手段を探している双方の上層部から黙認されるだろうと、豪胆な特別位神官は踏んだのだ。

 どう転ぶかもわからないそんな危ない綱渡りを推して、細々と裏で手を回し、実際にこの黙認された関係を手に入れてしまったのだから、エゼキエルは儚げな見た目によらず恐ろしい男だ。

 ミラードはそんな危険な賭けに、たったひとつの恋心だけで飛び込んだ哀れな程初心な男というわけだ。





 供された花茶を静かに喉に流し込み、ミラードは今手にしている幸せを噛みしめる。目の前では自身が恋心を注ぎ込む相手が、蕩けるような笑みを向けてくれる。まあ、その笑みの理由は菓子なのだが、恋する男にとってはそんなことは些事である。いっそそのやたらと張った食い意地すら愛おしくて仕方がないのだ。


「少し風が出てきたね」

 木苺のジャムをたっぷり使った好物のバターケーキをたらふく腹に納めたエゼキエルは、蜂蜜を垂らした花茶を優雅に飲み干した。甘さが飽和していそうな唇が満足気に弧を描く。ミラードの喉が自然と鳴った。それを、抜け目のないエゼキエルが見逃すわけなんてないのに。

「殿下、御身体を冷やしてはいけない。ひどく散らかっていて悪いが私の部屋へ行かないか」

「ああ」

「君が来るならもっと部屋を片付けておくべきだったなあ」

「貴方のいう片付けはただ隅に寄せているだけで何も片付いていない」

 いつも通り朗らかな声でガーデンテーブルの上の茶器を下げるよう世話係に言いつけ、エゼキエルはミラードの背をそっと押して自室への扉へと促す。

「今、市井では英傑譚の歌劇が流行っていると聞いたが、殿下はもう観たかい?」

「いや。私は観ていないが存外そういうものを兄上が好むので少しばかり聞きかじってはいる」

「相変わらず兄弟仲が良いんだね。羨ましい限りだ」

 後に入室したエゼキエルが後手に扉を閉め、「ねえ、殿下」と一際明るく呼んでミラードに一歩近づく。ミラードが言葉を発する前に、その胸ぐらを掴んで力強くに自身の眼前に引き寄せ、

「私より君を知ってる人間なんていなくなればいいのに」

呪詛のように睦言を唇に吹き掛けてから、愛おしき王弟殿下の唇に噛み付いた。

「エゼキエル猊下、私の全ては貴方のものだ」

 互いを食い合うような深い口付けの合間に、実直で雄々しき王弟が睦言を返す。

「貴方の全ても私に寄越せ」

 どこまでも一路な恋人の言葉に、白百合は男臭く喉で哂った。

「それこそもう君だけのものだよ。神に誓って私は君だけのものだ」



たとえ、君と分かたれたとしても。
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